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第47章 努力を重ね

「校長は実家のご両親の所には定期的に帰っているのですか?」
「うん。でも交通費が凄くかかるから、頻繁には帰れないけどね……」
 ヴァイシャリーでショッピングを楽しみながら、桜井 静香(さくらい・しずか)は、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)に微笑んだ。
 温室で育てられていたラナンキュラスや胡蝶蘭が咲いたとか、学校行事のこととか、何故か最近空の段ボールを持ったパラ実生の姿を多く見かけるとか。
 そんな他愛もない話をしながら、2人は店へと入っていく。
 今日、ロザリンドの誘いで訪れたのは、衣料品店だ。
 1つのフロアーに、男性物も女性物もあるお店。
 ……ロザリンドには少し気になっていることがあった。
「まだ寒いですが、そろそろ春服の準備もしたいですね」
 そう店内を見回しながら、ロザリンドは静香の様子をちらりと見た。
 静香は……。
「やっぱり、こういう明るい色がいいよね。ピンクも可愛いけど、黄色もいいなあ」
 彼が興味を示し、購入しようとしているのは女物だった。
 静香ももう、18だ。
 大人の男性の体つきになるのだって、そう遠くはないはず。
 だからそういった意識が頭の片隅にあるのかな……などと思って、注意してみていたけれど。
 彼が女性物以外に目を向けることはなかった。
「これはロザリンドさんに似合いそう」
 静香はワンピースを手にロザリンドを呼んで、鏡の前で合わせてみるように言う。
 言われた通り、ロザリンドがそのワンピースを合わせると「うん、綺麗」と、静香は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「可愛い服、大好きだけど、ただ服を見てるだけでも、自分で着るだけでもなくて。ロザリンドさんに合った服を、こうして一緒に選べることも……嬉しいな。プレゼントするだけの、余裕がないことは残念だけれどね」
 静香は少し恥ずかしげに微笑む。
「はい、私も校長とこうしてお買い物ができることを嬉しく思います。何も買わなくてもいいんです……。好きなものを、見ているだけでも」
 好みの服や小物もそうだけれど。
 彼のことをこうして近くで見ていることも。幸せだから……。

 それぞれ互いが勧めた春物の服を1着ずつ購入して、2人はその店から外へと出た。
「あの……これ」
 道路へと歩きはじめる前に、ロザリンドは鞄の中から取り出したものを、静香へと差し出した。
「まだ、全然駄目なのですが、これが今の精一杯のものです。来年はもっと上手に、校長に喜んでもらえるチョコを作りますから!」
 赤くなりながら、ロザリンドが一気に言った。
「ありがとう。ロザリンドさん」
 静香も照れながら受け取って、嬉しそうな笑みを見せた。
「あの、一つお願いがあるんだけど」
 静香がチョコを抱きしめながら言う。
「なんでしょう」
「プライベートで会う時は、名前で呼んでくれないかな?」
「え……はい、桜井校長」
「校長はナシで。静香って呼び捨てでも構わないよ」
「は……はい」
 返事はしたものの、頭の中で『静香』と呼んでみるだけで、ロザリンドはカッと赤くなってしまう。
「そうしてくれないと、僕はロザリンドさんのこと、セリナ班長とか、セリナ大先輩! とか呼ばなきゃつり合いが取れない気がして。ほら……デート、なのに。そんなの変だし」
……はい……
 そして再び、赤くなった顔を合わせて微笑み合って、一緒に歩き始める。

 街には自分達以外にも、沢山のカップルの姿があった。
 手を繋ぎ、腕を組む恋人達の姿に癒されていく。
 シャンバラの戦いはまだ続いているけれど――。
「少しでも皆が幸せになれるように。何気ない日常を過ごすのが、当たり前にできるように、私は頑張ります」
 そう凛とした目で言うロザリンドに、静香は頷いて。
「百合園女学院の校長として、僕も頑張るよ。ロイヤルガードの後輩としても、ね。それに……ロザリンドさんに、ずっと好きでいてもらえるような人に、ならないと」
「校長……」
 ロザリンドが微笑みを向けると。
「頑張ろうね、セリナ先輩」
 と、静香は悪戯気に言った。
「はい……頑張ります……しず、か……校長
 そう言った途端、なんだかおかしくなって。
 顔を合わせて、2人は笑い声をあげた。

 今日は無理だったけれど。
 次のデートの時には、自然に名前で呼べるような気がした。