リアクション
ホストクラブの室内は薄暗く、落ち着いた音楽が流れている。 ○ ○ ○ 「ゼスタ先生。私たち実習生一同からのチョコです」 次にゼスタを指名したのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。 現在彼女は、百合園女学院で教育実習をしている。 「お前、気が利くじゃねぇか」 「はいー」 にこにこ笑顔で、祥子はゼスタにチョコレートを8個も手渡した。 「これは……」 しかしそのうちの7個は全く同じもので。 しかも、義理と一目で分かるようなチョコだった。 開けてみたら、もっと義理だと分かるようなチョコだった。 「……うん、義理でも嬉しいよ」 ゼスタはちょっと遠い目をして笑っていた。 「それは良かったです。あ、これなんかゼスタ先生にお勧めですよ。食べても無くならないんです」 祥子は残りの一つの袋をあけて、取り出したものをゼスタの口に押し付ける。 「ん? 柔らかいけどチョコ味」 「そうそう、チョコ風味のお菓子ですよー」 祥子はその……チョコスライムを少しだけ手の中に残して残りをゼスタの口に押し込めた。 「不味くはない、んだが。なんか嬉しくないぞ」 「そんな! 私たちうら若い教育実習生皆で選んだものですのに!」 「そうかそうか。俺が勝った暁には、お返しは同等なものを2倍にして贈るんでよろしく」 にやりとゼスタは笑って、チョコスライムを飲み込んだ。 「それは楽しみです。あ、こちらもどうぞ」 祥子は頼んであったチョコリキュールを、ゼスタに勧める。 「やっぱりお前、気が利くな」 「そうですか? ふふ」 ホストクラブらしく、祥子は甘えるようにゼスタに身を寄せた。 そして、お酒の入ったグラスを持ち、見つめ合いながらグラスを重ねる。 その後、2人はなんだかおかしくなって笑い合った。 「で、なんで女子校の教員を希望したんですか?」 チョコリキュールを飲みながら祥子が尋ねる。 「毎日美味い食事にありつけると思って」 「食事って……女の子の血とか?」 その言葉にゼスタは当然のように頷く。 「駄目でしょう、先生が生徒をそういう目で見たら! 赴任早々クビになりそうな気がしますよ?」 「うん。……正直、ほとんどなんも考えてなかった。その場のノリで、そんな願いにしたら、賞をとっちまったんだよ」 「つまり本気で、叶えるつもりはなかったと?」 「確かに賞は狙ったが、まさかヴァイシャリー家……というより、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが俺を採用するなんて言うとは思わなかった」 「なるほど、想定外だったわけですね……。でも、辞退はしないんですね?」 「まー、採用してくれるんなら、それはそれで面白い事になりそうなだ、と」 グラスを置いたゼスタの瞳の奥が、怪しく光る。 「何か良くないことを考えていますね?」 くすりと微笑んで、祥子はゼスタの瞳の奥を見つめる。 「純真無垢な生徒たちがワルイコトを教えこまれないようにワルイ先生を監視しなきゃいけませんね。朝となく夜となくみっちり監視して差し上げますよ?」 祥子はゼスタに顔を寄せて、手を太腿に添え、甘い息をゼスタの頬にかける。 「それこそ生徒に手を出そうなんて考えられなくなるほど(ストレスで)頬がコケてしまうくらいに」 「前科がつくと面倒だし、生徒には手を出したりしねーよ。学校では、な。あと、血を貰うのは弁当もらうのと一緒だから、手を出したうちには入らん」 そう言い切り、祥子の首から後頭部に手を滑らせて、彼女を引き寄せて。 ゼスタは祥子の首に唇を寄せた。 「生徒からもらえない時には、教育実習生からの弁当の差し入れも大歓迎なんで、よろしく」 ちくりと痛んだが、血を吸われることはなった。 首筋への軽いキスの後、ゼスタは内勤に呼ばれて次のテーブルへと移ることになった。 「今日はモテモテね、ゼスタ先生」 艶やかな目で祥子がそう言うと。 「実習生に骨までしゃぶられねぇように気を付けるよ」 笑みを残して、彼は離れていった。 ……大量の義理チョコを抱えて。 ○ ○ ○ 「遊びに来たよー。ぜすたん大人気だね!」 ゼスタが次に向かったテーブルには、普段より少し大人っぽい格好をしたリン・リーファ(りん・りーふぁ)がいた。 「お陰さまでー。