リアクション
○ ○ ○ 猫に……なってしまった……。 日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、その事実に茫然としていた。 何処で何をどう間違えたというのだろう。 気が付いたら、自分は猫だった。 まったく何も身に覚えはない。 深呼吸して自分を落ち着かせて。 混乱している記憶を、ゆっくりたどっていく。 (……七日が迷子になって、探して、猫撫でて、暑くて喉乾いたから置いてあったジュース飲んで……) やはり、何が原因なのかさっぱりだ。 とにかく、パートナーの雨宮 七日(あめみや・なのか)との合流を目指すことにする。 七日なら、自分に気づくだろうし。 とはいえ、携帯電話も使えない。人間の言葉もしゃべることができないとなると。 歩き回ることくらいしか、出来ないわけで……。 とてとて。 皐月は子猫の姿で歩いていく。 「あ、子猫。可愛い〜」 「こっちおいでっ」 女の子達が手招きしている。 「ニャー(オレは猫じゃねーんだ、通してくれ)」 通り過ぎようとした皐月だが。 「捕まえたっ」 「ニャウン!」 女の子達につかまって、撫で回されて、抱きしめられて、頬ずりされて……。 「ニャー! フギャー!(そ、それ以上顔を近づけるな! い、嫌とかではなくてな、困るんだー!)」 抵抗してもまるで敵わず、女の子達が満足するまで、とことん弄り回された。 ……だけならいいのだが。 「うお、可愛いじゃん」 「俺猫好きなんだよな〜。ほれほれ」 巨漢が2人近づいてきて、皐月猫を鷲掴み! 「フー、フギャウ、ニャウゥー(放せ、放せぇぇー!)」 先ほどと同じように、撫でくりまわされて、転がされて、ほっぺにちゅーまでされてしまった……。 「にゃーーーーー!」 解放されるなり、走って走って。植え込みの中に逃げ込んだ。 (ま、まあ本物の猫は人間の性別とか外見はどーでもいいんだろうけど。これって、結構ストレスたまるもんだなぁ……。これからは気を付けなきゃいけねーな) 皐月も猫好きだ。自分も可愛い子猫を見つけたら同じことをしていたかもしれない。 それからそっと飛び出して、七日を再び探し始める。 「……!!」 きょろきょろと見回してる皐月の目に飛び込んできたのは。 白のレース。 ……のショーツ。 「どうしたの? 迷子の子猫ちゃん〜?」 現代のコンパニオンの衣装をまとった少女が、しゃがんで微笑みかけている。……パンツ丸見えだった。 走り去ろうとしたけれど、すぐに掴まって、体を撫でられてしまう。 「ニャー……(そんなもん見せるなよ……いや、見たくないわけじゃあ、ないんだが……うむ)」 振り切ろうと思えばできたはずだが、皐月は何故か抵抗出来なかった。顔をそむけることも出来なかった。 「ニャアウ、ニャウ(いかんいかん、心頭滅却すれば火もまた涼し)」 首をぶんぶん振って、どうにか女の子の手から逃れると、人のいない方に皐月は走り出す。 「カァー、カー!」 走る皐月のもとに、突如鴉が向かってきた。 「ニャン!?(なんだ!?)」 逃げようとした皐月だが、その前に。 「死んでください」 「カアゥ……」 ゴスッと振り下ろされた杖により、鴉は地面に倒れた。 「ニャ、ニャンニャン!(お、七日! オレだ、オレ)」 鴉を殴り倒したのは、パートナーの七日だった。 自分に気づいて、助けてくれたのだろうと思った皐月だが……。 「もふもふー」 彼女の口からそんな言葉が出たかと思うと。 「ニャ、ニャギャー!(ちょ、ちょっとまて……!)」 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふにゃんこもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもこねこもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふねこねこもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふも……。 