波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

年の初めの『……』(カギカッコ)

リアクション公開中!

年の初めの『……』(カギカッコ)
年の初めの『……』(カギカッコ) 年の初めの『……』(カギカッコ)

リアクション


●道標

 蒼空学園、まだ早朝と言える時間帯。
 しんしんと、冷える。
 口を開くだけで舌が凍り付きそうだ。
「初出勤だ」
 メインゲートとなる入口には、指紋認証用のボードがある。挿入口にカードキーを射し込み、ボードに手を当てると淡いブルーの表面から、冷ややかなものが伝わってくるように感じる。
 表示されたIDは『校長:山葉 涼司(やまは・りょうじ)』だ。
 マフラーで口元を覆う。涼司はその私設秘書ローラ(クランジ ロー(くらんじ・ろー))を伴ってこの場所に来たのだった。涼司は制服姿、ローラも同様だ。元旦の特別感はなく平時そのままだった。
「これ、『に・ぜろ・に・に』ね?」
 日付欄に表示された文字を指し、ローラはなにやら嬉しそうに言う。このところ、急速に文字を覚えはじめた彼女だった。独力で読める文字があるとすぐ、声に出して読むのだ。その無邪気さに涼司は口元を緩めた。娘の成長を見守る父の心境である……といってもその『娘』は自分とさして年が離れておらず、背は自分のほうが低いのだが。
「ああ、今日から新しい年だからな」
 という涼司の声に被せるように、
「明けましておめでとうございます」
 着物姿の少女が述べ一礼した。ここで待っていたものらしい。
コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)です。本日は新年のご挨拶と、お願いに参りました」
 紫がかった青の髪、これによく合う緋色の和服――目の覚めるような姿であるが、祝賀の口調とはうらはらに、その表情はこわばっていた。寒さではない。決意がそうさせているのだ。
「山葉校長。新年早々となりますが、お時間をいただいてよろしいでしょうか?」
 あいさつと、肯定の返事を涼司は返した。あわててローラも倣う。
 コトノハは単身ではなかった。パートナーのルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)を連れていた。夜魅はコトノハの背に隠れるようにしている。ルオシンは、コトノハ同様厳しい表情だった。
「外で立ち話というのも何だ。入って続きを聞こう」
「いいえ。こちらで結構です。お時間は取らせませんから」
 放校者に気遣いは無用――といったニュアンスを出さないようコトノハは苦慮していたが、あまり効果はなかったようだ。
「蒼学への復帰を認めていただきたいのです」
 できれば、ユマ・ユウヅキも一緒に、とコトノハは言った。
 想いが溢れそうになるコトノハを支えるようにして、ルオシンが言葉を添える。
「放校されてから半年……。我たちも蒼学に戻れるようウゲンと戦ったり、ツァンダを護ったりして努力した。しかし、シャンバラ政府もアイシャ女王もそれを見ようとも知ろうともしないという事実をどうお考えか。ザナドゥ側に離反した人たちの事は見ているのにな……」
 決して言葉を荒げているわけではないが、整然としているが故の迫力があった。
 ローラが心配そうに涼司を見る。見比べるわけではないがローラが視線をコトノハに向けたところ、こちらを見ている夜魅とぴったりとあった。「かわいいね」と言うようにローラは微笑んだ。すると夜魅は恥ずかしげに、コトノハの背後に身を隠してしまった。
 コトノハ、ルオシンの顔をそれぞれ見た上で涼司は返答した。
「『見ようとも知ろうともしない』わけじゃない。記録は残しているし、考慮もしている」
 その上で、放校を解く、という結論はまだ出ていないことを告げた。
 でも、とコトノハが声を上げた。
「本気で扶桑を燃やすつもりなら、普通はガソリンを撒いて火を点けるでしょう? そして再び扶桑に戻ったりはしませんよね? 私達は夜魅の姉を助ける為に闇の力で扶桑から斬り離そうとしました。それが失敗し、傷付いた扶桑を回復させる為に戻ったら……」
「待ってくれ。ここは法廷じゃない。背景を審議するつもりはないんだ。そのときどう思っていたかは関係ない。結果に従った判断は今さら覆らない」
「なら、何をすれば放校解除になるんですか!」
「こうやって直訴するのではなく、善行を積むことで放校が解除される可能性が高まる。繰り返すが、少なくとも俺は記録は残しているし、考慮もしている」
 コトノハは納得したわけではなかった。しかし、
(「今は、解除の可能性が示されただけでも……」)
 と、一旦は引き下がることに決めた。とはいえまだ求めたい問いがある。
「それと、教導団からユマを引き取れませんか? このままでは彼女があまりに不憫です」
「教導団への所属はユマの意思でもある。俺の立場では口出しができない」
 なおも言葉を連ねようとするコトノハを、ルオシンがそっと止めた。
「行こう。少なくとも、私たちのメッセージは伝わった」
 去り際、夜魅とローラは言葉を交わしていた。
 短い時間だったが通じ合うものがあったらしい。ローラは夜魅と目線が同じになるようしゃがみ、夜魅は彼女の目をのぞき込んでいた。そういえば少し――ユマの瞳に似ているかもしれない。
「ローラもユマもあたしたちと同じだね。友達だと思っていた人に裏切られて辛いの……。ユマや美羽、朱里や授受達は前と同じ様に接してくれるけどそうでない人達もいるから……」
「上手く言えないけど、ワタシ、裏切られたつもり、ないよ。考え方違うひと、いるもの。でもいつか、わかりあえる、そう思うことにしてるね」
 ローラは大きな手で、夜魅の手を包み込んだ。
「だからね。あまり、嫌な気持ちになることばかり、考える良くない」