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本日、春のヒラニプラにて、

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本日、春のヒラニプラにて、

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V 午後1
 
 仁科 姫月(にしな・ひめき)は、兄、成田 樹彦(なりた・たつひこ)と共に、のんびりとヒラニプラ観光を満喫していた。
「たまには、こういうのもいいな」
 わざわざヒラニプラまで来た甲斐があった、と思う。
「いつも誰かに邪魔されてばっかだもんね。
 今日くらいは何も起こらないで欲しいよ」
 二人は腕を組んで歩きながら、ヒラニプラの町を散策する。
 機械的だが、都会というよりは、工業地帯という感じだ。
「ヒラニプラというと、やはり機晶石、か?」
「アクセサリーの店が何気に多いね。
 メインは機晶石だけど、他にも色々な鉱石が集まってるみたい。鉱石っていうか、宝石?」
 ガイドブックを片手に、姫月が樹彦を見上げる。
「あ、あそこ、あのお店がオススメだって」
 期待を込めた目で見上げられていることに、樹彦は気付いていない。
「へえ、そうなのか」
と答えて、姫月に
「この鈍感!」
とぽかりとやられた。
「ヒラニプラ記念に、何か買って!」
 ああ、そういうことか、と樹彦は頷く。
「予算には限りがあるぞ」
「わぁい、大好きだよ、お兄ちゃん♪」
 二人は連れ立って店に入って行った。



 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)のパートナーである機晶姫、ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)は、出会った当初から不具合が多かった。
 そもそも出会った場所は、スクラップ置き場だ。
 燕馬にも医学の心得はあるが、機械的な部分は如何ともし難く、やはり専門的な部分は専門的な人に見て貰おう、と、ヒラニプラを訪れていた。
「腕利きですわよ」
 ポータラカ人らしいその機晶技師を紹介した、パートナーのポータラカ人、リューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)はそう請け負うが、彼女の言葉は今いち信用できない……と燕馬はいぶかしんでいる。
 疑ったところでどうにもならないが。
 そして預けた後は、
「技術漏洩防止の為、技師と会うのはわらわのみ、とさせていただきますわ」
と、リューグナーにシャットアウトされてしまい、まんじりともせずただ待っているという状態だった。

「終わりましたわよ」
 石段にぼんやり座って町を眺める燕馬に、頭上から声をかける。
「どうだった?」
 立ち上がる燕馬は、リューグナーがザーフィアを伴っていないことに首を傾げた。
「あちこちパーツ交換をしたそうですわ。
 随分調子は改善されましたけど、完全修復は不可能、とのことですわ」
 視線をリューグナーに戻して、燕馬は苦い顔をする。
「直らないのか」
「もうひとつ」
 直らない、では済まない重大な事実を、リューグナーは燕馬に告げた。
「……余命幾許も無い、だと?」
「表現過剰ではありますけれど。
 ただ、別れの時は、そなたが思っているよりもずっと早い、それは確実ですわ」
 愕然とする燕馬に、追い討ちをかけるように、リューグナーは訊ねた。
「さて、どうしますの?」
「どうする、って……何、がだよ?」
「そなたも医者の端くれならわかるでしょう。
 今、わらわは『患者のご家族にだけ』検査結果を伝えましたのよ?」
「…………」
 燕馬は、マフラーの下で唇を噛んで、俯いた。
 言えるわけ、ないだろう。
 苦い塊が、胸に痞える。
「……ザーフィアは」
「技師の工房で部屋を用意していただきましたわ。
 検査は終わっていますから、会いに行っても構いませんわよ」
 燕馬は暫く固まっていたが、やがてふらっと歩き出す。
 その背中が見えなくなったところで、リューグナーは振り返った。
「というのが検査結果ですけれども」
 物陰から、ザーフィアが姿を現す。
「やはり気付いていたのだね」
「当然ですわ」
 リューグナーは燕馬の消えた先を見る。
「戻らないと、燕馬が会いに行きましてよ。
 まあ、少し落ち着いてから向かうと思いますけれど」
「そうだな。心配させてしまうか」
 頷いて、背後を振り向くザーフィアに、リューグナーは言った。
「今後どう生きるかは、そなたに委ねましてよ」
 視線をリューグナーに戻して、ザーフィアは微笑む。
「……その昔、僕はとある軍の『備品』だったのだよ。
 それが、燕馬くんに会ってからというもの、実に楽しい日々を過ごしている。
 何より――血の匂いがしなくなった」
 燕馬には、恩義を感じている。
 残念なことがあるとすれば、恩返しの方法が、『彼の為に戦う』しか思いつかないことくらいだ。
「うん。だからね」
 迷い無い瞳で、ザーフィアは、そう微笑んだ。

「この調子でメンテして行けば、いずれ完全に治るとのことだ。
 まぁ暫くは安静にしてろ」
 ザーフィアが部屋に戻ってから少しして、燕馬が現れ、検査結果を伝えて来た。
 その瞳が途方にくれているのを見て、ザーフィアは笑う。
「君はいつまで経っても、嘘が上手にならないね」
「……騙されてくれ、頼むから」
「嫌だね」
 残された時間が長くても、短くても。
 自分が今幸せで、自分が今、することは変わらないのだ。
 だからね、燕馬、
「この身が完全に朽ち果てるその日まで――僕は『君の剣』で在り続けるよ」



