波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

雪花滾々。

リアクション公開中!

雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



13


「ふう……こんなところでしょうか」
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が午前中いっぱいを使って作ったかまくらは、大きくて立派なものだった。
 達成感や満足感に一息ついから、リースは身を翻す。いつまでものんびりはしていられない。鍋を囲む準備をしなくては。
 イルミンスールの調理室から、鍋や包丁等の器具を借り、運び入れ。
 鍋に入れる具材は買えるだけ買って、空飛ぶ箒に運んでもらう。
 準備も終わり、時計を見た。
 集合時間まであと少し。
 鍋の支度をして待とうか。


「お鍋♪ お鍋♪ 冬の定番あったかお鍋〜♪」
 即興で歌を口ずさみ、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)はかまくらに入った。
 外気よりいくらか温かく、そしていい香りがする。ほわん、と幸せな気分になりながら、適当に空いた場所を見つけて座った。
「キリジョーさんキリジョーさん。お鍋まだ?」
 そして、ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)と共に鍋の支度をしていた桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に問いかける。
 今の今まで雪合戦をしたり雪だるまを作っていたため、身体が冷え切っていたのだ。たくさん動いたからおなかも空いている。
「もう少し大人しく待っていろ。さすればとびきり美味い鍋が出来る」
 隆元は、さも当然のように言い切った。
「うんうん♪ 楽しみにしてる〜」
 元より期待はしていたのだが、ああも自信たっぷりに言われると余計に。
「ってーか。マーガレット、暇なら手伝いなよ」
「えー」
「働かざるもの食うべからず。鍋の材料切って切って」
 ナディムから渡された包丁を握り、具材を見。
「……どーやって切るの?」
「そこから?」
「慣れてないもん。このまま入れちゃだめ?」
 丸のまま入れようとしたら、隆元にギッと睨まれた。
「大人しく、待っていろ」
 一語一語で区切り、言い聞かせるように低い声音で言われる。マーガレットですら一瞬たじろぐ剣幕だった。
「ナディム。キリジョーさんが怖い」
「あー、たかもっちゃん鍋奉行だから」
 下手打たない方がいいよ、と注意されたが、面白い。
 止められれば止められるほど、人はやりたくなるものなのだ。
「ていっ」
 考えなしに、目の前にあった材料を鍋に放り込む。隆元の目が光った。箸が踊り、白菜は空中で全て捕られた。
「わしの目が黒いうちは、好きにさせぬ」
「いいじゃん! 楽しく食べようよ!」
「葉物を最初に入れるとビタミンが壊れる!」
「でも美味しいよ! いいじゃん!」
「ならぬ! おぬしは何もせず待っておれ!」
「あーはいはい。落ち着け二人ともー」
 ヒートアップしてきたところ、ナディムに止められた。
「ほら、そんな腹減ったならリースが作っておいてくれたおにぎりでも食べてな」
「むー……そういうんじゃなくて」
「って言いつつおにぎり食べてるじゃん」
「あたしはみんなでお鍋したかったんだよう。美味しいのは好きだけどさー、こう、わいわい。楽しくー」
「俺は十分わいわい楽しいけどなー」
「まあ、うん、楽しいけどね?」
 咀嚼し、おにぎりを飲み込んだのとほぼ同時。
 す、っとお椀が差し出された。差し出しているのは隆元だった。
「待たせたな。食え」
 うん、と頷きいただきます。
「……美味しいー」
「当然だ。旅館で鍛えたわしの腕をなめるでない」
「でももっとわいわいすると、しただけ美味しくなるよ!」
「何だ、その超理論は。ええい飾り切りもしておらぬ椎茸を入れるでないわ!」


 わいわい、がやがや。
 一緒に鍋を囲む人たちが、心地良い騒々しさを作り出す。
 お皿やお箸を配りながら、リースはふっと微笑んだ。
「こういうのって、素敵ですね……♪」


