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よみがえっちゃった!

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よみがえっちゃった!

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「まったく、ここまで厄介なことになるなんてね」
 襲いかかってくる者たちを盾で防ぎながら、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はぼやく。
「こんなことになるんだったらマグも連れてくるんだったわ」

 彼女の言う「マグ」とは、パートナーのマグ・比良坂(まぐ・ひらさか)のことである。彼は天御柱学院校長コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)と強化人間の存在を否定し、その全てを滅することを目的に行動する男だが、ゆえあってリカインとパートナー契約をしていた。
 そういう目的の持ち主なので、よほど特別な場合でないと海京からは出てこない。当然その「よほど特別の場合」というのにリカインたちとのショッピングなどは含まれたりしないので、彼は現在海京でお留守番中だ。

「あんなでも、いれば少しは役に立ったと――」
 ふと、リカインの目にとある女性の姿が入った。

 廃自動車を引きずりながらドアへ向かっている。
「ここにもやはりロミオさまはいない……ああ、私のロミオさま。あなたはいずこにいらっしゃるの? もしや、また私を置いて…。
 いいえ。あきらめたりしないわ。きっとあなたを見つけてみせます。
 ――だれが邪魔をしようともねっ!」
 突然がしっと廃自動車を掴んだエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は、ぶんと勢いよく振り回し、遠心力とともに近付いてきていたリカインにたたきつけた。

「――はっ!」
 そうくるだろうと予測していたリカインは、飛び退いて避ける。

「あなた…? そう、あなたも私の邪魔をしようというのね…」
「いいから少し落ち着きなさい、と言っても無理そうね」
 焦点の定まっていない、どこかぼんやりとした様子のエシクに、リカインは鋭く狂気をかぎ取った。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!! 私とロミオさまの間に立ちふさがろうとするやつは、どいつもこいつもみんな死ねばいいんだーーーッ!!!」


 エシクが再び廃自動車をぶんぶん振り回し始める。
 自動車殴りだ!

 さあリカイン、どうする!?


「盾で受けるッ!!」


 かわせば周囲に被害が及ぶと判断し、盾を前面に出した。直後、彼女の発した咆哮に反応して、レゾナント・アームズが光を発する。
 それはイコンとも戦う力を秘めた鎧。
 怪力の籠手もあり、リカインはエシクの廃自動車による連続攻撃を受け止め続ける。

「リカ、それでは盾がもたないわ」
 
「大丈夫! こいつの使い道はまだあるから!」
 言うなりリカインはベコベコになった盾で今度はエシクに殴りかかった。

 廃自動車対スクラップ盾+レゾナント・アームズで、2人は互いに互いを殴り合う。
 やがて、エシクが足元をふらつかせつつ後退した。リカインはその場でひざに手をついて荒い息を吐き出しており、双方ダメージはほぼ同じだけ受けているようだ。

「私はあきらめないッ! ロミオさまと追手のいない新世界で生きるのよ…!」

「……これでもまだ正気に返らないの…?」
 見つめるリカインの前、エシクはよろめきながらももはや廃自動車というより鉄屑、鉄塊と化した物を拾い上げようとする。


 そこに聞こえる1つの声。
 1つのセリフ。


「OK。そんなに会いたいなら愛しのロミオさまに会わせてあげる……Rest in peace」


 エシクの両腕が背面でくの字型にとられた。両足が浮いてさかさまに持ち上げられ、うなじに何か人の手による圧迫を感じた瞬間、後頭部から床に激突する。
 何か光ったと思った瞬間、激しい痛みが身を裂き走る稲妻のごとき一撃。
 エシクは防御する暇どころか、自分にそれをかけた相手がだれかすらも分からなかっただろう。

 タイガーフロージョンがきれいに決まった。

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は絶句しているリカインたちに軽く頭を下げると、気絶したエシクの襟首を引っ掴み、ずるずる引っ張りながら倉庫をあとにしたのだった。




「……は。あまりのインパクトに、思わずぼーっとしてしまった」
 ローザマリアたちが消えて少しして、リカインは現実に立ち返った。
 かなり減ったが、まだまだ暴れている者たちはいる。
「フィス姉さん、行きましょう?」
 再び鎮静に戻ろうとしたリカインは、シルフィスティがついてこないことに気付いた。
 シルフィスティは一点を見つめて棒立ちしている。意識がそちらへ集中しているようだ。

「フィス姉さん?」
 その視線をたどってみる。そこではミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)が男の服のなかにトカゲを放り込んでいた。

