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うそつきはどろぼうのはじまり。

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うそつきはどろぼうのはじまり。
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リアクション



9



 師王 アスカ(しおう・あすか)に連れられて、ラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)は『Sweet Illusion』に来ていた。
 窓際、日当たりのいい、ラルムお気に入りの席に陣取って、ケーキやらプリンやら、アスカと一緒に食べる。
「フィルさーん! 春季限定ケーキ、とっても美味しい!」
「ありがとーう。パティシエさんにも伝えておくねー」
 アスカの褒め言葉に笑顔を向けた店主のフィルを見て、毎度ラルムは首を傾げる。
(いつもなぞなぞの人……?)
 女の人だったり、男の人だったり、あの人は不思議だ。よくわからない。
「そうそうフィルさん、知ってた?」
「何をー?」
「私とラルム、姉妹なの」
(……うゅ?)
 アスカの言葉に、疑問符が浮かんだ。
「アスカと僕って、姉妹だったっけ……?」
「あっラルムっ」
「誰かを巻き込んで嘘つくなら、ちゃんと抱き込んでおかなきゃ駄目だよー」
「うう……精進します……」
「……?」
 アスカは何故か、フィルに謝っているし。ますます疑問が募る。
 ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)ならこの話の流れがわかるだろうか。じっ、とルーツを見つめてみると、ラルムの言いたいことがわかったのか、ルーツは優しく教えてくれた。
「今日はエイプリルフールっていってね。一年に一度、嘘をついても許される日なんだ」
「えいぷ……?」
「エイプリルフール。ラルムも嘘を言ってみていいんだよ?」
(うそ……)
 プリンを食べながら、考える。嘘。本当のことと反対のこと。
(プリンおいしくない……? ううん、おいしい……)
 反対のこと、はなんだか微妙だ。嘘ではあっても言いたくない。
「はー……しかしここの紅茶は美味しいな」
「ねールーツくんさー、今の流れでそれ言うと、嘘っぽいよー」
「えっ? あっ! 違いますよ、本心ですって」
「なんちゃってー、うっそー」
「やられた……」
 考えあぐねていると、隣でフィルがルーツに対して嘘をついていた。ああいう、引っ掛けのような嘘も嘘だ。
「……あら? ラルム、悩み事?」
「ん……」
「はっはーん。悩みなんてなさそうだって思ってたけどすっかりお年頃なのね。いいわよ、ここはお姉さんとして私がちゃ〜んと話を聞いてあげる! さぁさぁ、言ってみなさ〜い?」
 お姉さん。アスカはまだ、嘘をついているのだろうか。
 なら、言ってみなさい、っていうのも嘘?
 それとも、嘘を言ってみなさいということ?
 考えすぎてわからなくなってきた。それに嘘も思い浮かばない。目が回りそうな中、アスカの装備に扮していたホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)を見て閃いた。
「あのね……?」
「うんうん」
「しょうらいは、ホープのおよめさんになりたい……?」
 ぴしり、と。
 空気に皹が入る異様な音が、ラルムにも聞こえた。アスカの表情が、固まる。
「嫌ーーーーー!!!」
 一秒後、『Sweet Illusion』にアスカの絶叫が響いた。座っていた椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、頭を抱える。
「認めない! ラルムが! ラルムがあんな毒舌チキンなんかの嫁になるなんて! 認めないわよ〜!!」
 鬼、というものを見たことはないけれど。
 アスカの表情は、「鬼の形相」と評するに値する、恐ろしいものとなっていた。
 こわい……と思っていたら、
「ラルム? 今なんて?」
 ルーツが、真剣な目でラルムに問いかけ――瞬間、何かがラルムの目の前を過ぎった。メニューブックだ。メニューブックが、ルーツの顔面に思い切り叩きつけられた。短く悲鳴をあげ、ルーツが目を回して倒れる。
 倒れたルーツの心配する余裕もなく、ラルムの身体が宙に浮いた。あっという間に店を出て、次にゆっくり辺りを見回すと公園にいた。
「この……いきなり爆弾かまさないでよ!」
 声に、恐る恐る顔を上げる。人間形態のホープがいた。肩で息をしている。
 ホープ、と声をかけようとしたら、
「俺の正体は兄さんに秘密なのはお前も知ってるだろ! なんてこと言うんだよ馬鹿ラルム!」
 早口でまくしたてられた。ぽかんと口を開けて彼を見ることしかできない。
(おこられた……?)
 なんでだろう。脳の処理が追いつかなかった。どうして怒られたのだろう。
(うそ、ついたから……?)
 きっとそうだろう。嘘をついたから、ラルムのことを怒っているのだ。もしかしたら、嘘つきなラルムのことを、もう、嫌ってしまったかもしれない。そう思うと怖くて、涙が溢れた。
「げっ……な、なんで泣くんだよ!」
「だって……ホープ、僕のこときらい?」
「なんでだよ! なんでそうなるのさ!」
「おこる……?」
「ああもうっ、怒ってないから! 泣かないでよ。……俺が一番泣きたいよ……」
 言葉の最後の方は聞き取りづらく掠れて、見ると、ホープも泣いていた。
 ホープが泣いていると、ラルムは悲しい。
 どうすれば泣き止んでくれるのだろう。自分だったら、何をされたら泣き止む?
 今まで泣いていたときにしてもらったことを思い出し、ラルムはホープの頭を撫でた。ラルムが泣くと、ルーツはこうしてくれるのだ。
「なかないで……?」
「……なんか、慰められてるしさ」
 子供相手に情けないな、と言って、ホープは涙を拭う。よかった、泣き止んではくれた。
「……兄さん、さすがに気付いたよな」
「……?」
「俺の正体。……そろそろ覚悟を決めろってことかな」
 独り言混じりのホープの声を、ラルムは黙って聞く。そうした方がいいと思った。
「そう考えると、ラルムの嘘のおかげかな。いつまでもこのままじゃ駄目だっただろうしさ。
 ……ありがとな、ラルム」
 礼を言うと、ホープは先ほどラルムがしたのと同じように、ラルムの頭を撫でた。とても優しい手だった。
 言っていることは、難しくてよくわからない。ラルムの嘘のおかげ、と言っていたけれど、自分が何に貢献したのかさっぱりだ。
(ホープが笑ってくれたからいいのかな……?)
 でも、と思い直す。
「僕……やっぱりホープのおよめさんになるね……?」
 決心して口にした言葉に、ホープは目を見開いた。金色の瞳が、揺れる。
「はっ?」
「うそはやっぱりいけないから、さっき言ったことは本当にしよ……?」
「本当って……」
「およめさんに、なる」
「〜〜っ!」
 ホープの顔が、みるみるうちに赤くなった。
「かお、りんごみたい……?」
「うるさいよ馬鹿! 大馬鹿ラルム!」
「なんで??」


