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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

リアクション



3


 芦原 郁乃(あはら・いくの)にとってのクリスマスは、クラスメイトや親しい友達を誘ってわいわい楽しむものだった。
 今年も同じ。
 去年と同じように、教室を借りてクリスマスパーティの準備だ。
 何ヶ月と見て慣れ親しんだ教室を、モールやオーナメント、リースで飾り付けていく。
「机は、こんな感じでいいですか?」
 飾り付けを手伝っていた荀 灌(じゅん・かん)がやや不安そうな声音で問うてきた。
 机の上には赤と緑のテーブルクロス。クリスマスカラーの演出だ。
「うん! ありがとね」
 郁乃があ荀灌の頭を撫でると、荀灌は嬉しそうに微笑んだ。
 しかしその表情がすぐに曇る。
「お姉ちゃんがクリスマスパーティに呼んでくれたことは嬉しいのですけれど……」
 歯切れの悪い言葉に、郁乃は首を傾げた。
 荀灌に目線を合わせて、言葉の続きを待つ。
「だ、だって……いいんですか? パーティは、クラスの友達とするって、言っていたじゃないですか」
 意を決したように言ってきた言葉がそれなものだから、郁乃は思わず吹き出してしまった。
「いいんだよ! だって、パーティは親しい人たちとするんだから」
「した、しい」
「そう。荀灌は大事な妹なんだから、遠慮なんてしないで参加していいんだよ」
 まったく、この可愛らしい妹は何を当たり前のことを聞いてくるのだろう。
 ――まあ、そんな風に気にしすぎちゃうところも好きだけどね♪
 安心させるために、再び頭を撫でる。と、今度は頬を赤くしてみせた。
「照れてる〜」
「べ、別にそんなことないです。桃花お姉ちゃんのお手伝い、してきますっ」
 ぱたぱたと走り去る荀灌を見て、郁乃はくすくすと笑うのだった。


 ぱらぱらと、友人たちが教室に入ってきた。
 差し入れだよ〜と渡されたお菓子を、用意しておいた陶器の器に盛り付ける。
「どうだっ」
「おお、市販のものが手作りみたいに」
「やるね郁乃〜」
「へへー。いいアイディアでしょ」
 スナック菓子や、ビスケット。チョコレートやクッキーを可愛らしく盛り付けて。
 キャンドルだって、用意して。
 どこからどう見ても、クリスマス。パーティ特有の空気を感じて胸が高鳴った。
「さぁみなさん、準備はよろしいですか?」
 制服姿にエプロンを着けた格好の秋月 桃花(あきづき・とうか)が、シルバートレイにティーポットを乗せてやってきた。後ろには荀灌が続き、給仕を手伝おうと真剣な面持ちをしている。
 桃花の持つティーポットの中身はごくごく普通の市販のお茶なのだが、彼女の持つ雰囲気や優雅さ、手つきで特別なものに錯覚してしまった。それはどうやら郁乃だけのものではないらしく、そこかしこで感嘆の息が聞こえる。
「どうぞ、郁乃様」
 柔らかな笑みを浮かべて、桃花がティーカップを差し出す。
 出会った頃から変わらない、見た人を安心させる、癒しの笑顔。
「ありがとう」
 こちらも笑顔を返して受け取ると、なんだかこそばゆいような気持ちになった。


 一方で、荀灌は。
「あなたが荀灌ちゃん?」
「うんうん、話に聞いたとおり可愛いわ」
「え、えと、あの……?」
 給仕を手伝っていたはずが、いつの間にか郁乃の友達に囲まれてしまった。
「こりゃ郁乃も自慢したくなるね〜」
「お姉ちゃんが、自慢……ですか?」
「そうだよ。自慢の妹だ〜って言ってくるんだから」
 聞き飽きたよねー、と友人達が笑う。
 聞き飽きるほどに、自分ことを友に話していてくれたのか、と思うと。
 胸が熱くなって、頬も熱くなって、
「あっ、照れてる」
「!」
 郁乃がしてきたような指摘を、彼女達もするものだから。
 類は友を呼ぶというか、似たもの同士の友達なのかな、と荀灌は思った。
 それであるなら、荀灌が彼女達を『お姉ちゃん』だと思うのもたやすいはずで。
 ――なんだか、お姉ちゃんがいっぺんにたくさんできた気分です。
 恥ずかしいような、嬉しいような。
 そんな気持ちを胸に、荀灌は微笑んでみせた。


「楽しんでいるようですね」
 お茶を配り終え、一息ついている桃花に蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は話しかけた。
「今年も無事にみんなでクリスマスを祝うことができる。それがどれほど幸せなことでしょう?」
 マビノギオンの囁きに、桃花が頷く。
「はい。みんなと美味しいお茶を飲んで、楽しい時間を共有して……幸せな、気持ちになれる。大事な大事な、思い出です」
 だからこそ、桃花は一杯一杯に愛情を込めてお茶を淹れていた。
 想いが通じたのかは定かではないが、教室中は楽しそうな雰囲気に包まれ、穏やかで暖かな空気が流れている。
「なにものにも代えられない、大事な、大事な宝物」
 ぽつり、独り言のようにマビノギオンは呟いた。
 来年も、そのまた来年も。
 いつ幾年も、この幸せな時間を迎えられますように。
 そう、祈らずにはいられない、そんな誰にとっても幸せな時間。
 祈るのなら。
 もうひとつ、忘れてはいけないことがある。
 ――主と、桃花さんがいつまでも一緒にいますように。
 あの二人が共に笑っていることで、周りに人が集まってくるから。
 前提として彼女らがいないと、始まらないのだ。
「みんなー、お茶回ったね?」
 郁乃の声が、教室に響く。
「じゃー乾杯するよ! 今年もみんなで祝える幸せに、乾杯っ!」


