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チョコレートの日

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チョコレートの日

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 ゼスタが次に向かったテーブルには、何かが山積みになっていた。
「おー! ゼスター、優子に男を見せるって聞いて応援に来てやったぜ。義理で
 そのテーブルで待っていたのは、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だ。
 シリウスは現在、百合園女学院専攻科で学びつつ、ニルヴァーナ創世学園の初等部講師を務めている。
「オレもアルカンシェルの時は優子に頼っちゃったクチだしなぁ〜」
 真面目そうではなく、シリウスの顔はにやついている。
「これからオレも教育実習生としてお世話になることがありそうだし!」
「まーた懲りずにそういうことを」
 一緒に訪れたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)もなんだか楽しそうだ。
 シリウスはテーブルの上の山積みになったもの……チョコレートを指す。
「というわけで、オレからのほんの気持ちだ。義理の!
「……あ、これはボクからもほんの気持ね♪」
 どかどかどかっと、山積みのチョコレートの上に、サビクがざらにチョコレートを落とす。
「……。
 サンキュー。お前らの気持ち、しっっっっかり受け取ったぜっ」
 ゼスタは力いっぱい答えて、シリウスの肩をパシンと叩いた。
「そうか伝わったか! オレの義理が」
 シリウスは満足そうに笑い更に。
「マスター! 『義理』チョコブランデー、ボトルで!」
 店中に響き渡る大きな声で、チョコブランデーを注文する。義理で。
「おい……」
 流石にゼスタは苦笑する。
「あ、あと普通のブランデーも頼むな」
 にやにやシリウスは言って。
「まあ、座って、食べたらどう? 義理だけど」
 サビクがずれて、シリウスとの間にゼスタを招いた。
「義理でも嬉しいぜ。ったくどいつもこいつも……」
 ぶつぶつ文句を言いながら、ゼスタはソファーに腰かけた。

「さーさー、ぱーっと盛り上がろうぜ」
 チョコブランデーをゼスタに勧め、自分はブランデーが入ったグラスを手に、シリウスはご機嫌な笑みを浮かべる。
「……盛り上がれるもんならな」
 グラスを口に運びながらぼそりと彼女が言った言葉は、隣でなんだか暗ーい表情をしているゼスタの耳にも入っていた。
「決めた」
「ん? ぐほっ」
 突然、シリウスの肩にゼスタの腕が回り、強く引き寄せられる。
「お前は酔わせてぼったくる。義理でもなんでもいいーから、どんどん注文してもらおうか」
「んー? んーんー!?」
 ブランデーの入ったグラスを、ぐいぐいシリウスに押し付けて、強引にゼスタは飲ませていく。
「まてまて。売り上げの勝負じゃないでしょ」
 サビクが一応止めに入る。
「ぐ、げほっ、ごほっ……お前ゼスタ! オレの義理の気持ちを踏み躙りやがったな!」
「義理返しに、飲ませてやってんだよー。酔っても大丈夫、部屋に持ち帰って介抱してやるぜ」
「持ち帰んのは、チョコだけでいい! ほれ、『義理』チョコだけど、一応モノはきちんと選んだつもりだぜ? 『義理』人情って言うしさ!」
「だったら、義理を不自然に強調するなよ」
 不満気な顔のゼスタの背を、シリウスはバンバン叩く。
「そんな顔してんなよ、春からよろしくな、ゼスター!」
「ったく、お前は開始前から落第決定! ふざけるにしても、これくらいの心遣いはするだろうが、女なら」
 ゼスタはチョコレートの山の中から、一つ、箱を取り出した。
 それは、後からサビクが乗せた分のチョコレート。その1つだけは義理チョコではなく、高価なチョコレートだった。
「なるほど、バカやってるようでも、やっぱこれくらいは目ざといわけだ」
 静かに酒を飲んでいたサビクがグラスをテーブルに置いた。
「で、このチョコの意味は? お前も賄賂か」
「いや、だからほんの気持ち……言い方を変えるのなら、投資?」
「……?」
 グラスを手に、怪訝そうな顔をするゼスタ。
「先日話してみて、素顔のキミを見てみたくなった」
 サビクの言葉に、ゼスタの眉が軽く揺れた。
「は?」
 シリウスは良く分からなそうな顔をしている。
「……と、言ったらキミはどんな反応してくれるかなってね?」
 サビクはゼスタに冗談っぽく笑った。……しかし、彼女の目は笑っていなかった。
「別に……俺、化粧してないぜ」
 ゼスタはサビクの視線を躱して、笑みを浮かべる。
「そんじゃ、お返しという名の仕返し、期待してろよ」
 立ち上がって、シリウスの頭にぽんっと手を置くと、ゼスタは次のテーブルに向かって行った。
「十分しているように見えるけどね、化粧」
 ぼそっとサビクが言うと。
「してねーだろ、あれは。髪や眉は整えてるみてぇだけど」
 シリウスから真っ直ぐな反応が返ってきた。