 一方、『Sweet Illusion』では。
「う、ん……?」
 メニューでの顔面強打によって、短い間意識を飛ばしていたルーツが目を覚ましたところだった。
「大丈夫?」
 アスカはまだパニック状態から復帰していないため、フィルがそう訊いてやる。ルーツは右を見て左を見て、それからフィルに焦点を合わせた。
「顔が痛い……」
「メニューが直撃してたからねー」
「メニューが? ……そういえば、メニューが我に向かって飛んできたような……なんでだ??」
 どうやら何が起こったのかはわかっていないようだ。それもそうか。視界の外から高速で飛んできたのだから把握できるはずがない。
「アスカはどうして取り乱してるんだ? ん? ラルムもいない? ……、ラルムといえば、何かすごく聞き逃せないキーワードを聞いたような……」
 ついでに打ち所が悪かったのか、記憶が混乱しているようだ。面白いなー、と思いながら様子を見る。もし聞かれたら答えてやろうか。傍観者は楽しいなーと、不純な気持ちで。
「あ……そうだ! 思い出した!」
 ぽん、と手を打って、ルーツ。
「なーに?」
 促してやると、
「ここの紅茶の茶葉って、売ってたりしますか?」
「惜しい」
「えっ?」
「やーなんでもないよー。ああ茶葉だっけ、売ってるよーこっちでどうぞー」
 気付かなかったのなら、気付けなかったのなら、今はまだ知るべき時ではないということだ。
「楽しみだねー」
「? はい」