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リアクション
【攻防・2】
[収容室へこちら警備室。聞こえてる?]
テレパシーを送るのはソランの声だ。一方通信だというのは分かっているから、相手の了承を得ずに、そのまま続ける。
[400メートル先のエレベーターホールは各階制圧が終了したわ。BとCエレベーターが使えるから安心して皆を運んであげて]
内容そのままをキアラに伝えられたミミ・マリー(みみ・まりー)は予定より早かったと首を傾げる。一方キアラの方はアレクに言われた事を思い出してまた顔を青くしていた。穏やかな何も無さそうな人程危ないというのは矢張り本当なのだろうか。
「……ハインツ副隊長」
「え?」
「な、なんでも無いっス。さあ、皆を地上に連れてってあげるっスよ!」
「うんっ、そうだね。正直ここまでこれを運ぶのはキツかったから、やっと役に立つ時がきて安心してるよー」
ミミがそう笑いながら押すのは地上からこの地下深くまでミミが懸命に運んできた電動車椅子だった。
「でも寝てる人たちはどうしよう、無理矢理起こすっていうのもよくないかな?」
「私が清浄化を使ってくるよ」
エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が、言いながら傷や精神的ショックから深い眠りに有る被害者達を癒していく。
こうして準備を進めていると、託が腕を撫でさすりながら入ってきた。
「――寒っ」
収容室の狭い部屋の中に薄汚れた一枚毛布がかけられただけの三段ベッドが幾つも並び、その他には不衛生な剥き出しの便所しかない。更に廊下までは整えられていた空調がここだけは無いのか、妙に気温が低い。こうした劣悪な環境に契約者たちは眉をひそめるばかりだ。
「思っていたより酷いな」
小声で言った樹にキアラは小さく頷く。
「そうっスね。大所帯でこれてよかったっスよマジ」
隊に加えて契約者がきてくれたお陰で、此方の人数は多い。しかしこれがもし数人でも少なければ、制圧が可能だったとして混乱は避けられなかっただろう。
突入騒ぎの中できっと我先に逃げる人間が居るに違いない。人の倫理が、秩序が崩壊する。此処はそうさせてしまうような場所なのだ。
「……皆が居てくれて良かった」
誰にも気づかれぬ様に目を擦るキアラを、少し離れた位置で武尊が見守っていた。
「歩ける人はこっち、このお兄さんに着いて行ってくれるかな。エレベーターがあるけど、優先は体調が悪い人だからちょっと頑張って待っててね。
それからえーと……」
ミミの声に合わせて契約者やプラヴダの兵士が手を挙げる。
「看護担当の兵士さん以外に、今手を挙げた人や――僕もそうだけど、回復のスキルが使えるよ。
必要なら遠慮なく言ってね」
内容は勿論だったが、ミミのフランクな態度が一番収容されていた被害者達を笑顔にさせる。故意に傷つけられれば人は懐疑心が強くなり、誰も彼もが自分を傷つけるのではと思い込んでしまうだろうが、ミミのお陰で被害者達は安心して突入部隊に身を委ねてきた。
「彼が一番重傷です、お願いします」
「はい。任せてね。
皆は安心して、あのお兄さんたちに着いて行って」
その言葉にやっと助かるのだと言う安堵感から、被害者たちは目を潤ませて頷き、移動を始めた。
契約者達はその列を護る為に廊下の各所に配置されている。
「緊張してる?」
エドゥアルトと千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が顔を覗き込んだのは千返 ナオ(ちがえ・なお)だった。
武尊がキアラに言った通り、キアラと一緒に行動した契約者達は非常に優秀な能力と回転の早い頭を持ったものばかりだったから、列の真ん中に居たナオはこれまでこれといって戦いに参加してない。
だが突入部隊がバラバラになった今、警備員達と当たる確率は一気に高くなった。
はじめエドゥアルトはこのような場所にナオを連れて行くのを迷っていたが、ナオの意志は固かった。
「まず、かつみさん、この間の事はごめんなさい。
ずっと俺のこと守ってくれてたのに、酷いこと言いました……」
今回の事件の経緯を知った後、ナオは先日の事件の事を改めてかつみに謝った。
強化人間であるナオを――度重なる実験の末廃棄されようとしていたパートナーを以前救出した際の事を思い出し、凹みそうになっているかつみにナオはある種彼を叱咤するような願いを口にする。
「俺も以前はあっち側でした。
だからこそ『俺が』助けに行きたいんです。
お願いです、俺を守るんじゃなくて、俺に力を貸してください」
その言葉に、かつみは覚悟を決めたのだ。
(傷ついてもやりたいことがあるなら力になりたい。
きっと、他の契約者やパートナー達も同じなんだ。
誰だって仲間が傷つく事が平気な筈無いのに。
俺だけその覚悟がなかっただけなんだ)
そう割り切って、かつみは大事なパートナー達を此処へ参加することを決めた。
「大丈夫です」
ナオは二人に笑顔を向けると、同じ様に話し掛けようとしたノーンをぐりぐりする。
「いたた、なんでぐりぐりされるんだ」
良い感じに緊張が解れてくると、そのタイミングで警備員が現れる。
最古の銃を構えるナオ、その隣に立ってかつみも同じく黒薔薇の銃を構える。
パートナーを護ろうと必死になり彼等に心配されていたかつみ、そのかつみに言いたい事を言えずにいたナオ――、二人はこうして横に並んで戦おうと覚悟を決めたのだった。