*...***...*


 寒い。
「さむいさむいさむい!」
 思わず連呼するほどに、寒い。
「さむい!!」
 叫んで、皆川 陽(みなかわ・よう)はこたつの温度調節つまみを最大まで捻った。
 こたつの中にいるのに寒いだなんて何事か。と思えば外は雪まみれ。積雪何十ミリだ。
「パラミタがオレを殺しにかかってきている。ヤツは本気だ。間違いない」
 ぶつぶつと零しながら、こたつに潜り込む。
 もうこたつから離れられないと、足に擦り寄った。抱き締める。
「こたつちゃん大好き。キミのぬくもりをあいしてる!」
 この子のいない生活なんて、考えられない。きっと死んでしまうだろう。そうだここから一歩でも離れたら死ぬ。
 なのに、
「マスター。そろそろ出てきたら?」
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)ときたら、なんとかして陽をこたつから出そうと声をかけてくるのだ。
「出ません」
「ちょっとでいいから」
「出ない」
「ほら、お風呂とか入らなきゃ」
「出ないっつってんだろ」
 正直、鬱陶しい。今はこたつと愛を育む期間なのだ。邪魔をしないでいただきたい。
「陽――」
「うるせぇ! オレはこたつから引きずり出されると死ぬ生物なんだよ!!」
「マスター! 寒さで切羽詰ってるのはわかるけど一人称が違ってるよ!?」
「人間一人称のひとつやふたつ、ころころ変わるさ。小さいことでガタガタ言ってんじゃねぇ」
「口調も違う! キャラ崩壊だよ! 修正メールが飛び交うよ!」
「オレ、このままこたつの中で生涯を終えるって決めたんだ……」
 メタになってきたテディの発言には応えずに、独り言を呟く。
 うん。こたつと一緒なら、死んでもいい。そういえばなんだか頭がぼーっとする。ふわふわした気分になってきた。
「死ぬまで一緒だね、こたつさん……離さない離れない! 愛してる……!」
 夢うつつのような頭で愛を囁くと、
「陽! ひどいよ! 僕にはそんな言葉言ってくれたことないくせに!」
「こたつさんとお前を一緒にするなよ。ねえこたつさ……あれ何か見えてきた」
 幼少期からの思い出が。
 そういえば、しばらく水を飲んでいないなと思い出した。ああそのせいか。こたつさんの効能のひとつに『走馬灯が見れる』というものを付け加えて販売すればいい、とぼやけた頭で思った。
 幼稚園、小学校、中学校。
 記憶が流れていく。
「一貫して冴えない道程だな……」
 つい冷めた声が出てしまうくらい。
 そして、十三歳の頃幽霊に取り憑かれて、十四歳でその幽霊と契約して、今ここにいて。
「貴族様どもの中で、ドベでダメ一直線の下層民人生! ……あー。このまま死のう」
「陽ー!?」
「うるさい」
 そんな大声出さなくても聞こえている。
 放っといて。
 なんだかんだ、ずっと隣に居てくれている彼だって。
 ――契約がなければオレをちゃんと見ることもなかったわけでー、……。
 ――パートナーだから愛を囁いちゃってるだけでー、……。
「……契約がオレ達を縛っているのさ」
 死んだらどうなるのかなぁ。
 縛りから放たれるのだろうか。
 それは楽なのだろうか。
 それとも、孤独なのだろうか。