ただなんか、普通の指名はほとんどないというか、リンちゃんが初めてかも?」 苦笑しながら、ゼスタはリンの隣に座った。いつもより近く、身体が触れ合う距離に。 「何飲む? 俺が勝ったら来月奢ってくれた分の倍くらいのお礼はするぜ?」 「勝ったら……って、ぜすたん総長さんと勝負してるんだってね。それじゃ、お勧めのお酒お願い。あ、ぜすたんにはトマトジュース奢ってあげるね」 「今日のお勧めはチョコレート酒。リキュールにしておく? 俺もリンチャンと同じのがいいんだけど?」 「じゃ、あたしもトマトジュースにするよ」 「そうじゃなくて、チョコが欲しいんだけど……」 「それじゃ、チョコフォンデュを頼もう!」 リンは、チョコリキュールとチョコフォンデュを注文。 ゼスタ用にはやっぱりトマトジュースを頼んだ。 「うん、チョコリキュールは甘くておいしいね。チョコビールは苦いのかな?」 届いたお酒を飲みながらリンが尋ねた。 「苦みがあるけど、甘いぜ」 「そうなんだー。次は挑戦してみようかな。あんまり飲むと眠くなるから、今日はこれだけにしておくね」 「眠ったら、上の休憩室に姫抱っこで連れていくぜ? お休みのキスつきでどう?」 「あははっ、それじゃ寝ちゃったときにはお願い」 「了解。代わりに、モーニングティーと、おはようのキスを頼むぜ」 そんなことを言い、ゼスタはリンの肩を抱いてくる。 「ところで、未憂チャンと、プリムチャンは一緒じゃないのか? 3人がどっちにチョコを上げるのか、気になるんだけど」 「みゆう達は今はコンビニを手伝ってるんじゃないかな。どっちにというか、あたしたちが持ってきたチョコは若葉分校生に配ったよー」 関谷 未憂(せきや・みゆう)とプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)は普通のチョコを、リンは血世孤霊斗を用意して、ラッピングして配ったのだ。 神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)や百合園生も若葉分校生用の義理チョコを用意してくれており、それと混ぜて、適当に若葉分校生に配ったり、作業場に広げておいた。 「あたしも普通のチョコもらってきたよー。ぜすたんももらいに行ったら? もう残ってないかもしれないけど」 「分校生用は、もらわなくてもいい。義理でもなんでもいいから、俺個人へのチョコがほしいんだけど」 ゼスタはチョコフォンデュに手を伸ばしたリンの顔を自分に向けさせる。 「十把一絡げにされちゃうのはヤだから今日はあげない」 ぷいっとリンはゼスタから顔をそむける。 それから、バナナにチョコレートをつけて、ぱくっと自分の口に運ぶ。 「うーん、幸せな味が口の中に広がるよ〜」 もう一つ。今度はイチゴにチョコ―レートをつけると、ゼスタの方へと運ぶ。 「はい、あーん?」 「どうも」 くすっと笑うと、ゼスタは自分からは近づかずに、リンの背に腕を回して引き寄せて、イチゴを自らの口の中にいれた。 「君はいつだって、欲しいときに欲しいものをくれないんだな」 くしゃくしゃっとリンの頭を撫でながら、ゼスタは小さな声で呟いた。 「ゼスタさん、そろそろ時間です」 若いホストがゼスタを呼びに来た。 ゼスタはリンの肩に手をかけて、立ち上がった。 「それじゃ、また後で」 「うん、いってらっしゃい。またねー」 リンは笑顔で見送る。 (あたしが天邪鬼だから? それだけじゃないよ。だって……あなたの欲しがっているもので、あなたのこころの隙間は埋まらないと思うから) 吸血で相手の心を奪っても。 貰ったチョコレートの数で優子に勝っても。 喜びは一瞬で、心からの満足は得られない――彼の心に残るのは、虚しさだけではないかと。 そんな風にも思えた。 「お待たせー」 ゼスタの代わりに、ヘルプの男の子がリンの隣に座った。 「はいどうぞ」 「ん?」 男の子はリンの前にトリュフの乗せられた、生チョコモンブランを置いた。 「ゼスタさんから。『これ逆チョコだから、濃厚なお返しよろしく♪』だって」 「逆チョコかー。すっごく美味しそう!」 スプーンで一口食べてみた。 ふわっとした、柔らかな感触。舌がとろけてしまうような甘さの絶品スイーツだった。 |
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