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リアクション
第1章 囚われた者達 2
黄金都市から一転。気づいたら、名も知らぬ森の中にいた。
御影 美雪(みかげ・よしゆき)はその状況に慌てることはなかった。黄金都市ですら異様な光景だったのだ。今更それが森になったところで、大して変わらないと思っていた。
共にいた風見 愛羅(かざみ・あいら)も同様だった。
二人は平静を崩さずに、集落の周りを囲む森の影に潜み、兵舎の様子を視界に収めた。
どうやら、ガウル達はあそこに囚われているらしい。陰から集落の様子を観察するうちに集めた情報であった。
「ねえ、愛羅」
美雪が唐突に口を開いた。愛羅がきょとんとした目を向ける。
「……今の俺って、忍者っぽい?」
冗談めかして言われた一言に、愛羅は、黙ったまま苦笑を返すだけだった。
美雪は基本的に真面目なのだが、たまにこういうお茶目な面を見せる。やるべき事はやり、そうじゃない時は緊張をほぐす意味でも気を抜いたり、減り張りをはっきりと付けているのだ。それを悪いとは思わないが、愛羅は困ったような表情になることも多かった。
「行きますか」
「――うん」
愛羅の合図に答えて、美雪は茂みから動き出そうとする。
「ん……?」
そのとき、二人は少し離れた木陰に、同じように隠れている人影がいるのを見つけた。
榊 朝斗(さかき・あさと)は木の陰に隠れながら、兵舎の様子を盗み見ていた。
隣には、茂みにしゃがみ込んだルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がいる。美しく整った顔立ちに宿る青玉の瞳が、じっと兵舎を見つめていた。
「どう、ルシェン?」
「兵の数は少ないみたいね。ガオルヴ討伐のために有力な兵が集められたというのは本当かしら」
ルシェンが言う。更にその隣で、ぴっ、という微かな電子音が鳴った。
「行動予測パターン――B−14−78地点。うーん、……今なら、敵さんの意識も疲労に傾いてるみたいだし、動き出すチャンスだけど」
機晶姫である自分の身体に備わった機能を使って、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が相手の行動を予測しながら言った。
以前のアイビスからは考えられない、柔らかい物言いだった。元人間の、機晶姫。人間出会った頃の記憶や感情を取りもどしたアイビスは、それ以来はこうした“人間らしい”口調で話すようになっていた。
「なら、行こう」
朝斗が言う。すると、ルシェンが、
「でも、わざわざ危険を冒す必要があるの?」
冷静な口調で朝斗に訊いた。
「この世界を作ったアスターは、恐らくガオルヴになっているわ。幻術を使うようになったって噂からも、それが予想出来る。だったら、むしろ牢にいることは安全なはずだし、私達だけで何とかアスターを退治しても……」
「……駄目だよ」
そっと、噛み締めるような声音で朝斗が言った。
「これは、僕らの問題でもあるけど、何よりガウルさん自身の問題なんだ。この世界はきっとガウルさんにとっては思い出したくない過去かもしれないけど……でも、それでも、逃げてるばかりじゃ駄目だ。過去があるからこそ、今があるんだから。だからこそ――ガウルさん自身の手で、決着を付けなくちゃ駄目なんだ」
一つ一つを、無駄にせぬように朝斗は言った。
それは朝斗自身の胸にも言い聞かせる言葉だった。いつか、自分も過去と向き合わなくてはならない。自分の心の中にあるもう一つの人格――『アサト』と向かい合って。
「思い出したくない過去……か」
ルシェンがぽつりとつぶやいた。思い当たる節はあった。自分も、朝斗やガウルと同じだ。朝斗の言う通り、過去の決着というものは自分で決めなくては、いけないのかもしれない。
事実、自分達の隣にも、向かい合った者がいる。
朝斗とルシェンの視線を感じ取って、アイビスが言った。
「私は、自分の過去を知りたかった。知りたくないものも、もちろんあったけど……。だけど、それと向かい合ったからこそ、今の自分がある。そして、これからも、それらと向かい合うことで、少しずつ前に進んでいける。少なくとも……私はそう思うよ」
アイビスの言葉を受け止め、朝斗達の気持ちは一つになった。
三人はうなずき合う。
「よし、行こう」
動き出そうとした。その時、がさっと茂みが音を立て、
「お仲間だね。こりゃあ、心強いや」
現れたのは美雪と愛羅の二人であった。
じめっとした牢の中であった。そこには、ガウル達とは別の場所で捕まった一人の男がいた。
「気が付きゃ、森の中ってか? 黄金都市だの邪竜だの魔獣だの、忙しいったらねえな」
冷たい石畳の床に寝転ぶアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が、辟易したように独りごちた。
そのアキュートを見ていた人形ぐらいのサイズの少女が、
「ふむふむ……黄金の都 邪竜アストー……深緑の深き森 魔獣ガオルヴ……欲するを与える 幻を操り……惑わされし人々 彼の元へ……」
静かな声で、謳うように言った。すると、それが終わるや、
「……場面と登場人物が変わっただけで、状況はあんまり変わってないように、ペトは思うのですよ?」
小首を傾げつつ、そんなことを呟いた。
ペト・ペト(ぺと・ぺと)は歌うことが大好きな花妖精だった。陽気で、天真爛漫で、夢見がちなおしゃべり娘。アキュートは、いつも勝手に旅についてくる自由な花妖精の言葉にぴくっと反応した。むくりと身体を持ち上げてあぐらをかき、ペトを見つめた。
「……なるほどな、鋭いじゃねえか、ペト」
ペトは言われた事の意味が分からず、首を傾げた。
「この状況を作れるのはガウルの旦那しかいねえ。欲したのは親友との再会……? いや、過去のやり直し……か?」
アキュートはガウルの事を詳しく知っている訳ではなかった。
仲間に聞いた話によると、あのゼノとかいう男と、かつては共に修業に励む戦士だったらしいが――力を求めすぎたあまり、魔獣へと変貌してしまった。それから魔獣はそのくだんのゼノに封印され、再び復活を遂げたとき、ゼノの孫娘であるリーズによって討ち滅ぼされた。
だが、運命は気まぐれだった。ガウルは皮肉にも自分を蝕んでいた〈闇の力〉から解放され、元の獣人へと戻ることが出来た。すでに親友もおらず、仲間と呼べる者もいない世界で、ガウルは自分の生きる意味を求めて旅に出た。これは、そのガウルの記憶が生み出した、過去の再現なのか?
「……ま、ここで考えたってしょうがねえ」
アキュートは頭を掻いて、すくっと立ち上がった。
「行くのですか? アキュート」
「ああ。旦那を助けにな」
うなずいて、アキュートはまず、見張りをどうやって騙すかを考えた。
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