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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第28章


『……』


 恋歌は――正確には、四葉 恋歌に憑依したレンカは目を覚ました。
 七枷 陣に接触して一瞬だけ自我を取り戻しかけた恋歌が、『封印のカード』に封じられたはずだったが、その直後の屋上の崩落で封印が解けてしまったのだ。

『……危ないところだった……やはり恋歌の仲間との接触は極力避けるべき……』

 レンカは違和感を覚えた。
 カードに封印されたはずの自分の封印が解かれているということは、カードに何らかのダメージがあったということだろう。
 封印を施した陣が自分からその封印を解くとは考えにくい。
 ならば、封印が解かれた瞬間に多少の怪我を負っていてもおかしくないはずだが、今のレンカが憑依した恋歌の身体には、傷ひとつない。

『……』

 その疑問の答えはすぐに見つかった。
 陣だ。
 崩落の瞬間、封印が解けることを感じた陣が、落ちてくる瓦礫から恋歌を守るため、身を挺して恋歌の上に覆いかぶさり、瓦礫を防いだのだ。

『……なぜなの……理解できない……この男は恋歌のただの友達……特別な関係でもない……筈……』

 よろよろと、その場を立ち去ろうとするレンカ。しかし、服の裾が何かに引っかかっているのか、ぴんと引っ張られてしまった。

『……!』

 その服の裾を掴んでいるのは陣だった。
 瓦礫の下敷きにされながら、それでも恋歌を離さなかったのだ。

『……離せ、この!!』

 服を引っ張るレンカ。その動きに反応して、陣が呟いた。
「……恋歌……ちゃん……」
『……驚いた……まだ……』
「逃げんなよ……逃げないで……くれよ……」
『……離せ……』

「逃げんな……自分がどうしても……許せないなら……オレが赦す……。
 オレが……君が頼ってくれた……オレ達が……。
 ボロボロだっていいさ……ツギハギだらけでも……辛くたって……。
 君が今まで手に入れた大切な……縁と絆を……手放さずに……」

『離せって言っているでしょう!!』

 レンカの手から青白い火花が散り、陣の手を離させる。
「手放さずに……前を向いて歩けば……」
 それでも、陣は手を離さない。
 微かに、口の端に笑みを浮かべながら。

「いつか、きっと……笑って歩ける筈、なんだ……」


「もう――もう――やめてよ!!」


 突如、レンカの口から叫び声が響く。
 その声は、四葉 恋歌本人の声だった。

「恋歌……ちゃん」

 身体は瓦礫の下で動かない。辛うじて首を動かして、陣は恋歌を見上げた。
 服の裾を引っ張って、恋歌は陣を見下ろしている。
 それは、恋歌に憑依したレンカの表情ではなく、間違いなく恋歌本人のものだった。

 だが、大きな瞳いっぱいに涙を溜め込んだ恋歌の表情は、暗く硬い。
 まるで、何かに怯えているかのように。

「もうやめてよ、陣さん――私は確かに仕事を頼んだ――みんなを頼ったよ。
 でも、でも……命を賭けて欲しいなんて言ってない!!
 陣さんやみんなにとって私は何? ただの友達でしょ? ううん、友達以下だよ!! はっきり言って、ただの知り合いだよ!?」
 思いもよらない恋歌の言葉に、しかし陣はまだ笑っていた。
「……はは、きっついなぁ……」
 喋りながらも、恋歌の身体は陣の手を振りほどこうと動いている。
 おそらく、身体の主導権はレンカが握ったままなのだろう。
 だが、そんなことは気にもしていないかのように、恋歌は叫んだ。

「わかんない、全然わかんない!! おかしいよ、陣さん達は!!
 ただの知り合いのために、どうして簡単に命を賭けられるの!?
 元はみんな普通の地球人だったわけでしょ!? パラミタに来て化け物みたいな力を手に入れたから?
 自分だけは死なないって思ってるから!?
 それなりの報酬が得られるかどうか、わかんないんだよ? そもそも報酬がジュース一本でいいってどういうこと!?」
 徐々に恋歌の表情が興奮を表してきた。確かに陣は成功報酬として恋歌からジュースでもおごってもらおうか、と言っていた。だが今それは持ち出すべき問題だろうか。
 社長令嬢として振舞っていた時とは、だいぶ様子が違う。
「……そんなこと……気にせんでええやん……オレらが、勝手にしてることや……」
 その言葉に、恋歌はさらにカッときて叫んだ。

「だって、それで勝手に死なれたり大怪我されたりされたら……私はどうすればいいのよ!?
 気にしないわけにいかないでしょ!?
 だから感覚がおかしいって言ってるの!!
 空飛んだり炎出したり、どんな大きなモンスターとかも真っ二つにできるような……強い力を持ってるから……」
 すとんと、恋歌の言葉が止んだ。
「……恋歌ちゃん?」

「……それは……傲慢だよ……結局、自分は強いからどうにでもできるって思ってるんだ……。
 私みたいな……できそこないにはムリ……。
 アニーと契約しても……パラミタに来ても私には何の力も芽生えなかった……」
 ふ、と自嘲気味に恋歌は笑った。
「恋歌ちゃん、それは」
 陣の言葉をぶった切って、恋歌は続けた。
「ねぇ陣さん……さっきさ……地下で天井が崩れる前、レンカが何て言ったか覚えてる……?」
「え?」
 陣は聞き返した。そういえば、レンカが何か言った気がする。
 しかしそれは、レンカが恋歌を諦めさせるためにでまかせを言っているものだと。


「あれさ、私の本音だよ……『こないで、キモチワルイ』って」


「……恋歌ちゃん……」
 陣は、そのまま恋歌の顔を見上げ続けた。
「……ごめん。でも、ホントだよ。私みたいな、逃げるしかできないヤツにさ、『逃げるな』って言ったって、それは無理なんだよ。
 それは、強いから言えることだよ。それを誰にでも押し付けるのは……わがままだよ」
「……」


「――恋歌!!」


 恋歌がそこまで言った時、瓦礫の向こうから誰かが声を掛けた。
「……!! この声……!!」
 その声を聞いた恋歌は、明らかな狼狽を見せた。
 ルーツ・アトマイスだ。
 陣と同様に、地下で恋歌に憑依したレンカに襲われたルーツだったが、何しろ至近距離で攻撃を喰らったために回復に時間がかかった。
 直後に他の『恋歌』の亡霊の襲撃やビルの倒壊など、パートナーの師王 アスカや魔鎧のホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)の力を持ってしても、恋歌を探して追いつくまでに相応の時間を要してしまったのだ。

 恋歌はしかしルーツから顔を逸らした。最も恋歌にとって救いとなる可能性が高い人物のひとり。
 その相手から逃げるように、瓦礫の中から見つけたガラス片を使って、陣が掴んだドレスの裾を切る。

「ルーツさん――ダメ!!」
「恋歌、待つんだ!!」
 走り去ろうとする恋歌の後を追うルーツ。


「――こないで!!」


 思いがけない、恋歌の悲痛な叫びがルーツの足を止めた。

 まるで呪いにでもかかったかのように、ルーツは動けなくなる。
 今ここで恋歌を行かせるべきでないことは、誰の目にも明らかだというのに。
 それは何故か。
 見てしまったから。
 ルーツを見た恋歌の瞳を。


 怯えるような、今にも壊れそうな、あまりにも深い――悲しみの瞳を。