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第8章 強くなる陽射し

 衣料品店から、端正な顔立ちの男性がドラゴニュートと共に、出てきた。
 明るい、陽の光のもとへ。
「こっちはタシガンとは違って、日向を歩けば少し暑いくらいだね」
 眩しい太陽の光を浴びて、黒崎 天音(くろさき・あまね)は目を細めた。
 この時間、日陰はほとんどない。
「もう夏が近づいている感じだ」
「次にこうして出かける時は、帽子が必要だな」
 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、眩しそうに目を細める。
 春の終わりの陽射しは、結構厳しく。
 長時間歩いていたのなら、肌は焼けてしまうだろう。
「さて、何を食べようか」
 2人は今日、空京へ買い物に来ていた。
 そろそろお昼ご飯にしようと、店から出た所だった。
「あ、実は……」
「ん?」
 ブルーズが何かを言いかけたが、天音の視線は別の方向に向けられていた。
 さほど大きくはないオレンジ色のビルの側に、ヴァルキリーの女性の姿がある。
 ガラスクリーナーやスクイジーといった、掃除用具を持ち、窓ガラスを拭いているのは……良く知る人物。とはいえ、直接話をしたことはない。
 ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)
 シャンバラの女王であった人物だ。
 たとえ他人の空似であったとしても、黒崎天音がほおっておくはずもなく。
「こんにちは。ジークリンデ、さん?」
 彼女に近づいて、声をかけた。
 振り向き、真正面からみたその顔は――やはり、映像などで何度も見てきた、ジークリンデに間違いはなかった。
「こんにちは。お客さん? あ、もうお昼なのね。……私も休憩にしましょう」
 商売の邪魔になるし、と。
 ジークリンデは掃除用具を片付け始める。
「あ、ここ定食屋なんだね」
 そのビルの1階は定食屋だった。
 サラリーマン風の男性客で賑わっており、定食の他、カレーやうどんなどのメニューもあるようだった。
「せっかくだから、ここで食事していかない?」
 天音がジークリンデを誘うと、ジークリンデは首を横に振った。
「汚れてるから。派遣先のテナントに迷惑かけられない」
 そんな風に答えた。
 どうやら、彼女は派遣の仕事でこのビルの掃除をしているようだった。
「それならちょうどいい。……実は弁当を作ってきた」
 そう言ったのはブルーズだ。
「え? それは知らなかった」
「快晴と聞いていたからな。軽く行楽というのも良いかと思ってな」
「準備いいね」
 天音はくすっと笑って。
「それじゃ、公園で一緒にどう?」
 そう誘うと、ジークリンデは「喜んで」と頷いた。

 木陰にシートを敷き、ジークリンデ、天音を先に座らせた後。
 背負っていた鞄の中から、ブルーズはお弁当をつめた風呂敷を取り出した。
「おお……」
「うわっ」
 天音が風呂敷を開いてみると、中にはバスケットやパックが沢山入っていて。
 その蓋を開けていくと、卵焼き、ゆで卵、ハム巻、ちくわ巻、タコさんウィンナー、から揚げ、春巻き、海苔で巻いたおにぎり、サンドイッチ、ミニトマトにオレンジに、うさぎリンゴ。
 大勢でピクニックを楽しむ時のような、綺麗な色合いの美味しそうな料理が詰め込まれていた。
「なんだか、花畑に来ているみたい」
 ジークリンデはそんな感想を、ため息と共にもらして。
「いつもこんな、楽しくなるようなお弁当、戴いてるの?」
 天音にそう尋ねた。
「計画していた時はね。今日は僕も知らなかった。誰かと会う予感でもしてたのかな?」
 天音がブルーズを見ると、ブルーズは照れているのか目を合せず「かもな」とだけ言い、お手拭を配り、紙コップに水筒の麦茶を注ぎ、配っていく。
「いただきます」
 と、ジークリンデは言い、麦茶を飲んで息をついて。
「可愛らしい」
 まずは、タコさんウィンナーをとって、口に運び。
 海苔が巻かれた、梅干しおにぎりを、美味しそうに食べていく。
「君にとっては、パラ実の校長の話も、派遣バイトの一種なのかな?」
 天音が卵焼きをつまみながら、ジークリンデに軽い口調で尋ねた。
「ええ、就任したら、時給分しっかり働かせてもらうわ」
 ジークリンデは真顔で答えた。
「それは……頼もしいといっていいのか」
 ブルーズも、自分が作ってきた弁当に手を伸ばして、から揚げを一つとって、口に入れた。
 作ってから数時間経っているが、味は許容範囲内だった。
「これ、戴いてもいいかしら?」
 続いて、ジークリンデは春巻きを選んだ。
「ああ、食べてくれ。……天音もちゃんと食べてるか?」
「うん、味わって食べてるんだ。美味しいし……気持ちもいいからね」
 天音はハム巻をとって、ゆっくり自らの口の中に運んでいく。

「実は」
 あらかた、食べ終えた後。
 ジークリンデが鞄の中から、コンビニの袋を取り出した。
「おやつに食べようと思って、買っておいたものがあるの。よかったら、どうぞ」
 中に入っていたのは――3本入りのみたらし団子だった。
「ありがとう」
「戴こうか」
 天音とブルーズは、1本ずつ、みたらし団子を手に取った。
「今日はたまたま3本入りを買ったの。無意識のうちに――誰かと会う予感でもしてたのかしら」
 ジークリンデも1本団子をとって、3人で一緒に食べ始める。

 公園には、他にもピクニックを楽しむ家族の姿があり。
 子供達の遊び場として作られた池では、笑いながら水を掛け合っている幼子たちがいる。
 木陰のベンチには、仲の良いカップルの姿もあった。
 柔らかな風と、柔らかな空気に包まれている。
 まぶしい光が降り注ぎ、大地も人々も輝いていて。
 辺りには、幸せ、が溢れていた。