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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

 アレナはレン達の部屋を出て、お手洗いへと向かった。
 お手洗いで着替えてから、ゼスタが待つ部屋へと歩いていく。
 部屋の前に立ち止まって、迷っていると。
「どうぞ」
 と、声が響いてきた。
「は、はいっ」
 思わず大きな声を上げてしまい、緊張しながらアレナはドアを開けた。
「し、失礼します……」
 そう言って中に入ったアレナに、ベッドに座っていたゼスタが目を向ける。
 途端、彼は目を丸くしたかと思うと、大爆笑。
「な、なんだその格好。誰だよ」
「あ、アレナです。アレナ・ミセファヌスですっ」
 アレナはキャンディスに貸してもらった『空京たいむちゃんの着ぐるみ』を着て、訪れたのだ。
「あははははっ、うける。サイコー」
 ゼスタは腹を抱えて大笑い。
 アレナはどうしたらいいのか分からなくて着ぐるみの中で真っ赤になっていた。
「ふふ、おいでアレナちゃん」
「は、はい……。でも、私、優子さんに特別な人以外の、男の人と2人で出かけたりしたらいけないって言われてるんです。ゼスタさん、とはあまりまだお話ししたことないですし、ホントはダメなんだと思うんです」
「それなら、今を境に特別になるから、帰るときには問題ないだろ。とゆーか、なんでそんなに警戒してんだ? 俺達、同じパートナーを持つ者同士だろ」
 ゼスタはそう言うと、立ち上がってアレナの腕を引っ張ると、ベッドに座らせた。
「ごめん、なさい。わからないだけなんです、ゼスタさん、という人が……」
 アレナは俯いて、ぽつぽつと話した。
「そうか、なら、今晩は本当にいい機会になるはずだ」
 ゼスタはそう言って、優しい声。
 優しい瞳、優しい仕草で、ゆっくりと、雑談を交えながら、語りかけていく。

 神楽崎には伝わってないみたいだが、俺は神楽崎が好きだ。
 恋愛的な意味じゃ、ないけどな。
 場合によっては、神楽崎と結婚するのもありだと考えている。

 けど、彼女と一緒にいられる時間って、定められた寿命のない俺達からすると、とても短いだろ?
 彼女が生きている今だって、忙しなく走り回っていて、一緒に過ごす時間なんてないようなものだ。

 だけどさ、俺達は今、神楽崎と繋がっている。
 俺と君も神楽崎を通して、繋がっている。

 神楽崎にもしものことがあったとしても、俺はこの繋がりを消さずにいたいんだ。

 アレナは神楽崎がナラカに行ったら、一緒に行くつもりなのかもしれないが、ナラカで会えるとも、同じ時代に、地上に戻って来れるとも限らない。

 だったら――永久に俺とここで待たないか?

 アレナは神楽崎と、過去や今、大切に思う人を忘れずに。俺も、神楽崎や、自分のダチ達を忘れずに、この地で生き続けて再会を待つんだ。
 皆が帰って来た時、再び笑い合えるように。迎えてやれるように。

 だからアレナ、いつか。
 俺と暮らそう。
 そして、一緒に生きよう。
 大好きな神楽崎優子のことを、語り合いながら。


 ゼスタの言葉は、呪文のようだった。
 魅了の呪文のようだった。
 それが、彼の技能による淡く甘い魅惑なのだと、気づかずに。
 アレナは切ない想いを抱き、胸を詰まらせながら無言で聞いていた……。

 ――数分後。
「ゼスタ、今度はアレナになにする気だ!?」
 バンとドアが開き、突然何者かが部屋に飛び込んできた。
「優子がいねえからって、俺の目に光があるうちは好きにはさせねぇぞ!」
 ゼスタを尾けていた、シリウスだった。
「……?」
 シリウスは部屋の中を見て、目を瞬かせる。
 ゼスタがアレナの服を脱がせているところだったから。
「お、おおおおおまえ、一体何を!?」
「何って……これから、いいことすんだよ」
 笑顔で、ゼスタはアレナを少し引き寄せた。
「あ、あの……えっと、皆には言わないでください」
 アレナは顔を赤らめている。
「え、えーと。あー、それは……失礼しました」
「はい、しゅーりょー。後は若い2人に任せて、撤収、撤収!」
 サビクは固まってるシリウスの腕を引いて、外に出す。
「……ち、畜生、リア充のバカヤロー!」
 突如大声を上げて、シリウスは駆けて行った。
「……大切な人には、ちゃんと話した方がいいかもね」
 アレナはゼスタに服……というか着ぐるみを脱がせてもらっていた。
 シリウスには服に見えただろうけれど。
「それじゃ、良い夜を」
 行って、サビクはドアを閉めてシリウスを追って行った。

