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リアクション
振り返る過去もなく〜マクスウェル・ウォーバーグ〜
天御柱学院食堂。
昼ともなると、ここにたくさんの学生が集まる。
マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)はここにはほとんど来ない学生だった。
「……レーションで足りるだろう」
料理が趣味のパートナーに、マクスウェルは少し呆れ気味に言ったことがある。
食の楽しみとか、そんなことを言うパートナーの言葉の意味がマクスウェルには分からない。
「マクスウェルって何か好きな食べ物とかないのか?」
蒼空学園にいた頃、そんな質問をされたこともあったが、好きな食べ物というのがどこから出てくるのか分からない。
天御柱学院にも小さい頃から戦場にいたという人や、特殊部隊にいたという人間もいたが、それでもその前の記憶がある。
親と暮らしていた記憶や幸せだった頃の記憶。
あるいは、戦場にいても、楽しかった記憶を持つ場合もある。
部隊に優しい人がいたとか、部隊長が親代わりだったとか。
「……何も、ないな」
あらゆる意味を含めて、マクスウェルはそう答えた。
そう、ない。
何も……ない。
マクスウェルの過去には、何の色も存在しない……。
マクスウェルの名字を聞いて「Warburgってことはドイツ系かい?」と聞かれたことがあるが、そんなことを聞かれてもマクスウェル自身、全然分からなかった。
多分、自分の黄色の髪と青い瞳を見るに、アジア系とかではないだろうが、その名前も名字も誰によって付けられたのか、まったく分からない。
ただ、大人になって考えてみると、『自分に何らかの力が働いていたのでは』と、思う時がある。
マクスウェルの最初の記憶は幼児期まで遡る。
東欧。
多民族の暮らすこの地は、ある意味、パラミタに通じるほどの多様性を内包した場所だった。
それぞれの民族が認め合い、仲良く暮らしている時期もあった。
その時は一種の理想郷的なものと讃えられもした。
しかし……崩壊が始まると、それは凄まじい流れとなった。
マクスウェルの最初の記憶はその地に始まる。
マクスウェルが生まれた頃、歴史的には大規模な紛争が終わり、民族問題も終結し始めていた……と思われていた。
しかし、実際には紛争時に使用された武器が多く出回っており、それを使った事件や、くすぶり続ける民族間紛争が続いていた。
それらに駆り出されたのが傭兵たちだった。
マクスウェルはその傭兵の中で育った。
しかし、傭兵といっても、マクスウェルは教育をきちんと受けた。
ただ爆弾を持って自爆しに行くだけの使い捨てとして使われるのではなく、幼い頃から、一般的知識や言語、生きる術や戦いに必要な技術や知恵を学ばされた。
不思議なことに、マクスウェルにはバイオメトリック・パスポートといったものもあった。
生まれさえ不詳な自分になぜこんなものがあるのか。
そのおかしさに気付いたとき、マクスウェルは年上の傭兵たちに聞いてみたことがあった。
「僕の小さい頃のこと知らない?」
しかし、みんな「知るか」と冷たく答えたり、「さあ」と首を傾げるだけだった。
傭兵たちも常に同じ所にいるのではなく、様々な場所に移動するため、マクスウェルの過去を知るものはほとんどいなかったのだ。
ただ、1人だけ古参の傭兵が、こんなことを言いだした。
「お前、軍関係の病院にいたぜ」
「病院?」
「小さいお前が、みいみい泣いてるのを看護師が抱いてるのを見たんだよ。そうそう、それがくっついてたぜ、それ」
それと言って古参傭兵が指さしたのは、マクスウェルのロケットだった。
珍しい黒い鎖のロケットなので見覚えがあると笑った傭兵だったが、酔っていたのか、そのまま寝てしまった。
酔っぱらいの与太話なのか、どうなのか。
