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リアクション
●28
疾風のように馳せるクランジΚだが、教導団の反応が予想以上に早く、すでに包囲が始まっていることを悟っていた。村人、クレア大尉、あるいは団員のレオン・ダンドリオン……と、何度も姿を変えながら追っ手をまく。
入り組んだ建設物の間を縫う彼女は、前方から雪を踏みしめる駆け足が近づくを察して方向を転換した。
電光石火、物陰からの剣尖が掠め、レオン(の姿をしたΚ)は仰け反って雪に尻餅を打った。
「おっと、レオンのはずはないよなぁ。教導団のメンバーなら前方の足音から逃げたりしないから」
物陰から姿を見せたのは、剣もつ者らしからぬ無造作な姿勢の緋山 政敏(ひやま・まさとし)であった。手に銘刀『風雅』が眩しい光を放っている。開いたほうの手で頭をばりばりと掻いたりして隙だらけの構えに見えるが、それが見せかけにすぎないのは、殺しの業に熟達した者なら一目瞭然だろう。
「頼むから下手な言い訳やクサい芝居はやめてくれよ。変身能力のある敵――恐らくクランジが紛れ込んでるらしい、って情報は既に入手してんだ。そもそも本物のレオンならもう山を下りてるぜ。救援物資を受け取りに行った。それすら知らなかったのはリサーチ不足じゃないか?」
という政敏に続けて、
「ここは突破させません。クランジΚ!」太陽のような色の髪した少女が、Κの後方より現れた。「しっかりと囮にひっかかりましたね。雪を踏む足音に聞こえたのはフラワシが立てた音です」少女はカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)、そりのある剣を手にしていた。政敏とは逆に、剣術の教本に載せたいほど美しい青眼に構えている。
「その逃走方角なら村の中央付近に到達する。木を隠すなら森の中、というわね。……混乱する住民に紛れて逃走するつもりだったんでしょ?」
リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)も姿を見せた。彼女は政敏の背に隠れるようにしている。リーンは、彼をバックアップする参謀役だ。事実、Κ襲来の報をリーンはいち早くキャッチしていた。この策を瞬間的に閃いたのもリーンであった。
レオンはニタリと笑うと、バターが溶けるようにしてその姿を変容させていた。
クランジΚ、塵殺寺院の機晶姫である。小柄な少女のようだ。彼女は飾り気のない黄金のマスクで顔を隠していた。口まで覆っているマスクに彫刻はなく、両眼に開いた穴を除けば、顔面に金の板をとりつけただけのように見える。どういう原理か、マスクは釣り紐もないのにぴたりと顔にくっついていた。肌は雪のように白い。髪は黒く真っ直ぐなストレートヘアで、おかっぱ髪を丁寧に伸ばしたスタイルのようにも見えた。
「『Κ(かっぱ)』って名前を聞いた途端に『おかっぱ』なんて思ったしそう言って洒落たかっけど……まさか本当にそうだとは! そうすると逆に次の台詞に困るなあ」
久我 浩一(くが・こういち)の姿があった。三叉路の残る一箇所から、ハンドガンを片手に歩み来たる。
(「その口上……なんとなく浩一の言う『兄貴』に似てきたような……」)と危惧を抱きながら希龍 千里(きりゅう・ちさと)が、浩一のやや前方で構えをとっていた。武器はなく素手、あらゆる攻撃を想定し、最短の時間で返せる姿勢であった。千里は宣言する。「加減しない……いえ、できるような相手ではないと見ました。この拳にて全力で参ります」
Κは腰に手を伸ばそうとしたが考えを変えたか、膝に手を触れ、そこから鍔のない長柄の短刀を抜いた。
「アサシンダガー、ってやつか。とことん暗殺者だね」政敏は剽げた口調で述べた。口笛の一つでも拭きそうである。「女の子とおつきあいするのはやぶさかじゃないが、そういう物騒なモンで『突き合う』のは好みじゃないな」
「クランジが強いのは知ってるけど、三方を囲まれて勝つ自信はあるの? こちらも、腕はそこそこ立つつもりだけど」リーンは距離を詰めながら述べた。アサシンダガーは一突きで心臓を貫く使用法が最も有用だ。逆に言えば、それ以外の戦法にはあまり向かない。最初の一撃、それだけ防げば十分勝機はある。
「兄貴、できれば、俺……」浩一はテレパシーで政敏に呼びかけた。
「わかってるって。殺したりはしない。まずはあの仮面、叩き落とすつもりさ」政敏は短く返答すると口火を切った。
政敏の剣は唸りを上げ正面から斬り込んだ。これを上半身だけでクランジはスウェーする。同時に彼女の右手はアサシンダガーを投じていた。政敏ではなくカチェア目がけて。
「っ!」
火華が、散る。カチェアは剣でこれを弾いて落としたが一歩行動が遅れた。しかし寸前まで最も遠い間合いだったにもかかわらず、千里が既にΚの懐に入っていた。しかも千里が選んだのは拳ではなくローキックだ。クランジは左脚を上げガードしようとするも遅い。パァンと破裂音がした。甘いガードを突き破って千里のローが入ったのだ。中途半端な状態ゆえまともに食らってクランジは体勢を崩した。
このとき政敏の開いたほうの手に、冷たい拳銃が実体化していた。「最初のは挨拶、こっちが本命ってね!」政敏の攻撃は一太刀で終わりではなかった。剣を薙いだ際の遠心力をそのまま活かして彼は、半回転して左手に握った銃をΚに向けていた。
銃弾が飛んだ。チンッ、と冷たい音した。
後転して着地したΚのダメージは少ない。しかし、政敏の攻撃は着実に『狙い』に的中していた。
Κは奇妙な姿勢を取っていた。両手で顔を覆っているのだ。零れそうな大ぶりの乳房が、教導団の制服に押し込められているのがわかる。
「大丈夫。傷つけちゃいないさ。仮面だけ、落とさせてもらった」ぴたりと銃の狙いをつけたまま政敏は言った。「女の子を苛めるのはベットの上だけって決めてんだ」
浩一が落ちたものを拾い上げていた。黄金の仮面だ。
「拝ませてもらいたいな、その顔。どんな……」
政敏は絶句した。
――クランジΚ(カッパ)が両手をどけると、その下には千里の顔があったのだ。
「変身能力よ!」リーンがいち早く我に返るも間に合わない。塵殺寺院の機晶姫はカチェアを押しのけ疾風の如く駆け去った。しかも、予備と思わしき黄金の仮面を取り出し被っているではないか。
「くっ……兄貴!」浩一は唇を噛んだ。悔しいが、相手に虚を突かれたのは認める他ない。
「あまり気分の良い物ではないですね。自分のドッペルゲンガーを目にするというのは」千里……本物の千里も追うが相手は迅い。追いつくのは難しいだろう。
「ま、いいだろ」浩一から仮面を手渡され、目の所に指を入れて政敏はくるくると回した。足はもう止めている。「返すものができた。今度また、会う理由ができたってことさ」