○     ○     ○


「ゼスタおにいちゃんこんにちは」
 ゼスタが次のテーブルに向かうと、立ち上がった可愛らしい少女が丁寧に頭を下げてきた。
 アイドルのコスチュームを纏った、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だ。
 可愛らしい彼女を見たゼスタの顔が一気に緩む。
「こんにちは、あー……なんか、安らぐぜ」
 ゼスタはほっとした表情で、ヴァーナーに近づいて、一緒に腰かける。
「何か飲むか? キミはノンアルコールもまだ早いな。ソフトドリンクにしとけ」
「それじゃ、オレンジジュースにするです〜。あと、お勧めのスイーツありますか?」
「そうだなー。キミにはこれがお勧めだ」
 ゼスタが選んだのは、紅茶のパンナコッタだった。
「それ戴くですー。ゼスタお兄ちゃんの分も頼むですよ」
「ありがとー。流石にキミには酒奢ってとはいねぇな〜」
「あっ、でもチョコはもってきたです!」
 ヴァーナーは鞄の中から取出したバレンタインのチョコレートをゼスタに渡した。
 中には、よくお店で見かける、ハートの形にLoveの文字がかかれたチョコレートが入っている。
「おー、ありがと。嬉しいぜっ」
 ゼスタはチョコレートを受け取ると、ヴァーナーの頭をなでなでして、軽くハグをした。
「よかったですー♪」

「乾杯♪」
「乾杯ですー」
 オレンジジュースの入ったグラスを合わせて、乾杯をして。
 ゆったりソファーに腰かけながら、他愛無い話をする。
「それじゃ、ゼスタおにいちゃんは、パートナーの優子おねえちゃんや、アレナちゃんとあまり会ってないですか?」
「学校も違うし、ロイヤルガードの仕事も分担してやってるからな。今んとこ会うのは月に多くて2、3度。でも週1くらいは連絡とってるぜ」
「空京とヴァイシャリーにロイヤルガードの宿舎あるですよね。泊ったりしないですか?」
「ヴァイシャリーの神楽崎が使ってる部屋は時々利用してるけど、空京の部屋は……今のところ入ったことねぇな。自分の部屋は持ちたくないんだよ。優子チャンとアレナチャンと同室がいいし」
「そうですかー。3人は仲良しですか?」
「仲は悪くないと思うぜ。神楽崎とアレナの関係は良好だし、俺は2人とも好きだし」
「それじゃ、たまに会った時は、3人でお出かけとかするですか? どういう場所行くんですか?」
「それは、ん……?」
 ヴァーナーの問いに、ゼスタは眉を寄せて考え出す。
「そういえば、3人で過ごした記憶がない」
「え?」
「飯さえ一緒に食った記憶がないぞ」
「えー? 3人共好き同士なのに、ですか?」
「うーん。ま、俺がアレナを誘う時は神楽崎を避けてたからなんだけど」
「なんでですか?」
「ええっと……雰囲気が固くなるからというか」
 ゼスタは言葉を濁した。
「神楽崎と会って話をするときは、それこそ堅苦しい仕事の話とか、喧嘩ばかりだから互いにアレナを呼ぼうとは思えないしな」
「喧嘩ばかりなのですか?」
 ヴァーナーは心配そうな目でゼスタを見る。
「あ、痴話喧嘩な。痴話喧嘩」
「そうですか……。いつもちゃんと仲直りしてるですね」
「うん」
「でもそれなら、アレナちゃんも一緒にお食事とかするといいです〜。アレナちゃんがいれば、喧嘩にならないですよ」
「あー……そうかも。そうだよな、たまにはそういう時間、必要だよな……」
 なんだか複雑そうな顔でゼスタは考えている。
「パートナーですからね〜」
「うん」
 ゼスタがふっと笑顔を浮かべる。
「あ、パンナコッタ食べるですかー。どうぞです」
 ヴァーナーはスプーンで掬ったパンナコッタをゼスタの顔に近づける。
「戴きまーす」
 ぱくっと美味しそうに食べた後。
 今度はゼスタがスプーンで掬って「あ〜ん」と言いながら、ヴァーナーの顔に近づけた。
「あーん」
 そしてヴァーナーの可愛らしい口に、スプーンを入れる。
「ホント、美味しいです。紅茶の香りもするですー」
「だろ? 空京の有名店から仕入れたんだ。キミみたいな、可愛い子に食べてもらおうと思って。こっちもどうぞ」
 続いて、一緒に頼んだ高級フルーツをフォークで刺して、ヴァーナーの口に運ぶ。
 ぱくっと食べて、味わった後。
「嬉しいです。ありがとです、ゼスタおにいちゃん」
 ヴァーナーはゼスタにぎゅっと抱き着く。
 ゼスタはヴァーナーの背に手を回して抱きしめ返して、顔を上げさせて。
「こちらこそ。今日は指名とチョコレートありがとな」
 小さな額にキスを落とした。