*...***...*


 どうしてこんなに寒いのか。
 答え。
 積もった雪が昼を過ぎても溶けないような気温だから。
「さみぃ、痛ぇ、死ねクソが」
 寒さは痛みになる。暴言を吐き、クロ・ト・シロ(くろと・しろ)はこたつに潜り込んだ。スイッチを『強』にして稼動させる。
「誰だよ冬に雪降らす馬鹿は。あークッソ寒ぃ」
 何もしなくても寒いのだから余計なことはしないでほしい。と、文句を零していたらこたつが暖まってきた。
 素足がじわりと暖められていくのがひどく心地良い。
「炬燵最高。炬燵教万歳」
 偶像は卓袱台か布団で。信仰対象は原子力。熱源的に考えて。
 ――あー、でも宗派によってヒーター派や電源派も出てくるか。
 巻き起こる宗教戦争。世界は核の炎に飲み込まれ、
 ――あ、結局原子力の勝利か。
 核だもの。全てを飲み込んで終えるだろう。
「クロ、炬燵で寝ると風邪引きますよ」
 黙々と考え込んでいたら、寝てると思ったのかラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が声をかけてきた。
「っせーな。オレは核の炎で暖まれるかどうか真剣に考えてんだよ」
「暖まれるんじゃないですか?」
「まじで?」
「一瞬だけ」
「やっぱ?」
 一瞬か。呟きながら、頭までこたつに突っ込む。赤い光が爛々と存在していた。触れてみる。当然だけど、熱かった。顔を出す。
「核だと熱いって思う間もねぇかな」
「さあ……体験したことがありませんから」
「ちょっと体験してみてーなー」
 こたつで温まったせいか、普段より思考力が低下しているようだ。自分でもわかるくらい、ゆるい。
 まぁたまにはいいか、とごろごろしていたら、ラムズが笑った。
「こういう所は猫なんですねぇ」
「それよか核ってさぁ」
「はいはい。塵芥になる前に顔でも洗ったらどうです?」
「んあ? 顔?」
 何を言っているのだ。元々イカれた箇所のある人間だったがついに視力までもイカれたか。
 軽口のひとつでも吐こうと口を開いて、
「目の下、凄い隈ですよ? 垂れ目と相俟って、不気味さに拍車をかけてます」
「ッ!!?」
 先んじて言われた言葉に、両手で顔を覆った。
 今さっきこたつに潜ったときにフードが取れたのか。それとももっと前からか。いつからだ。クソが。
 再びこたつに頭を突っ込む。足が外に出たけれど気にしない。それどころか微動だにするものか。
 なのでこのまま放っておけと念じてみたが、
「頭隠して尻隠さずですね」
 そうはいかなかった。チッと舌打ち。
「うっせーよ黙れよ永遠に」
「永遠にですか」
「永遠にだよ。つーか人様の寝顔見るたー良い度胸じゃねぇの」
「貴方猫でしょうが。そもそも起きていませんでした?」
「とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ」
「…………」
 ……軽口なのだから、黙られると困るだろうが。
「笑えよ」
「あー、えっと……」
「やっぱ笑うな。死ね」
 そしてまた、沈黙。
 しばらくして、
「……いい加減機嫌直したらどうです?」
「や」
「じゃあどうすれば機嫌が直るんですか?」
「リセットボタン連打しろ。割とマジで。今すぐ」
「確かに貴方、少し……いや結構目付き悪」
「おい馬鹿止めろ」
 既に精神的ダメージが酷いのにまだ言うか。
「パートナーロストで無理心中すっぞテメェ」
「そこまで気にするようなものでもないでしょうに……」
「……っせーよ」
 この、後天的解離性健忘の男が覚えているはずはないのだけれど。
 だから、忘れてしまえば良いとわかっているのだけれど。
 それでも、駄目なのだ。
 昔、ラムズに『物凄く目付きが悪い』と言われたことが、クロは忘れられないのだ。
「……蜜柑でも食べます?」
「いらね」
「……非常にクロらしかったですよ?」
「うっせーよ」


