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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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 第21章

 ――怨嗟の声が聞こえてくる。
 それは、今まで自分の都合で殺してきた命達の声だ。
 彼等に対して謝ることはない。そうすると決めて、剣を振るっているのだから。
 でも。
 ……剣を振るっても、護れなかった人がいるじゃないか……
 ……自己満足で殺されて、何も成せなかった……
 責める声が聞こえてくる。誰の声でもない。これは、きっと自分の声だ。
 ――俺が、俺を赦していない、証。

(夢見が悪いのか……)
 うなされている刀真を見て、玉藻は彼の頭を優しく撫でる。何にうなされているのかは解らなかったが、両隣で眠っている月夜白花の存在を感じながら包み込むような笑みを浮かべる。
「……お前はこれだけ上等な花に囲まれているんだ。大抵の事はどうにでもなるよ」

 ――刀真が目が覚めた時、祭客の姿はどこにもなかった。花火の音もせず、周囲は静まり返っている。随分と長い間、眠っていたらしい。
 玉藻と月夜、白花の3人だけが変わらずに彼に寄りかかっている。
 3人は、俺の為に傍に居てくれる……。今までずっと傍に居てくれて、これからも、きっとそれは変わらない。
 彼女達が居なかったら、俺はとっくに潰れていた。
 ――こいつらがいてくれるから、俺の魂は迷わずに救われているんだな……

              ◇◇◇◇◇◇

「…………何と言いましょうか。夏ともなれば、やはり死霊で溢れ返りますね」
 華やかな時間は終わりを告げ、花火も太鼓も山車も、その灯りを音を、動きを消す。
 残ったのは、わらわらわらと集まったゴースト達の群れ。帰る家に足を向ける人々とは違い、ゴースト達は未だに公園の中を彷徨っていた。
 あてどもなく、うろうろと、ふらふらと。どこを歩いても、半透明の者達は目に入って来る。遺した者達が、まるで遺された側のように。
「ああ、もう。本当に」
 その様子を見兼ねたのか、雨宮 七日(あめみや・なのか)は行動を起こした。ゴースト達に対して、“魂の逸脱者”として声を上げる。
「とりあえず交通整理するので、指示に従って慌てず走らずナラカまで行って下さい」
 ぞろぞろと、徐々に統制の取れてくるゴースト達。その中で、とあるゴーストが“はい先生”というように手を上げた。何か異論があるらしい。
「はいそこのゴースト。……“未練がある”? 知った事ではありません。こき使われたくなければさっさと現世から去るのが賢明です」
 一蹴されて、とあるゴーストは引き下がっていった。諦めの良いゴーストだ。
「こっそり帰ってきて道に迷ったモノまで居るとか、笑えませんよ」
 手際よく彼等を誘導しながら、七日は厭きれたように息を吐いた。
「……全く、こういう日くらいはゆっくりさせて欲しいものですね」

                  ⇔

 ――七日がゴースト達の相手をしている間。
 マルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)日比谷 皐月(ひびや・さつき)と共に、川を往く灯篭を見詰めていた。

““――流れ行く命の灯を眺めて、浮かぶのは後悔ばかりだ””

「なあ、皐月」
 マルクスは――主に、皐月に対して。
「……お前に今、後悔は有るか?」
 パラミタに行くことを彼に示して魔道書の元となるMOを与え、その脳を本体とさせた。
 悪魔に魂を抜き取らせ魔鎧へと変えさせ、人間として有るべき形から逸脱させた。
 皐月から真っ当な人生を奪ったのと同じ様なもので。
 ――だからこそ、悔いている。
 皐月には、もっと普通の人生が有って然るべきだったのだ。
「後悔は有るか、だって?」
 お互いに前を向いたまま、皐月はマルクスに静かに応える。自らの行動に対する清々しさと嘲りと、否定と肯定が入り混じった口調で。
「有るさ。……有るに決まってる」
 彼には、確かな後悔が有る。
 流れていく。流れていく。時と共に、川を流れる灯の数は増えていく。
 あの中に、オレの救えた命は無かっただろうか。
 ――もっと早く力を手に入れていれば。
 ――もっと早く手を伸ばしていれば。
 ――もっとオレが強ければ。
 ――救えた命は、有ったんじゃねーのか。
「救えた命は、有ったんじゃねーのかって。そんなことはねーってのは、分かってんだけどな」
 オレの力じゃ救えるモノはねー事も――
 伸ばした手は届かねー事も――
 オレがこれ以上強くなんてなれねー事も――
「全部、分かってんだよ」
 でも、それでも。それがこの手を伸ばす事を止める理由にはならない。
 それが、歩みを止める理由には、ならない。
「……後悔を積み上げるだけになろうとも、絶望を重ねるだけになろうとも、この道を往くって決めたから、さ」
 死を忘れずにいる為に此処へ来た。喪われた命を想い、喪われた命に想われる。命の有り様と、今までとこれからを考える。
「……そうか」
「……皐月」
 遠くから、七日が声を掛けてくる。いつの間にか周囲は静かになっていて、あれ程に大量にいたゴースト達の姿は何処にも無く、帰る場所へと還っていったのだということが察せられた。皐月は川沿いを離れ、七日のもとへと歩いていく。
「終わったのか」
「……ええ、終わりました」
 ゴースト達を見送るように、七日はある一点を見ていた。彼女の視線の先に在るのは、きっとナラカへの道なのだろう。それから、彼女は改めて皐月に向き直る。
「……最早、魂の道往きから逸脱した私たちが、どのようにいのちを終えるのかは分かりません。ですが……。
 互いに互いを道連れに、呪いのように涯てまで生きて」
 いつもの通りに、何も変わらず、ただ。
「祝いのように死にましょう」
 七日は微笑う。珍しく、そしてどこまでも毒を持って。
 甘さなど一欠も無い、朽ちるまで共に生きようという誘いの言葉。
「…………」
 それに対して皐月は今更、反駁する言葉を持たない。そう、全て今更だ。
 契約が途切れる事が無いのなら、離れるなんて事は起こり得ない。
「――ああ、共に、いのちの涯てまで道連れだ。呪わしいよな、全く」

 川沿いで、後悔を胸に抱きながら。
 マルクスは彼の背と、彼女の微笑を眺め遣る。全ては過去で、取り返しがつかないからこその後悔で。
 だが、しかし。
 現状を認めるのも否定するのも、皐月の役目で俺の役目ではない。
 俺の後悔は――死ぬまで抱えていこう。
 ……真っ当に死ねない2人の代わり、とは到底言えはしないが、な。