 通常、暴れている人間には近付くだけで大変なのだが、ミスノは何でもないことのように楽々と背後を取り、すばやく襟首を引っ張ってはトカゲをポイしている。
「うひゃひゃひゃおっ!?」
 驚き、不思議な踊りを始める男たちの姿にぷくくと笑ってその場を離れて次の獲物へ。
 どう見ても子どものイタズラにしか見えないが、相手の戦意を削ぐという、それなりに効果は上げているようである。

「あの子ったら。いまいち真剣味が足りないんだから。
 でも、どうかした? フィス姉さん」
「……何か、見覚えがある気がして…」
 口にした瞬間、それが本当にあったことだと確信した。ミスノと同じ、ピンクの髪をした少年がシルフィスティの服と背中の間にトカゲを放り込む――。

「あっ、リカ、先生!」
 自分を見つめている2人に気付いて、ミスノが駆け寄ってきた。
「ねえねえ2人とも、トカゲ持ってない? 用意してたの切れちゃった」
 ぱっと両手を広げて見せる。
「そんなの持ってないに決まってる」
「ちぇーっ。じゃあこいつにするか」
 つまらなさそうに口先をとがらせて持ち上げたのは、ペットのサラマンダーだった。サラマンダーはシッポを掴んで吊り下げられて、もうすでに半分怒っているようだ。こんな物を背中に放り込まれたらどうなることか…。
「これは禁止」
 リカインがさっと奪い取った。

「えー? つまんないの。――んっ? 先生、どうしたの? 黙り込んでるけど」
 様子がおかしいことに気付いたミスノがシルフィスティを見上げる。
 子どもらしい、まっすぐな視線で相手の目を見つめる金の瞳。イタズラ=悪いこと、という自覚のない、無邪気な表情までもがシルフィスティの記憶のなかの少年とそっくりだ。顔の縁ではツインテールにしたピンクの髪が揺れていて……。

 そう。ミスノは「少女」だ。少年ではない。

(……あ、あれ?)
 こんなにそっくりなのに、そんなことってある?
 シルフィスティは混乱した。
 それとも占い師の術が今ごろ効いてきて、思い出したと思ってるだけで実は思い出したわけじゃないとか?


「さあ行くわよ、2人とも」
「はーい」
 暴れている者たちの方へ走って行く2人に従いつつも、シルフィスティの面にはどこか釈然としない表情が浮かんでいた。




「……一番厄介なのはどいつだ…」
 混戦のなか、レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)はぐるりと倉庫内を見渡した。

 数的には圧倒的に一般人が多く、それらを1人も外に出さないようにするのはたしかに大変だが、ドア口付近はアルツールやリカインたちが一歩も退かない意気で固めている。

「やっぱりコントラクターじゃない?」
 どこから不意打ちがきても対処できるよう、鬼払いの弓を手に油断なく周囲へ目を配しながらカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)が答える。
 その言葉でレギオンが注視したのは椎名 真(しいな・まこと)だった。
 執事道を究める真でなく、ケンカ屋ステゴロの真と化した彼は今、チェーンを巻いたこぶしで手当り次第に殴りつけている。


「ここで一番強いやつぁどこだぁー!! 出てきて勝負しやがれッッ!!」


「……あれかな」
 レギオンはそちらへ向かった。


「むっ?」
 近付くレギオンとカノンに真も気付いてそちらを向く。
「おまえが最強か!?」

「……さあな。だがおまえが今胸倉を掴んでいるそいつよりは相手になるだろう…」
 感情が消失しきった声で淡々とレギオンが応じる。

 この、だれも彼もが興奮し、喧騒に満ちたなかで白狗の刀をかまえた彼がとても静かで、落ち着いているのを見て、真はフンと鼻を鳴らした。
 戦意を失い、だらりと垂れた体を放り捨てると走り出す。

「うおらあっ!!」
 殴りつけようとこぶしを引く真。しかしレギオンは彼が自分に気付くより早くすでに仕掛けていた。
 インビジブルトラップが発動する。
「ぐわあっ…!」
 真は激しい爆発と爆風に翻弄され、黒煙のなかよろめいた。

