|
|
リアクション
■ 墓標 ■
団長の墓に行くというレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)を、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は止めた。
「おいレリウス、顔色悪いぞ。無理すんなって」
正月休みは数日貰ったことだし、色々あった今日でなくとも、せめて1日休んでからにした方が良い。
そう何度ハイラルが勧めても、レリウスは首を縦には振らなかった。
「団長に新年の挨拶をする為に地球に来たんです。それを後回しにしてゆっくり休んでなどいられません」
「だけどよぉ……」
ハイラルとしてはレリウスが心配でならない。
けれどハイラルが何と言っても、レリウスは決心を覆すことはなく、団長の墓へと向かった。
土の上にただの石が載せられている。
名前も何も書かれていないそれが、団長の墓だった。
周囲にある墓も似たり寄ったりの質素さなのは、そこがきちんとして霊園に入れない無縁仏が適当に埋められた場所であるからだ。
目印になるものとてろくにない墓地だけれど、レリウスの足は迷うことなくまっすぐに団長の墓を目指した。
「団長、新年の祝いに酒を持ってきました。今は成人するまで飲んではいけないと言われているので、団長の分だけですが」
飾り気のないコップに酒を注ぐと、レリウスは墓石の前に供えた。
「それと……」
レリウスは一度呼吸を整えてから続ける。
「団長の銃を返しに来ました。回収者が俺と団長の銃を間違えてしまったらしく、俺の荷物にありました」
青ざめながら震える手でレリウスは銃を掴んだが、その途端に眩暈を起こしてハイラルに支えられた。
「ダメか……自分の銃すらまともに触れねえのに、団長の銃持って平気なわけねえだろ。なんで1人で黙って無茶するんだ。何のために俺がお前のそばにいると思ってんだ」
ますますひどくなってゆく一方のレリウスの無茶ぶりに、苦労人という呼び名が板に付いてきてしまったハイラルは小言をこぼす。
支えてくれたことに対してだけ短く詫びて体勢を直すと、レリウスは苦く笑った。
「……触れるだけでこのありさまです。団長の命令に背いてまで戦う事を選んだと言うのに」
本当に戦うことしかできなくなる前に、別の生き方を考えるべきだ。だから一度傭兵団から離れるようにと言ってくれた団長。
けれどレリウスは傭兵団から離れこそしたが、戦うことを止めたら強くなれない、そして団長に恨まれていないかという不安から解放されることが出来ない……と、戦いは止められずにいる。
(こんな弱い俺が生き残り、団長が死んだ。何かの間違いとしか思えない。だが、生き残った以上、俺には生きる義務がある)
強くならなければ。
レリウスはこれまで何度思ったか知れない言葉を胸の内に呟くと、血が出るほど唇を噛んで団長の銃を決意と共に墓石の前に突き立てた。
ざくっと音を立てて冷たい土に団長愛用の銃が突き刺さる。
「団長、見ていて下さい。俺は必ず強くなる。なってみせます」
戦士の墓標のような銃にしっかりと目を据えて、レリウスはそう誓った。
それは強く確かな決意ではあったけれど、ハイラルの目には危うく映った。
「誰かを守るため強くなりたいってのはいいんだよ。でもお前自身が無事じゃなかったら意味がねえ。団長を失ったお前ならわかるだろ? 痛ぇとか苦しいとか悲しいとか、俺に言えよ。俺はお前を助けたいんだ。そのためにいるんだよ」
懸命に言うハイラルの声がどこまで届いているのか……レリウスは墓標とした銃をじっと見つめ続けるばかりだった――。