*...***...*


 寒い寒いと思っていたし、よくまぁ降るなと思っていたが。
 ここまで積もるとは、予想だにしなかった。
「積もったなぁ……!」
 椎名 真(しいな・まこと)は、窓の外に広がる景色を見て声を上げた。
 一面の銀世界なんて、初めて見た。何せ真が住んでいたところはあまり雪が降らない地域だったものだから。
「降ってもほんの少しとかね。積もらないんだよなぁ」
 そして翌朝には溶けていた。子供の頃は、そのことがとても寂しかったような気がする。
 さて、我が家の子供こと彼方 蒼(かなた・そう)はどうしているのだろうか。
「蒼ー、」
「にーちゃんにーちゃん! 雪! 遊びいこぉー!!」
 呼びかける間もなく、防寒対策を済ませた蒼が飛び出してきた。
「おお……準備万端だな、蒼」
 そうだ。これだけたくさん、雪が積もったんだ。
「遊ばなきゃ損だよな!」
「うん!!」
 遊びに行こうとコートを羽織ってマフラーを巻いて。
 寒くなったら店で何か買えるようにとポケットに財布を突っ込んで。
 ふと、蒼の背負ったリュックに目が行った。
「蒼、その荷物何?」
「えへへ、ないしょぉー!」
「うーん?」
 あれもそれもと詰めたらしく、なにやら色々入っていそうだ。
 何を入れたのか、わかるようなわからないような。
「とにかく出かけるか」
「雪だるまー!」
「おー、いいな! 作ろう!」
 青年と少年ははしゃぎながら、公園を目指して通りを歩く。


 雪に触れる両手は、大切なあの子からもらったミトンのおかげでぽかぽかしている。
「つめたぁい、けどつめたくなぁい!」
「ははは。蒼、何言ってるかよくわからないぞ」
 真に笑われつつ、ぺたんこぺたんこ、雪で色々なものを作る。
「でっかい雪だるまつくるんだぁい!」
 あの子の家からも見えるくらい大きなものを。
 にゃんこだるまとわんこだるまを並べよう。気付いてくれたら胸を張って、これは自分たちだと言ってやろう。
 あの子は何て言うだろう? 反応が見てみたい。
「こんどはいっしょにつくろぉねー」
 鼻歌交じりに呟きながら、
「できたー! これにーちゃん! おとうふだるまー!」
 第一号は、一緒に遊んでくれる真へ。
「お豆腐だるま……」
 真はきょとんとしていた。きっと喜んでいるのだろう。
「にてる?」
「似てる、似てる。四角いところなんてそっくり」
「やたぁー、にーちゃんよろこんだぁ! つぎぃ!」
 めいっぱい、作るんだ。
 大きいのも、小さいのも、いっぱいいっぱい。
「楽しいね、にーちゃん!」
「ああ。でもそろそろ休憩しようか。俺、ちょっと冷えてきた」
「きゅーけー?」
「うん。何か飲み物とか買ってこようかな。蒼、ホットミルク飲む?」
「のむぅ! きゅーけーするぅー」
 買いに出る真を見送り、背負ったリュックをごそごそと。
 中から取り出したのは、
「あ。蒼、持ってきてたのか」
「うんっ」
 バレンタインにもらった、わんこしょこら。
「いっしょにたべるのーえへへー」
「うん。一緒だなー」
 食べて、飲んだらまた雪にまみれる。
 雪だるまと並んで写真を撮られたり。
 その写真を送ってもらったり。
 たっぷりと雪遊びを堪能して、帰る時間が近付いてきて。
「うぅー……」
 蒼は、にゃんこだるまの傍から離れられないでいた。
「いっしょがいぃー。にゃんこだるま、持って帰りたいぃ……」
「ああ。冷凍庫の中身、昨日整理しといたから。持って帰ろうか」
「!!」
 真の提案に、尻尾をぶんぶん振って応える。可笑しそうに真が笑った。
「にーちゃん、タイミングいぃー。ばっちりぃ!」
「はは。……今日降るって、わかってたからなぁ……」
「にーちゃんも楽しみにしてたんだぁ」
「だなー。蒼とおんなじだ」
 ちいさな雪だるまを両手に持って。
 いっそう冷え込んだ帰路を、歩く。
「晩御飯はシチューにしようか。あったまるぞー」
「わぁい、ごはんー!」