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リアクション
音楽祭も終わりが近づいてきた。
陽は沈み、ステージには照明が当てられている。
そして、最後の演奏者としてステージに立ったのは東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)と遊馬 シズ(あすま・しず)。
秋日子は聴く側で充分だったのだが、笛くらい吹けんだろとシズに悪魔の調べ・風の音を渡された。
「うん、できるけど……ま、いいか。でも遊馬くん、おとなしくしてたんだね」
「いくら俺が(自称)音楽を司る悪魔でも、いや、そういう俺が音楽を楽しんでるヤツらの邪魔はしねーっての。少なくとも演奏中は」
「そんなこと言って、演奏後も黙ってたの知ってるよ」
「……ゴホンッ。さ、やるぞ! ラスト、盛り上げよう」
わざとらしい咳払いに、秋日子はクスッと笑った。
ステージに立ったシズは、客席に向かって言った。
「音楽を楽しみたいヤツがこんなに集まったんだから、最後はみんなで演奏しよう。曲はパラミタでも有名な曲だ。手元の楽器で、楽器のないのは歌で手拍子で、この音楽祭を締めくくろう!」
そして、シズがギターを弾くと、秋日子のフルートがメロディーを奏でる。
シズの突然の提案に始めは戸惑っていた観客も、しだいに一人二人と歌い、あるいは手拍子が加わる。
と、そこに瑛菜とアテナがギターとサックスで積極的に参加してきた。
瑛菜がステージの下からシズに言った。
「パラ実軽音部も加わるよ!」
「ありがとう、瑛菜サン。露天風呂のヤツらも盛り上げてやろう」
「あははっ。そりゃいいや」
その頃には、他の演奏参加者達も再び手に楽器を持ち、音を合わせていっていた。
歌声もふくらんでいく。
踊りだす人もいた。
シズは露天風呂のある高台を見上げた。
と、その時。
この大騒ぎの音楽祭の音にも負けないくらいの音と共に、夜空に花火が上がった。
それに気づいた客席から、歓声があがる。
「粋なことしてくれるじゃねぇか」
笑みを浮かべたシズのギターが、ますます熱く弾かれた。
温泉宿から打ち上げ花火が一番良く見える場所で、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は一心に夜空に咲く大輪の花を見上げていた。
今日の分の仕事はすべて終えた。
ノエルが得意という理由から、彼女と風馬 弾(ふうま・だん)は掃除を主な仕事として、少し前からここでバイトをしていた。
「何かしているなとは思っていましたが、まさか花火をつくっていたなんて」
「あははっ。いくら何でも花火は作れないよ」
隣に立つ弾の返答に、ノエルはきょとんと首を傾げる。
「でも、この花火が今日打ち上げられることを知っていたんでしょう?」
「うん、知ってた」
弾は少し考えた後、もう話してもいいかなと思った。
「実はさ、ここでバイトを始めたのも、音楽祭に合わせて打ち上げ花火をやりたいってのがあったからなんだ。でも、見ての通り、この宿は田舎ののんびりした宿だ」
ノエルもこれには頷いた。
「それでも女将さんに打ち上げ花火の話をしたけど、やっぱりお金を出すのは難しかったんだ」
けれど諦めきれず、何か方法はないかと考えていたある日、花火師が泊まりに来ていると女将が弾に教えた。
弾はダメ元で初老の花火師に話をしたら、何と引き受けてくれたのだ。
「そうだったんですか。弾さんの純粋な願いが、花火師さんを呼んだんですね」
ノエルの無邪気に微笑む。
本当は、音楽祭を盛り上げるためだけに打ち上げ花火を考えたわけではないが、それを口にするのは何となく照れくさい。
(長いこと眠りについていたノエルに、プレゼントしたかったんだ)
どちらかと言えば、花火師がこの依頼を受けてくれたのも、ノエルのことを話したからとも言える。
花火は一尺玉一つで日本円でだいたい六万円前後だ。
もっと小さい花火だとしても、少しアルバイトをしたくらいで何発分も買えるものではない。
けれど、花火師は弾が支払えるギリギリの値段の一発分だけで、彼が望むだけの花火を作ると言った。
「その子を大切にしろよ」
と、言った花火師のしわくちゃな笑顔は、きっと忘れられないだろう。
(ノエルには言わないけどな)
「一生懸命働いたことへの素敵なご褒美ですね。ありがとうございます」
「喜んでくれてよかった」
色とりどりの花火に照らされるノエルの微笑みは、弾の目にとても綺麗で幻想的に映った。
下のほうの音楽祭の会場から聞こえてくる歓声も、嬉しかった。
今日が、みんなにとって素敵な『仲秋の一日』になったら良い、と弾は心から思った。