「1人で寝るのは好きじゃないんだろ? 神楽崎の代わりに、朝まで傍にいるから。安心してお休み、アレナ」
 ゼスタは優しい声で、アレナに眠るように言う。
 彼は必要以上、アレナに近づきはしなかった。
「あの……まだ眠くないです。それに、ゼスタさんといると、緊張してしまって眠りにくい、です。あっ、慣れてないからってだけなので、やっぱり優子さんと一緒に仲良くしていくべきだと……!」
 赤くなりながらアレナはゼスタにそう話す。
「ん、わかった。じゃ、俺もう一度、温泉行ってくる。その後は、パラ実の奴らと朝まで騒ぐことにするぜ。……おやすみ、アレナ」
 ゼスタはアレナに微笑みかけて、部屋から去っていった。

○     ○     ○


(優子さん、こっちこっち)
 壁に耳をそばだてた状態で、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)を手招きする。
 そう、優子も亜璃珠に誘われて温泉宿に訪れていた。
 偽名をつかい、変装をした姿で。
 亜璃珠と優子がとった部屋は、ゼスタがとった部屋の隣。
 壁にぴったり耳をつけていれば、多少会話は聞き取れる。
(優子さん、早く)
 亜璃珠の手招きに、優子は首を左右に振った。
「盗み聞きするつもりはない」
 小声で優子はそう言うが、やはり気になっているようで、先ほどから部屋の中をうろうろしていた。
「……ゼスタ、アレナに告白してたわよ」
「!?」
 そんな言葉で動揺させると、亜璃珠は優子を力いっぱい壁際に引っ張った。
 そして壁に手をついて、戸惑いの表情を浮かべている優子に――亜璃珠は手を回した。
「この状態で下手に動くと隣に聞こえるかもしれないわね?」
「……?」
 亜璃珠は、怪訝そうな優子との距離を縮めていく。
「知られたい事ではないでしょう? わざわざ偽名で部屋までとって、こんな事」
 肩に手を伸ばし、壁に押し付けて。
 亜璃珠は優子の伸びてきた髪に、触れて、撫でた。
「亜璃珠……」
 優子の小さな声が聞こえたが、もう表情は見えない。
 亜璃珠の顔は、優子の首に近づいており、首と耳が視界に入っていた。
 肩を押さえていた手を、首に近づけて、少し下ろして。
 浴衣の襟に触れた。
 優子の体が軽く反応を示した。
 亜璃珠は彼女の耳元に息を吹きかけながら、話す。
「大丈夫、騒がせようとは思わないわ……ただYESかNOかで答えてくれればいいの」
「NO」
「!?」
 返事と共に、優子は亜璃珠を抱き上げてベッドの上に落とした。
「……まあ、そうでしょうね。わかってはいたし、最初からそのつもりもなかったけど」
 倒されたまま、軽く膨れながら亜璃珠は優子を睨む。
「いいのよ別に、ご飯食べてお風呂入って……あとは、アレナや同僚にできないようながーるずとーくでもしながら、寝られれば」
「うん、そんな夜なら大歓迎だ」
 優子は横になったままの亜璃珠に微笑んだ。
 いいのよと言いながらもやっぱり亜璃珠には物足りなくて。
「だってね、夫がNOと言えばNOなのが妻の悲しいところだもの、ここは耐えるしか」
 掛布団を抱き寄せてよよよよと泣きまねをする。
「はははは……っ。亜璃珠、キミは性に奔放のようで、いろいろな噂を聞くけれど。私は、婚前交渉はしない主義だ」
 だから。
 なんだが、我慢させてるみたいで、ゴメン。
 と、優子は少し恥ずかしげに微笑んだ。
 それから、灯を落として、亜璃珠の隣のベッドに入って。
 隣室に聞こえないよう、小さな声で他愛無い話を楽しんだ。
「……そういえば、さっきの話は本当か? ゼスタが、アレナに……」
「ああ、うん。全部聞き取れたわけじゃないんだけど、そのようなことを言ってたわ。気持ち悪い程優しい声で」
「そうか」
「気になる?」
「少し……いや、かなり」
 表情はよく見えないが、優子は苦笑しているようだった。
(神楽崎と結婚するのもあり、とかも言ってたのよね……話すべきか、話さないで放っておくべきか……)
 考えているうちに、眠気が襲ってきた。
 優子も、もう何も聞いてはこない――。
 2人は互いの方に体を向けたまま、ほぼ同時に、眠りに落ちていった。