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年の初めの『……』(カギカッコ)

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年の初めの『……』(カギカッコ)
年の初めの『……』(カギカッコ) 年の初めの『……』(カギカッコ)

リアクション


●新年の校長室

 校長室に入った涼司のところに、来客を告げるメッセージが届いた。
「明けましておめでとう!」
 間もなくして、朝の雲雀のような元気な声とともに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が顔を見せたのだった。
「本年もよろしくお願いします」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も一緒だ。
「美羽たちは……」
 涼司は言いかけた。「環菜のパーティに行くんじゃなかったか」と。昨年末頃、美羽も招待状を受け取ったと言っていた。
「私、これでも生徒会副会長だからね」
 その問いを予期していたかのように、美羽は述べてダウンジャケットを脱ぎ、
「仕事、去年の分がまだ残ってるんでしょ? 手伝うよ」
 予備の机を出してきて腰掛けたのである。
「助かる」
 軽く返しながら、涼司は心の中で手を合わせていた。
 手伝ってもらえるのが助かるのは事実だ。超人的な仕事力のあった前任者と比べると涼司は、情熱では負けていないつもりだが処理能力という意味では大きく劣ることは認めざるを得ない。したがって常に仕事が山積みで残っている状態で、その処理に追われているのだ。しかし逆に言えば、それはいつものことであり、特に今日だけ忙しいというわけではない。
 美羽はそのことについては触れないし、尋ねられてもとぼけるだろう。けれど先日の、ローラのことを耳にしたに違いない。あえて今日、涼司が仕事をしている理由を察して、ローラのために手伝いを志願したのだ……。
 などと考えながらつい、涼司は美羽をじっと見ていたようだ。
「あ、頭に何かついてる?」
 視線に気づき美羽が照れると、
「ああ、髪に芋けんぴが」
 などと意味不明なことを言って涼司は笑わせた。
「おめでとうございます、涼司くん、皆さん」
「おめでとう。来てくれてありがとう」
 続いて涼司が迎えたのは火村 加夜(ひむら・かや)だった。
 立ち上がって彼女の手を取ると――照れ屋の涼司が人前でここまでするのは珍しいことだった――彼はそっと、彼女にだけ届く声で言った。
「すまない。今日は一緒に初詣でも、と考えていたんだが」
 そんなことないです、と加夜は微笑する。
「私に悪いなんて思わなくてもいいですよ。去年のクリスマスも一緒に過ごした後、校長室で朝までお手伝いしてましたし。それに近くに居れば、無理してそうなら休憩しようって言えるので」
 彼女を抱きしめたいような顔になった涼司だが、ローラを始めとする面々の視線が自分の背に注がれているのを知っているので我慢した。
(「あと」)
 加夜はそっと心の中で告げる。
(「涼司くんの仕事してる姿も好きなんですよ。カッコいいなって思うので……」)
 でも、これは内緒だ。
 涼司と加夜、美羽は仕事に戻り、
「隣の給湯室を借ります」
 ベアトリーチェは席を立った。
「あの部屋はガスコンロもお鍋もありましたね? 材料、用意してきましたのでお雑煮でもと思って……ローラさんもやってみませんか? お餅を焼くんです」
 ぴょんと弾かれたようにローラも立ち上がった。
「うん、ワタシ、焼く。ヤキモチ焼き!」
「あー……それはまた別の意味になるんですが……」
 苦笑気味のベアトリーチェである。このとき、
「僕も行こう」
 コハクも付いていった。
 一般的なそれとは違い、蒼空学園校長室の給湯室は広い。十人を超える来客でも対応できる規模である。
「今日はまだ来客があると思いますし、多めに作りましょう」
 刻み柚を入れたり工夫はするが、基本、雑煮なので質素なものである。今日行く予定だった空京ロイヤルホテルの高級料理にはかなわないだろう。けれど、
(「美味しい料理には、人を笑顔にする力がある……そう思いますので」)
 喜んで貰うべく、ベアトリーチェは腕をふるうのである。
 一方、コハクはローラに伝えた。
「ある程度は聞いていると思うけど、先日の大図書館での事件で、彼女……パイは、『クランジの国を作る』というシータに協力していた。シータと一緒に行ってしまった」
 厳しい言葉かもしれない、と思ったコハクだが、ローラは落ち着いていた。このことについては自分の中で結論を出していたのだろう。
「わかってる。パイの決めたこと、尊重する。でも、ワタシはワタシ」
 ローラはきっぱりと言ったのである。
「もちろん、パイと別れる、寂しい。けれど、ここのみんなと別れるも寂しい。学園、ワタシ迎えてくれた。ここ、ワタシの……えーと、ワタシの場所、というか……」
「居場所、かな?」
「そう。それ。ここにいたい、思う」
「そうだよ。パイの居場所もみんなで作るから……今度はローラも、一緒にパイを迎えに行こう」
「うん!」
 両手を伸ばし、ぎゅっとローラはコハクの手を握った。
「それ、いい!」
 このとき、コンロに敷いた網の上で餅がぷくーっと膨らんだのである
「さあ、こんな風に焼いていきます。やってみましょう」
 ベアトリーチェは唄うように言った。