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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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異世界に憧れて〜ロザリンド・セリナ〜

 
 ヨーロッパの田舎を見たことがありますか?

 畑と果樹園がたくさんあって。
 その間にお家が建っています。

 あちらを見れば麦畑が延々と。
 こちらを見れば葡萄畑が並んでいて。
 裏は山林が続いています。

 ここでは隣のお家までも遠くて。
 会う人と言えば家族と農作業のために働いている人くらい。

 たくさんの人を見る機会なんて、学校くらいしか無くて。
 学校にいる同年代の子供以外に会うのは、スクールバスの運転手さんくらいで。

 たまに父母兄と遠出をすることはあるけれど。
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はそんなのんびりとした環境で大きくなりました。


「素敵です……」 
 千夜一夜物語の絵本を開きながら、ロザリンドは溜息をついた。
 海の船乗りのお話や、地下のお姫様のお話。
 様々な世界の物語がこの絵本の中にはある。
 近所に遊び相手のいないロザリンドにとって、お人形とこの絵本は大事な友達だった。
 お人形やおもちゃで遊びながら、ロザリンドは別世界に思いを馳せる毎日を送っていた。
 今日のロザリンドの心はペルシアの緑の都に行っていた。
 人民に愛される王が収める土地。
 王は白い都に住む美しい娘を求め……。
 
 カタッ。

 違う世界に行っていたロザリンドの耳に音が聞こえた。
 ロザリンドが意識を現実に戻すと、そこには父の姿があった。
「お父さん」
「おう」
 娘の呼びかけに父は短く答えた。
 熊を連想させる大柄で筋肉質の父だが、若い頃は今よりやせていたらしい。
「タバコをやめてから太ってきたのよ」
 母は小さく微笑みながら、そうロザリンドに教えてくれたことがある。
 ロザリンドには2歳上の兄がいて、母がその兄を授かった時にキツく言われて父はタバコをやめたのだ。
 もっとも、生まれてきた兄を見て、愛煙家だった父もタバコをやめて良かったと思ったらしく、その後は吸っていない。
 そして、やっぱりちょっと身体が大きくなってきているのだが、まだお腹が出ていないのは、身体を動かしているおかげかも知れない。
「絵本を読んでいたのか?」
「はい」
 ロザリンドは笑顔で父に絵本を見せた。
「どの世界も素敵で、行ってみたいところがいっぱいです」
「ロザリーは遠くに旅したいのか?」
 その問いかけにロザリンドはちょっと悩んだ。
 遠くに行ってみたいと言ったら、父は悲しむだろうか? と思ったのだ。
 しかし、ロザリンドは素直に言ってみることにした。
「はい、行ってみたいです。この絵本の主人公みたいに精霊に誘われて、世界中を旅してみたいです」
 絵本の中の精霊はエキゾチックな褐色の肌と茶色の長い髪をしていて、その姿はロザリンドを魅了した。
 宝石の付いた首輪や腕輪はロザリンドの住んでいるところには無いようなアクセサリーで、それがまたロザリンドには異国情緒を感じさせた。
 いつかこんな人と一緒に旅が出来たら……とロザリンドは憧れているのだ。
「そうか。大人になったら、行けるといいな」
 ロザリンドの頭をポンと撫でて、父は優しく笑った。
「……はい!」
 父の言葉は意外なものだった。
 ロザリンドも父や母が嫌いなわけではない。
 ただ、親に連れて行ってもらって他の場所に行くのではなく、自分で自由に好きなように動き回って、色々なものを見たいと思ったのだ。
 代わり映えのない、田舎の家から外に出てみたいと考えたのだ。
 それはロザリンドの一つの成長であるかもしれない。
「でも、いいのですか?」
 父が世界中を旅することに同意してくれたので、ロザリンドは一歩踏み込んで父に尋ねてみた。
「いい?」
「私がここを出て、世界を旅しに行っても……お父さんはいいのですか?」
「そりゃ寂しいが……」
 そこで一度言葉が切れた。
 朴訥な性格の父は、あまり多弁ではないので、答えを考えるために、一度黙ったのかも知れない。
 そうしてゆっくりと口を開いた。
「父さんもお前くらいの時には外の世界を見たいと強く思ったからな」
「お父さんもですか?」
「ああ、この農場があるから、世界中を飛び回るなんてことは出来なかったが……それでも、お前くらいの頃はいろんなところに思いを馳せたものだ」
 父も同じだったのだと知って、ロザリンドはうれしくなった。
 しかし、同時に、先祖代々続く農場のために、父はここから離れられないのではないかと心配になった。
 ロザリンドがそれを口にすると、父は小さく首を振った。
「大人になって、おじいさんが生きてた頃には、旅行に行かせてもらったりもしたから、そんな心配しなくても大丈夫だよ」
 父はそう言って、自分が見て来た外国の話をした。
 本当に数日の旅行であるから、観光名所を回ったり、決められた食事をしただけの話であるのだが、父の話は新鮮で、ロザリンドは目をキラキラさせてその話を聞いた。
「それではそんな辛い物を、その国の人たちは食べるのですか?」
「ああ、色はクリーミーな感じなのだが、実際に食べてみると辛くて……」
 食べ物の話一つでも、ロザリンドは食い入るように聞いた。
 その様子を見て、父はロザリンドに謝った。
「すまないな、不便な場所にいるから、ロザリンドはつまらないだろうが……」
「ううん、そんなことよりもっと聞かせてください」
 外国の話をせがむ娘を見て、父は珍しく色々と話した。
 ロザリンドは心に刻むように熱心に聞き、その様子を見て、父は娘に言った。
「次に休みが取れるときに、車で少し遠くまで行ってみるか。南の方でも」
「本当ですか」
 ぱあっと花が咲くような笑顔をロザリンドは浮かべた。
「ああ、その時に何か好きな物を買ってやろう。時間が出来たらになるが」
「はい、楽しみにしてます!」
 ロザリンドは本当にうれしそうに父に言った。
 これがロザリンドの初めての旅行のキッカケとなり、数年後、ロザリンドは本当に異世界に行くことになる。