 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)達は、聖地モーリオンの地祇、もーりおんを伴ってヒラニプラを訪れていた。
「宝石店なんてすごいところじゃなくて、雑貨屋なんかでいいから、何か宝石系のアクセサリーが欲しいわね」
と、花妖精のリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が言うので、吸血鬼のメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が彼女の買い物に付き合う。
「素敵なパワーストーンとの出会いの予感がするわ」
「貴石のアクセサリーを買うのはいいのだが」
 リリアは質にこだわらないようだが、メシエとしては、折角なのだから、良い石を選んで買ってやりたいところだ。
「もーりおんちゃんにもプレゼントしたいわ。
 やっぱり水晶系がいいわよね」
 勿論、エースの財布なんだけど。と、リリアは心の中で思う。
 モーリオンとはあまりに違うヒラニプラの風景にぽかんとしながら、もーりおんはエースと共に歩いている。
 そんなもーりおんに透明な水晶のペンダントをプレゼントし、エース達は、本来の目的である、聖地クリソプレイスに向かった。

 ヒラニプラ南部に広がる氷雪地帯に、かつて存在した聖地クリソプレイス。
 現在は魔境化し、住んでいた人々は、一人を除いて死に絶えた。
 様子を見に行こう、とエースは思った。
「各聖地は地脈で繋がってるはずだけど、他の聖地のエネルギーで回復とかしてないのかな。
 クリソプレイスにも地祇がいるはずだけど……」
 あの日、聖地カルセンティンの地祇、かるせんは、もーりおんを助けて欲しいと乞うて来たが、クリソプレイスについては触れなかった。
 クリソプレイスの地祇はどうなっているのだろうか。

 ヒポグリフに相乗りしたもーりおんの様子がおかしい、と気付いたのは、氷雪地帯に入ってすぐだった。
「どうしたの、もーりおん、酔った? 寒い?」
 もーりおんは、真っ青になって硬直している。
 両手でぎゅっと、水晶のペンダントを握り締めていた。
 エースはヒポグリフを停めてもーりおんを下ろし、他の者達もペガサスを降りて様子を見る。
 不意にぼろぼろともーりおんが泣き出して、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が慌てて上着の前を開き、もーりおんの顔を懐に抱え込むように抱きしめた。
 もう此処は、春でも雪の深い氷雪地帯だ。涙などあっという間に凍ってしまう。
「エース。戻った方がいいです」
 エオリアの言葉に、エースも頷かざるを得なかった。

 大丈夫かと問えば、大丈夫、と答え、どうしたの、と問えば、ごめんなさい、と答える。
 何があったのか解らず途方にくれたエース達は、後日、かるせんに事情を訊ねた。
 かるせんは、話を聞いて、呆れ返った表情をもーりおんに向ける。
 ぽかりとその頭を殴った。
「少しは自分の頭でものを考えたら」
「どういうこと?」
 ぽかんとエースが訊ねる。
「クリソプレイスには行ったの」
「うん、俺とメシエで……。でも、封印されてて入れなかった」
「あそこは今、ザナドゥだよ」
「えっ?」
「ザナドゥが上がって来て、同化して、魔境化してる。
 他に広がらないように、地脈も断って封印してる。
 セレスタインみたいに切り離せないから」
「じゃあ、クリソプレイスの地祇は?」
「あいつは変わった。魔界の方のザナドゥに居る」
「そんな……」

 事件の後、イルミンスールの魔術師達が、クリソプレイスの封印を行った。
 教導団による定期的な巡視も行われ、異変が生じないか確認されている。
 それ以上の好転は無いのが現状だった。
 結界の中に入るなら、許可を得る必要があったのだ。
「じゃあ、クリソプレイスは元には戻らないの」
「結界を張って浄化してるし、女王が復活したから、千年くらいで浄化されると思う」
「千年!? そんなにかかるの?」
 驚いたエースに、かるせんは首を傾げる。
「早いと思う」
「早いと思うわ」
 リリアもエースにそう言った。
「穢れきった地が、元に戻るのって、相当大変よ」
 死んで沈黙した地ではない。闇が生きている地なのだ。
 それらを抑えながら浄化するのは、時間がかかる。
 もーりおんは、穢れにあてられて、体調を悪くしたのだった。
 泣いたのは、今のクリソプレイスやその地祇の現状を嘆いたのだろうか。
「ごめんね、もーりおん」
 エースが謝ると、もーりおんは首を横に振る。
「あんたは悪くない。悪いのはこいつ」
 かるせんは、じろりともーりおんを見た。
「バカじゃないの」
 詳しい事情は知らなくても、感じて解るものがあったはずだ。
「怒らないであげてよ」
 エースは責任を感じて、もーりおんの頭を撫でる。
「……何か、特効薬みたいのがあればいいのにね」
 自然とは、そう簡単に思い通りにはならないものなのだろう。