薬が切れるまでずー……………………っともふられた。 ○ ○ ○ 「はい、ミルク買ってきたにゃん、マーブル」 「にゃーん」 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、ベンチに腰かけてミルク蓋を開けて、ストローをさした。 彼女の隣にいるのは、パートナーでも友人でもなくて、小さな子猫ただ一匹。 アメリカンショートヘアのシルバータビー。 万博の警備をしていた千歳が、保護した子猫だ。 飼い主を探してみたけれど見つからなくて。やむを得ず、ミルクを購入して広場のベンチに連れてきた。 何かをせがむような甘えた鳴き声に、つぶらな瞳がたまらなくかわいくて。 抱きしめて転がりたくなる衝動を抑えるのに必死だった。 「ここが寮の部屋だったらよかったのに」 ちなみにマーブルは今千歳が勝手につけた名前だ。 「すごいなこの仔。賢すぎるような……しかも、ちょーかわいー」 千歳は内心悶えながら、ミルクを飲んでいる子猫を見守る。 子猫はベンチに座って、小さな手で紙パックをはさみ、ストローを使ってミルクを飲んでいた。 しばらくそうして、子猫を見守っていた千歳だけれど。 次第に冷静になっていき、悩みが思い浮かんでいく。 「ねぇ、マーブル、聞いてくれる?」 子猫は何も答えないけれど、千歳は子猫の頭をそっと撫でてから、語り始める。 「私の友人がね、まぁ、パートナーだんだけど、最近悩みがあるみたいで元気なくて、まぁ、原因は想像はついているんだけど、いつまで待っても何も言ってくれないのよ」 「……」 子猫がちらりと千歳を見た。 でもすぐに、ミルクに視線を戻す。 「相談してくれたらいつでも相談に乗るのに……」 ため息をついて、千歳は悲しそうな目をする。 「あー、もしかして私って、本当はあまり信用されてないのかなぁって……酷いと思わない、マーブル?」 「……にゃーん」 子猫――マーブルは小さな鳴き声をあげた。 「あ、やっぱりそう思う? そうだよね……。賢いな、ホント、マーブルは〜」 我慢できなくなり、千歳は手を伸ばしてマーブルを抱き寄せて沢山沢山撫でた。 「くぅ、そこに芝生のじゅうたんがあるのに、かわいーかわいーごろごろしたいごろごろしたい……」 転がる事だけは必死に我慢しながら。 (その友人って私のことですよね?) 千歳に抱かれながら、マーブル――子猫の姿になってしまったイルマ・レスト(いるま・れすと)もため息をついていた。 間違って薬を飲んでしまい、猫化してしまったイルマは、身の危険を感じて千歳にくっついていた。しかし、千歳は一向に気付かない。 (しかも、その言い方だとまるで私が悪いみたいじゃないですか?) 再びため息をついて、猫パンチ猫パンチ猫猫パーンチ。 (こっちはいつ聞いてくるのかと思って待っていたのに……) 「いたっ」 千歳がマーブルを自分から離し、首を傾げる。 「どうしたの、マーブル? まだお腹空いてるのかな」 「にゃーにゃー(違います。最初からお腹は空いていませんでした。喉は乾いていたので、ミルクは戴きましたけれど)」 するりとマーブルは千歳の手から逃れる。 「にゃんにゃにゃ……(それにしてもなぜマーブル……ああ、タビーパターンだからマーブル……)」 ベンチの上に下り立つと、振り返る。 「にゃー(そろそろ休憩時間終わりますよ? 仕事はいいんですか)」 鳴き声を上げると、千歳がにこおっと微笑みを向けてくる。 「あー……可愛い。和むなあもぉっ」 「にゃ……(ったく)」 襲われないうちにと、マーブルはベンチから飛び下りる。 (確かに酷い話でしたわ。人間に戻ったら、千歳とはじっくり話し合った方がよさそうですね) それから、先に歩き出す。 「まってマーブル。一緒に巡回しようか。飼い主見つかるかもしれないしね」 (飼い主なんて、見つかりませんよ永遠に) 心の中で言いながら、イルマは千歳と共に歩いていく。 もう少しこのままで、彼女の気持ちを聞いてみるのも、いいかもしれない……。 |
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