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アムトーシス観光ツアー

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アムトーシス観光ツアー

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祝福の街の光

 カナン、シャンバラ、そして魔界と呼ばれる地下世界ザナドゥ。それらが争っていたのは過去のことだ。リッシファル宣言が採択されてから、民がそれを頭の片隅に追いやるぐらいまでの時は経とうとしていた。と言っても、すべてが忘れ去られたわけではない。いまやほとんどの村々や都市が復興を終えて、新たな時代を築こうとしているが、かすかな戦争の傷跡は残されていた。
 アムトーシスは中でも、その傷跡を残していこうという考え方のもとに復興を終えた。この都市を治める魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)の意向でもある。美術感性の強いアムトーシスの魔族たちにとっては、傷跡さえも一つの古代遺産だった。過去の過ちを忘れないためという意思もあって、アムトーシスの魔族たちはそれをあえて残しておくことに決めたのだ。
「――そんなわけだ。だからいまでも、路地裏に行けば廃墟の町が見えることだってあるんだよ。でも、それは別に悪いことじゃないのさ。あたしらだって、戦争を何度も繰り返したくはないからね。いましめとして残しておくには、ちょうどいいんだよ」
 雑貨通りを歩いていた遠野 歌菜(とおの・かな)は、軒先の露店でブローチやピアスなどの装飾品を売っている魔族の老婆からそんな話を聞いた。老婆のタバコの灰みたいな白い髪からは、一本の角が枝のようにつき出ていて、服の下からは魔族の象徴の尻尾がのぞいていた。
「そうなんですか……。でも、皆さんは人間を恨んだりはしていないんですか? そんな廃墟を作ってしまった一人でもあるのに」
「恨む? それはお門違いな話だね、お嬢ちゃん。誰かが悪いわけではないだろ?」
「そうなんですけど。そんなに納得できるものなのかなって」
 歌菜は魔族たちの気持ちを考えると、ときどき哀しくなって、胸が痛くなるときがある。俯きがちになって言った歌菜を見て、老婆がくすっと笑った。
「あんたは優しいんだね、お嬢ちゃん。そうだ。これを持っていきな」
 老婆は指先でぴんっとブローチを弾いた。それはとんっと歌菜の手の中に飛び込んだ。翡翠色の宝石を黄金の金属が縁取っている。裏を見てみると、老婆の名前と製造地が刻まれていた。「MAID IN Xanadu」。歌菜は思いもよらないプレゼントに嬉しくなった。
「ありがとう、お婆ちゃん」
「どういたしまして。旦那が待ってるんだろ? 早く行かないと、置いていかれちまうよ。女の買い物が長いと、男はくたびれちまうからね」
 歌菜は顔を赤くした。遠くには、まだ結婚したばかりの月崎 羽純(つきざき・はすみ)が待っていた。線の細そうな頭身をしているが、意志は強そうだ。きょろきょろと辺りを見回している。恐らくは、自分を探しているのだろう。歌菜はブローチを胸につけると、急いで羽純のもとに走っていった。
「それじゃあ、お婆ちゃん。またね!」
「運が良けりゃ、また会えるだろうね」
 老婆はひらひらと手を振って、歌菜を見送った。


「どこに行ってたんだ?」
 歌菜が戻ってくるや、羽純は口をとがらせた。すねたような響きが混じってる。
 ブローチを見せた歌菜はそれまでの話を羽純に聞かせた。羽純と話していると、歌菜はとても楽しくなってくる。驚いたり、笑ったり、同情したり、羽純は見た目からは想像がつかないほどの色んな顔を歌菜だけに見せてくれるのだ。二人っきりの観光旅行ということもあって、その度に歌菜は心臓がどきっとして、胸打つほどに強く高鳴った。
 二人がいるのは『雑貨屋通り』と呼ばれる場所だった。アムトーシスでも一、二を争う、人気のスポットらしい。とくに若い人や女性のお客さんが多い。雑貨屋通りの半分を占めるのが装飾品の類だからだ。歌菜だけではなく、他の観光客の人たちも、手の込んだ装飾品の数々を見る度にわくわくと心が弾んでいる人がたくさんいた。
 二人は観光ガイドブックを片手にアムトーシスを歩き回った。『雑貨屋通り』を過ぎて二十分も歩けば、これまた女性客には人気の『アムトーシス・スイーツカフェ』がお目見えする。アムトーシスには職人がたくさん住んでいて、その中にはもちろん、パティシエと呼ばれるお菓子職人たちも数多く住んでいた。お菓子屋さんだって、この巨大な多重円形みたいな街のいたるところに看板を構えている。『アムトーシス・スイーツカフェ』は、そんなお菓子屋から、これぞという一品を集めた店なのだ。用意されているスイーツも、季節や時期によって変化する。このお菓子を作ってくれてるパティシエのお菓子を食べたい人は、どうぞお店に足をお運びください、というわけだ。女の子には是が非でも行きたい場所となっていた。
 この頃になってくると羽純もへとへとになってくる。が、スイーツを見た瞬間に目がぱっと見開いて輝いた。甘い匂いといかにも美味しそうなケーキたちにつられたからだ。歌菜は羽純を見てにやにやしている。羽純は甘党だった。
 二人は窓ぎわの席に座った。注文を終えると、メイド風の格好をしている店員が引っこみ、話もそこそこにケーキが運ばれてきた。歌菜は雪のような真っ白なパウダーのかかったガトーショコラ。羽純は地上じゃ見たことのない、実に精緻な技巧がこらされた金色のケーキだった。
「それって、いったい何が使われてるんだろ? 金粉?」
「名前は『金の踊り子〜舞台上に立つ〜』だったが、まあ、なんでも良いんじゃないか? 食べられれば」
 美味しければ、羽純はそれほど気にしないようだった。一口食べると、ぴたっと動きが止まる。それからとろけるような顔になった。
「うん、実に美味しい。甘みと塩気が最高だな」
「塩気! 塩が使われてるの!」
 歌菜はびっくりして目を見開いた。
「塩かどうかは分からないけどな。そんな感じの味ってことだよ」
 羽純は笑いながら言った。
 しばらく二人はケーキを食べながら、静かな時間を過ごした。口数も次第に少なくなってきて、セットでついてきた紅茶を飲みながら、歌菜はふと外に目をやった。
 アムトーシスの街は常にそらを雨雲のような暗幕に覆われていて、薄暗がりみたいになっていたが、それが逆に幻想的だった。中心にそびえ立つアムドゥスキアスの塔がろうそくみたいに光っていて、そこから少しずつ街に散っている、暖かな温もりを与える光が、なんだか地球のホタルみたいだった。
「ねえ、羽純くん」
「ん?」
「ずっと、こうしていたいね」
 歌菜が言うと、羽純は顔を真っ赤にした。
「なに言ってるんだ、おまえは」
「えへへ……」
 アムトーシスの灯が窓にくっついて、祝福するように音を鳴らした。