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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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 ■ 願いは叶ううちに ■



 現在久我内 椋(くがうち・りょう)の活動の拠点はニルヴァーナだ。回廊が出来たとはいえ、パラミタにある久我内屋とニルヴァーナを頻繁に行き来する、という訳にはいかず、店のことは坂東 久万羅(ばんどう・くまら)に任せてあった。
 これまでも久我内屋の貴重な働き手だった久万羅だから、店を預けることに何の不安も無い。定期的に近況を報告してくれるから、それだけを確認し、必要な指示を出すだけで済んでいる。
 だからその日もいつもと同じように、椋は久万羅からの報告を受けていたのだが。
「それで先回の仕入れん時に……」
 久万羅はそこで僅かに口ごもり、それから続ける。
「入荷した白無垢や色打掛で姫さんに似合いそうなものを見付けやしてね」
 久万羅が言う『姫さん』というのは、天 黒龍(てぃえん・へいろん)のパートナーである黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)のことだ。
 大姫が久万羅の意中の人であるのを知っている椋は、そういえば、と月冴祭のことを話してみた。自分はこれからどうなるか分からないから、せめて久万羅だけは幸せな人生を歩んでほしいという願いをこめて。
「久万羅、お前に今までと、これからの対価としてその一式をやってもいい。ちょうどこちらの地域で月冴祭という催しがあってね……」


 そして月冴祭の夜。
 椋がまず久万羅を呼び、黒龍を通して大姫を呼ぶ、という形を取り、4人はニルヴァーナで会した。
「せっかくだから小舟にでも乗りやすかね?」
「池に浮かぶ舟で月見とは風流じゃの」
 久万羅の誘いに大姫は頷いた。それを見て、椋は足を止める。
「俺は東屋で休みたいな。黒龍殿、よければ一緒にどうですか?」
「ああ。茶と月見菓子のふるまいがあると聞いた。それを貰って一服するとしよう」
 黒龍も心得て、椋と共に竹林の小径へと入り、東屋に腰を落ち着けた。
「やはりこういう事か、久我内」
 大姫に似合いの着物が入ったからと、久我内から月冴祭の誘いを受けた時にある程度予測はついた、と言う黒龍の呟きを、椋ははいと素直に認める。
「どうなるかは2人次第ですが」
「そうだな。……叶う願いなら、叶ううちに叶えておかねば……な」
 黒龍は懐に忍ばせている【夢の残り香】を封じた栞を握りしめた。
 そして椋もまた、恋慕する相手を想い月を見上げる。
 竹林の向こう、輝く月は遠く。
 ただせつない光が目に染みた――。


 一方、久万羅は大姫を乗せた小舟を漕いでいた。
「空の月と水面の月……どちらもこの手に届きそうな姿であるのにのう」
 大姫は池の水に手を伸ばし、自嘲するように呟く。
「げに恨めしきはこの身の醜さばかりよ。顔だけでは無い。妾という女子は心の内から只管醜い。現に黒龍もそのような妾の扱いに、未だに手をこまねいておるようじゃ」
「姫さんが醜いだなんてこと、決してありませんぜ」
 久万羅の言葉に、大姫はふと息を漏らし、話題を変えた。
「……せっかくの月がこれでは台無しじゃな、許せ。それよりそなた、妾に似合いの着物を仕入れたとか? 如何様な仕立てであるのか気になるぞ」
「へえ、それは綺麗な……白無垢と色打掛でして」
「結婚衣装……とな?」
 思いの外の衣装を告げられ、大姫は戸惑う。そのようなもの自分と縁があるとも思えない。
 けれど、いつの間にか小舟を漕ぎ止めていた久万羅は、居ずまいを正して大姫と差し向かう。
「姫さん、よろしけりゃあですが、あっしと一緒になっていただけやすかい? 今すぐにとはもちろんいいやせんが」
「……結、婚? そなたと、夫婦じゃと……?」
 耳を疑う言葉に大姫は一瞬絶句し、次いで言い放つ。
「た、戯れを申すでないぞ! 言うておるであろう。妾は顔も心も醜い。夫婦になったところで、この身体はもう子を生せぬ、女子として用を為さぬ! その昔惚れた男にも捨てられたような妾ぞ……そなたに何の得がある」
「あっしは損得で添い遂げる相手を選んだりしやせんぜ」
「それは知っておる、が……諦めよ、それがそなたの為じゃ」
「あっしが相手では、姫さんの心に適いやせんか」
 ふと肩を落とす久万羅に、そうではないと言いかけて、大姫は口元を香扇子で隠す。
「妾は板東を嫌うておるのではない。そなたは律儀で誠実で、共におると気が楽になる。この指輪をもろうた時もそうじゃった。斯様に妾を想うてくれること、妾も好ましく思う。それ故に……不安でならぬ。そなたは家族を失うたと聞いておる。妾と夫婦……家族になれば、いつ何時か、再び失うかも知れぬのじゃぞ。……そなたに辛い想いを二度もさせとうない」
 拒否を口にしながらも、大姫は自分の言葉の語尾が弱くなっているのに気付いていた。恐らく、そう……今口にしている言葉と裏腹に、大姫は心の奥底で望んでしまっている。それでも尚、久万羅に自分を望んで欲しい、と。
 果たして久万羅はきっぱりと答えた。
「姫さんが言ったとおり、あっしは家族をあっしにどうにも出来なかった理由で亡くしやした。いつかは別れが来たとしても、その間に沢山のかけがえのないものを一緒に築くことが出来る、そうは思っていただけやせんか」
 大姫はしばし久万羅の言葉を噛みしめ、そして周りに人目のないことを確認してから龍面を外した。
 久万羅の前で龍面を外すのは、これで3度目だ。
「妾はやはり醜かろう? 白無垢など似合うはずもあるまいに……着物が泣くぞ」
「姫さんはとてもお綺麗ですぜ。白無垢が泣くとすりゃあ、姫さんに着てもらえた感激の所為に違いありやせん」
 大姫の貌から目もそらせずに久万羅は言う。
 その久万羅に大姫は、小舟の揺れにこと寄せて身を預けた。
 無性に人肌が恋しくなるのは、こんな月夜だからか。
 逞しい久万羅の身体は、大姫をしっかりと受け止めてくれた。
「……今宵は月が美しいのう、板東よ。いや……夫婦となるなら、苗字でなく名を聞いておかねばなるまいな……何と呼べば良い?」
 それはいつか、遠くない未来、久万羅と同じ苗字になるやも知れないという、大姫の気持ちの表れ。
 久万羅は大姫の身体を受け止めた腕を引き寄せ、その耳元にそっと答えを記した――。