その後、その傭兵は違う戦線に行ってしまったので、聞けずじまいだった。
ロケットの話を聞いたマクスウェルは、ロケットの中身に興味を持ち、開けようとしたが、力が足りないらしく、開かなかった。
そのままマクスウェルはずっと中身を見たことがない。
少年傭兵の中でも少し扱いが違うと思う事件が他にもあった。
十代になったマクスウェルは、美しくなった。
流れるように長い髪、細い体、少しつり目がちの美貌は逆にマクスウェルの容姿を引き立て、戦場の中でも、その容姿は際だった。
「……おい、ちょっと付き合えよ」
女日照りの兵士に絡まれたこともある。
まだ体が小さいマクスウェルには逃げられない状況だったが。
「そいつはやめておいたほうがいいぜ」
他の傭兵が兵士を止めた。
それは、マクスウェルを助けるためではなく、他の理由だった。
「そいつ、あれ、だぜ」
「え、あれかよ」
あれ、という言葉の意味がマクスウェルにはさっぱり分からない。
しかし、絡んできた兵士は腫れ物でも触るように、マクスウェルから距離を取った。
「やめたやめた、そんな怖いものに手を出して、戦いでもないところで首が飛ぶのはパスだぜ」
「そうそう、他にしろよ」
笑いながら去る兵士たちだったが、マクスウェルは密かに傷ついていた。
(怖いものってなんだよ)
何か自分は怖いのか。
そう言われてみると、どつかれたり、パシリに使われる他の少年兵ほどひどい目に遭わない代わりに、自分のそばには人がいないことにマクスウェルは気がついた。
傭兵は寄せ集めではあるが、生死を共にするからこそ、関係が近くなることもある。
でも、自分には近くにいる者がいない。
マクスウェル自身も、時には人に近づこうとしたことがある。
自分と年齢が近い少年が傭兵として来た時、マクスウェルは彼と話してみた。
その少年も出生が分からず、気付いたら戦場にいたとのことで、マクスウェルに親近感を感じてくれた。
しかし、ある時、マクスウェルが声をかけると、彼の様子が前と違っていた。
今回の戦場の状況や昨日の食事などを話していると、少年兵はボソッとマクスウェルに言った。
「……小さい頃から戦場にいるからって……親がないわけじゃないんだな」
「え?」
彼が何を言ってるのか、マクスウェルには分からなかった。
ただ、分かったのはなぜか彼と距離が出来たこと。
そして、彼がマクスウェルとは食事をしなくなったことだ。
自分は腫れ物のように遠巻きに見られている。
大きくなるにつれ、マクスウェルはそれを理解し始めた。
能力は日増しに高くなり、戦場でも重宝されたが、それは物としてのようであった。
子供の頃は大人に混じって食事を取っていたし、少年兵の頃は同じくらいの年の人間を見つけたり、設けられた食事の場所に出て行って何か食べた。
しかし、気付くと、マクスウェルはスープやパンといった食事を取らないようになり、配られるレーションや栄養補助食品だけを口にするようになっていた。
「…………なんだよ」
マクスウェルの口からそんな言葉があるとき漏れた。
自分が何者か分からなくて、家族もいないのに、そう言った身の上の者からも避けられて、時々、誰かが自分の何かを知っている風に言う。
でも、自分には直接何も言わない。
腫れ物に触るように遠巻きに避けていく。
なんだかとても嫌だった。
でも、嫌だという感情を出せば、それもそれで周りに何か言われそうで、マクスウェルは表情を隠すようになった。
連絡事項だけを話すようになり、人と出来るだけ接しないようになった。
そんなある時。
マクスウェルが所属した部隊の部隊長が、マクスウェルにパラミタという場所にある学校に行かないかと突然持ちかける。
その時、マクスウェルは(どうやら地球にすらいる権利を無くしたらしい)と自虐的な思いになった。
地球にいても生きていても死んでいても変わらないなら、パラミタに行こう。
そう思って、マクスウェルは空京行きの新幹線に乗った……。