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25


 今日一日だけ、死んだ人に逢えるという。
 その話をニュースで聞いたミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は、そっと部屋を出て行こうとした。あてはない。ただ、影月 銀(かげつき・しろがね)には逢いたい人がいるだろうと思って。
 ――邪魔しちゃったら悪いもんね。
 だから、そうだお祭りにでも行こうかな、なんて考えていた矢先に
「ミシェル。祭りに行かないか?」
 銀から誘われ、ミシェルは目を丸くした。
 普段、銀は自分から行事に参加したりしない。なのに今、確かに誘った。
「なんだよ。祭り行くの、嫌か?」
「ううん、でも……」
 ――いいの?
 ミシェルは視線で銀に問う。
 視線の意図を汲んでもらえたかどうかはわからないけれど、銀が「ああ」と簡潔に頷き、率先して歩いていく。慌ててその後を追いかけながら、ミシェルは考えた。
 銀には、剣の花嫁であるミシェルにそっくりな『大切な人』がいるはずだ。
 いや、『いた』はずだ。
 ミシェルは、銀に出会ってからほとんどの時を銀と過ごしてきた。だから、銀のことはなんとなくわかる。
「銀。……まだ、間に合うよ?」
 ミシェルの歩くスピードを考慮してくれながら進む銀へと、声をかけた。
「…………」
 銀からの答えはない。けれど構わずミシェルは言葉を続けた。
「逢いたい人、いるんだよね?」
 言ってからはっとするほど、無意識に。
 もしかしたら、今の発言はタブーだったかもしれない。聞いてはいけないもののひとつだったかもしれない。
 だけど、銀に後悔してほしくなかったから。
 ミシェルは言葉を取り消すことなく、銀の返答を待った。
「……別れは一度でいいんだ」
 ぽつりと返された言葉は、いつもよりずっと弱い声。
「それほど辛いものなんだ。別れっていうのは。……だから、もう一度繰り返す気には、なれない」
 昔に思いを馳せるように、どこかぼんやりと、けれどひどく寂しそうに銀が言う。
「銀……」
 早足で銀の隣に立ち、きゅっと手を握った。
 そのまま放っておいたらいけない気がして。
 ミシェルの行動に、銀がふっと笑った。ぽんぽん、と頭を撫でる。
「気遣わせて悪かったな。行くか」
 そして、普段通りに近い笑みを浮かべて言うのだった。


 ――隠していたつもりなんだけど、な。
 ミシェルに綿飴を買い与えた銀は、ぽつりと考える。
 逢いたくてたまらない人が居た。
 それは、ミシェルに良く似た――というより、ミシェルが彼女に模しているというべきか――人物で。
 かの人が居ることは話題に触れず、気取られないようにしてきた。それどころか出会う以前のことは一切話さなかった。
 ――一年近く暮らしていると、ばれるものなんだな。
 思わぬミシェルの観察眼に少し驚いたものだ。
 今、こうして祭りの会場に居るときでも。
 まだ、彼女に逢いたいという気持ちはある。
 だけど、気付いていた。逢えば悪い結果になることに。
 ――もしまた逢って、別れの時が来たら……。
 俺は、どうなるのだろう?
 あの時すでに、十分に、辛かった。それをもう一度味わうのか。
 きっと、悲しみと喪失感に押し潰されてしまうだろう。
 立ち直れるだろうか? 自信は、ない。
 死者に逢える機会なんて、これっきりかもしれない。
 でも、まだ心の整理ができてない今、逢うのは間違いなのだと思う。
 そんなの、きっと彼女も望んでいない。
 べたべたしだした綿飴と格闘するミシェルを見ながら、銀は思う。
 ――今、俺が生きていられるのはミシェルが居てくれるからだ。
 ミシェルが居るから、『死ぬわけにはいかない』と思える。
 それは、他者から見れば依存なのかもしれない。
 ――だけど、構わないだろう?
 ――俺たちはパートナーなのだから。
「一人で生きていく必要なんてないんだ」
 呟きは、ミシェルに聞こえなかったのだろう。
 髪の毛に綿飴がくっついて、「銀ー!」と呼ぶミシェルの声にかき消されたから。