「……ケッ。上等だ。戦いに汚いもクソもねえ…。
 だがな」
 と、真はこめかみから垂れてきた血を乱暴にぬぐう。

「男ならこぶしひとつ、己の肉体で勝負しろやあ!!」

 ――ここで、じゃあ手に巻いてるチェーンは何なの? とツッコんではいけないんでしょうね。多分。



 真の言葉を挑発ととったレギオンは乗らず、あくまで自分のペースで戦いを運ぼうとする。
 まだトラップの余波でふらついている間に距離を詰め、真が刀の方を警戒している隙をつくようにもう片方の手で頭をわし掴みにしようとした。
 その身を蝕む妄執をたたきつけ、精神的ショックで内側から揺さぶりをかける計画だった。
 しかし真はそれを察知。頭を沈み込ませ、紙一重で避ける。そのまま、伸びあがるようにアッパーをかけた。

「レギオン!!」
 カノンが弓矢を放ち、真を下がらせる。
「大丈夫だ。心配ない」
 レギオンはあくまで冷静に、プッと切れた口内の血を吐き出した。

「ぬるいぬるい! そんな子どもだましの手じゃ俺の裏はかけねぇぜ」
 距離を取った先で真は勝ち誇ってせせら笑う。


「いいか? 覚えとけ! 俺ぁ椎名 真! 新世界のアングラワールドでも頂点を取る者だーーーッ!!」


 うおおおおーーーっ! と再び殴りかかる。
 大抵の者であればここで彼の挑発に乗り、こぶしでの殴り合いに突入するだろう。だがレギオンはそうしなかった。
 相手は正気を失った者。あくまで氷の冷静さで対処する。
 空捕えのツタが背後から真の手足を捉え、縛った。

「くそッ! 放しやがれッ!!」
「さて。ではおとなしく悪夢を見てもらうか」
 俺が見てきた、今も頭から離れないでいる現実とこいつが見る悪夢。一体どちらが過酷か――ちらりとそんな考えが脳裏をかすめて消えていった。
 レギオンはあらためてその身を蝕む妄執を真のなかへ送り込もうとする。


 そこに、原田 左之助(はらだ・さのすけ)がようやく到着した。
 彼は街の人々の目撃証言や仲間からの情報を頼りにここまでたどり着いたのだ。

「待ってくれ!」
 レギオンが手を止めて振り返る。
「あんたと何があったかは分かんねぇが、そいつは俺のパートナーだ。始末は俺に任せてくんねぇか」

 レギオンは息せき切って駆けつけたに違いない左之助の姿を見、逡巡するような間を置いて手を下げた。
「レギオン?」
「……結果が同じなら、俺はべつにかまわない」
 欠落した感情と同じで執着心も特にないレギオンは真から離れ、ツタを呼び戻した。


「ち。奇妙なモン使いやがって」
 ぶつぶつこぼしながら捕まれていた手首をこする真の前に、左之助が立つ。
「今度は俺が相手だ。かかってきな」

「……兄、さん…?」
 前世の記憶を思い出したからといって、今生の記憶が完全になくなってしまうわけではない。
「ほら、ハンデに槍は使わねぇでいてやるよ。おまえなんざ、素手で十分だ」
 兄さんとやりあうだって?
 左之助からの挑発に、真は数瞬ためらった。が、そんな思いもすぐに前世の衝動に押し流される。

「喧嘩屋が売られた喧嘩買わねぇでどうすんだ!」
「……う、おおおおっ…!!」

 卑劣な技は一切なし。2人はこぶしを武器に真正面から殴り合った。
 Death or Die。相手の攻撃をブロックはしても避けることなく、一歩も退かずただひたすらに殴り合う。

「……くうっ…!」
 まともに入った左フックに、左之助は脳が揺れるような衝撃を感じた。
(そうじゃないかと思ってはいたが……強くなったんだな、真。初めて会ったときとは段違いだ)
 だがこれは、左之助にとって決して負けるわけにはいかない勝負。

 普段がどうであろうと、どんなことがあっても「兄」が弟に負けてはならないときはあるのだ。
 それが今だ。

「……うらあっ!!」

 ――ゴキッッ!


 左之助の渾身の一撃が入った。
 ブロックもできずまともに受けた真は1回転しながら飛んで、うつ伏せに倒れる。気絶してしまったらしく、そのままぴくりとも動かなかった。
 終わったと思った瞬間痛みだしたあちこちに、左之助もまたひざに両手をついて体を支えながらゼイゼイと呼吸困難のような息をしている。

 ようやく息を整えることができて周囲に意識が向いたころ
「えいっ! えいっ! えいっ!」
 そんな声がしていることに気付いてそちらを向く。


 そこでは、カノンが気絶した真の後頭部をひたすらぶん殴っていた。


「カノン……おまえ…」
「あら? だって目を覚まさせないと、元に戻ってるかどうか分かんないじゃない」

 悪びれた様子もなくカノンは答えたという――。