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リアクション
●25
村の外れ。
永倉 八重(ながくら・やえ)には、十人力ともいうべき能力がある。「暖かいベッドとご飯のお礼です!」と宣言して彼女は、以前遭難したときに世話になった家族やその周辺住民の、家の建て直しに尽力していた。重い石であろうと柱であろうと、ヤエならば簡単に運ぶことができるのだ。
天性の明るさをふりまきながら作業する八重だが、一つ、心にひっかかっていることがあった。
(「タニア、どこ行っちゃったんだろう……」)
年齢が近いということもあって、八重はタニアとは友人関係だった。前回の滞在時も、よく食事を共にしたものだ。タニアは物心つく前に母親を亡くし、気はいいが無口な父親、それに目の悪い祖母との三人暮らしだった。彼女は好奇心が強く、八重には色々と山の外の生活について訊いてきたものだった。それが、ずっと行方不明なのだという。復興活動と聞いて真っ先にタニアのことを思った八重だけに、心配もひとしおである。
(「やっぱり、タニアを探しに山に入ったほうが良かったのかも……でも、山に入ったという確証もないし……」)
と、考えながら流木を村の外に投げ捨てた彼女は、ひた、と背後に気配を感じて振り返った。八重は目を疑った。
「タニア?」
八重が目撃したその姿はまさしくタニアだった。しかし村に戻ってきたというより、村から出ようとしていたのが気になった。
「戻ってきたんだ……良かった!」
「ええ、私、戻ってきたの」
冷たい金属音が反響した。
タニアは拳銃を胸元から抜くも、それは八重の爪先によって空に弾きあげられていた。
「あなた……誰?」八重は真っ直ぐに彼女を見た。
タニアじゃない。
いくら外見がそっくりでも、話し方に違和感があった。これを『おかしい』と感じたとき、反射的に八重は蹴りを放っていたのだ。
「心に宿すは情熱の炎、その手に灯すは魔法の炎、ブレイズアップ! メタモルフォーゼ!!」
短い詠唱とともに漆黒の瞳はルビー色へ、真っ黒な髪は情熱の紅へ、そして防寒着は紅を基調とした魔法少女服へと変わっていた。
「紅の魔法少女、ダブルドルビー参上!」彼女こそ、魔法少女ヤエ。八重の真の姿である。「タニアは返してもらいます! 覚悟しなさい!!」
宣言とともに、八重の眼前に太いタイヤの大型バイクが飛び込んで来た。雪道もなんのその、大型バイクは無人ながら、雷鳴のようなモーター音を轟かせた。このオートバイが見た目通りの機械ではないことは言うまでもない。名はブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)、スーパーヒーローたる八重の愛用マシンにして、意志有する機晶姫である。
「恐らく相手はかなりの手練だ、タニアが心配なのは分かるが、焦るなよ」ブラックゴーストは唸った。
「わかってる!」小手調べとばかりに八重が斬り込むと、
「……」
タニア(?)は飛び退いた。蝶が舞うが如く、八重の大剣が起こした風すら利用して跳躍したようであった。「自分は、塵殺寺院のクランジΚ(カッパ)だ」彼女は呟いた。「正面切ってやりあうつもりはない」この言葉を残すと、Κは手を地面に突く後転を繰り返して八重から逃れた。体操選手の床運動を、うんと早回しで見たような素早さであり、美しいフォームであった。いつの間にか落ちた拳銃も回収している。
「乗れ! 追うぞ!」ブラックゴーストが大声を上げるまで、八重は魅了されたかのように動きを止めていた。