*...***...*


 クリスマスとは。
 カップルにとって、聖なる日。
「だから、ちょうどいいんだもん」
 一人謳うように言いながら、松本 恵(まつもと・めぐむ)は鏡の前でターンしてみせた。ひらり、タキシードの裾が揺れる。
 ぴたっと止まって、自分自身と睨めっこ。
 レンタルしたタキシードは、サイズこそ合っているが恵のハニーフェイスには些か不似合だ。女の子が無理に男装しているように見えてしまう。
「…………」
 なので、少し納得がいかないけれど。
 ――! こんな顔してちゃ、せっかくの日が台無しだもん!
 気付いて、頬を押さえた。そのままマッサージするように、自分の頬をぐにぐにと揉む。
 改めて鏡の中の自分を見て、笑顔の練習。
 柔らかく、自然に笑えていることを確認してから、花嫁である赤坂 優(あかさか・ゆう)の待つ控室に向かった。


「……ウェディングドレス、変ではないでしょうか?」
 控室に入るなり、優がそんなことを言うものだから。
 恵は思わず吹き出してしまった。
「え、そんな。笑うところではありませんよ?」
「うん、あはは。僕と同じこと心配してるなって思っちゃって」
「同じ……?」
 優が、きょとんとした目で恵を見つめる。恵は頷き、
「僕、タキシード似合わないなーって思ってたから」
 似合わない同士だね、と笑うと、優が首を大きく振った。髪に着けられた飾りが取れそうになって、恵は慌てる。
「似合わなくなんて、」
 ない、と言おうとしたのだろうか? しかし優の言葉は不自然に途切れる。
 言葉の続きを待っていたら、
「……いえ、良い意味で似合いません」
 予想外に肯定されてしまった。
 自分でわかっていても、愛しい人にそう言われると……なんというか、ちょっと、哀しい。
「ん? ……『良い意味で』?」
 しかしそこに至って、首を傾げた。一体どういう意味なのだろう。
「はい、良い意味で」
「どういう意味?」
「それは、内緒です」
 くすくす、忍び笑いを浮かべながら優が言う。教えてくれるつもりはないらしい。
「優は似合ってないもん」
「あら。そうですか?」
「もうちょっと抑え目の方が、絶対優には似合うもん」
「では、もしまたこういったドレスを着る機会があれば、恵に見立ててもらいますね」
「その時は、僕の分を優に見立ててもらうもん」
「もちろん、そのつもりです」
 どこがどう似合ってないか、なんて、一番傍に居る自分たちじゃないとわからない、のかもしれない。
 だからこそ、次があるなら次は互いに見立てよう。
「……でもやっぱり、その恰好も、好き」
「ふふ。私も、似合ってないタキシード姿の恵でも、好きですよ」
「一言余計だもん」


*...***...*


 空京。
 せっかくのクリスマスに、何もしないでただ家にいるのはもったいないと、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)を誘って遊園地に来ていた。
「いや〜、どれもこれも楽しそうだねぇ♪」
 アトラクションを見て、楽しそうにレティシアが笑う。が、対照的にミスティは物憂げな顔で息を吐いた。
「レティ。せっかくのクリスマスなのですから、旦那様と過ごすべきなのでは……?」
 今年六月。
 レティシアは、晴れて愛する人と結ばれた。
 のだけれど。
「しかたないさねぇ、旦那様はほら、お仕事が忙しいから」
 時間が取れないと言われたら、黙って見送るのが妻の務め。
「だからミスティとデートに行こうってわけさね。言うでしょう? 『昼は友情、夜は愛情』」
「聞いたこともありません」
「あ、ほらミスティ、クレープがありますよ! 食べましょうよ、なんかこう、裏メニューみたいなやつとか」
「遊園地にそんな愉快なメニューはないと思いますが……」
 ミスティを引っ張り、レティシアは遊園地を歩き回る。
 クレープを食べて、ジェットコースターに乗って(ミスティはかなり嫌がったのだが)。
 ゆっくりしたいと希望を述べられたので、叶えるために今は観覧車に居る。
 ごとん、ごとん、と小さく重い音を立てながら、観覧車がてっぺんへと向かってゆっくり進む。
「レティ」
 その中で、ミスティの声はひどく響いた。
「うん?」
「私のことを、そんなに気遣わなくてもいいんですよ」
 予想だにしていなかった言葉に、レティシアは目を見開いた。
 それからにこりと笑い、
「迷惑?」
 問う。
 問いに、ミスティが首を横に振った。
「いえ。嬉しいですし、楽しんでますが」
「ならいいじゃない」
「でもレティには旦那様が居ます」
「ミスティ。あちきにはパートナーが二人居るの。わかる?」
 含み笑いをしつつの言葉に、ミスティが首を傾げる。
「人生のパートナーであるリアちゃんと、それからミスティのこと」
 どっちも大切で、どっちもかけがえのない存在だから。
「どっちかだけ楽しい、とか、嫌なんですよねぇ」
 じゃないと嘘だ。
「あ、ミスティ! ここてっぺんですよぅ、ほら高い! 景色も綺麗だねぇ〜」
「……ええ。そうですね」
 隣で外を覗き見たミスティの表情が、遊園地に来たときよりも楽しげだったから。
 レティシアは嬉しくなって笑うのだった。