○     ○     ○


 最後にゼスタを指名した人物は、あまり元気がなかった。
 これまでに酒を結構飲んでいたゼスタは、普段よりも陽気になっていて、元気のないその子――神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)をからかったりちょっかい出したりしていたけれど、彼女の反応は薄かった。
 その授受が化粧室に向い席を外した間に。
「あの、レンアイ相談?があるのですが」
 彼女のパートナーのエマ・ルビィ(えま・るびぃ)が、チョコリキュールをゼスタのグラスに注ぎながら話し始める。
「恋愛? もしかして本気で俺に惚れた?」
 にやっと笑うゼスタ。エマは「違いますわ」と、首を左右に振る。
「実は、地球にいたころから、お付き合いしていた方がいたのですが……。
 その方は、パラミタに行くことを反対していて……危険な場所へ冒険したり、剣を持って戦うことも嫌だって言われていましたわ」
「うん。相手が地球人なら、普通はそうだろうな」
「地球にはなかなか帰れませんけど、遠距離レンアイ?でがんばっていたのですが……。
 お互い、目指す未来が違っていたのでしょうね。やっぱり喧嘩が多くなって、傷つけあって……。とうとう別れを告げられてしまったのですわ……」
 エマは物憂げに溜息をついてため息をつく。
「あんなに泣いたジュジュを見たのは、初めてでしたわ……。
 あ、これ、ジュジュのお話ですからね。わたしは旦那さまがいますから」
「あ、うん。そうか。それで元気ないのか」
「そうですわ……。こんな時、わたしはどうしたらいいんでしょう……。
 一緒にいて、なぐさめることしかできなくて、ぱーっと明るく! ってしてくれるのは、いつもジュジュでしたし……」
「とゆーか、それは地球を離れる時に別れておくべきだろ。お前とパラミタに来る覚悟が足りてなかったんだと思うぜ」
「あなたのパートナーは覚悟をお持ちだったのでしょうけれど、一般の地球人はそれほどの覚悟を持って訪れたわけではありません」
「契約をするっていうのは、地球人であることを捨てるようなものだ。だから、振られたんじゃなくて、振ってこっちにきたってことだ。授受は彼氏じゃなく、お前を選んだんだよ。お前が言葉巧みに騙したんじゃなければな」
 ゼスタの言葉に、エマははっとする。
「……何話してるの」
 授受が戻ってきていた。
「ゼスタ、ジュジュを励ましてくれませんか?」
 エマはそうゼスタに耳打ちをすると、席を立った。
「化粧を直しにいってきますね」
 エマが化粧室に消えた後。
 授受はゼスタの隣に腰かけて。
 飲み物を飲みながらぽつぽつと話しだす。
「私の失恋の事……話してたでしょ」
「まーな」
 ゼスタは気まずそうに、手の中のグラスを弄んでいる。
「パラミタに来た時から、こうなるのはどこかで分かってたのよ。初恋の人、だったから……少し思い入れがあるだけよ。
……別に、もう平気よ。いっぱい泣いたし。もう泣かないもん」
「そうかそうか、わかっていたのなら、もう一歩大人になれ。お前がちゃんとケリをつけてこっちに来なかったおかげで、その彼氏がどれだけ辛い思いをしてきたか」
 ぺしぺしと、ゼスタは授受の頭を叩いた。
「う……っ、ゼスタせんせーって優しくない」
「授受だって優しくない。優しい恋がしたいんなら、優しさを身に着けることだな」
 笑いながらゼスタは更に強く、授受の頭を叩いた。
「……っ」
 その衝撃で、授受の目からぽたっと涙が落ちた。
「ほら、泣いてる場合じゃないぞ」
「……な、泣いてないってば! ゼスタせんせー、この間からあたしにイジワルよねっ!」
 ぷいっと授受は顔をそむける。
 ははははっと、ゼスタは笑い声を上げて、授受達が頼んでくれたチョコリキュールを飲む。
 授受は涙をぬぐって、息をつくと。
 甘いノンアルコールのカクテルをぐいっと飲み干す……。
「ん?」
 いや違った。自分が頼んだノンアルコールのカクテルではなく、間違ってエマが頼んだアルコールを飲んでしまっていたらしい。
(ああ、酔っぱらっちゃって涙腺ゆるんじゃったのかな。変なところ見られちゃった……)
 大きく息をついて気持ちを落ち着かせて。
「……せんせーの初恋の相手って、どんな人だったの?」
 ゼスタを見て、そう尋ねてみる。
「初恋?」
「あたしだけ恥ずかしー話を暴露したんだから、教えてくれなきゃ不公平よ!」
 赤くなりながら授受はゼスタを軽く睨む。
「……誰にも、内緒にするから。聞かせて」
「そんな昔のこと、覚えてない」
「昔って……ゼスタせんせー何歳なの?」
「それも忘れた」
 言ってゼスタは笑みを浮かべる。
 彼は吸血鬼だ。自分の年齢を忘れるほど長く生きているのだろうかと、授受は思った。
 ……実際は、彼はそう長く生きているわけではないのだけれど。
「思い出して! 捻り出して! ほらほら」
 授受はゼスタの身体をゆさゆさ揺すりだす。
「はは……。純粋無垢な女の子は誰でも好きだぜ。だから物心つくころには、好きな子でいっぱいだったのかもな」
「それ、恋じゃない気がする」
「そうか? ま、昔俺が好きだった子達もほとんどナラカに行ったし。初恋なんてそんなものだ」
 ぺんぺんと、ゼスタはまた授受の頭を叩いた。