校長室
【2024VDWD】甘い幸福
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30.穏やかな湖の町で ヴァイシャリーの街中を流れる水路にて。 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は、妻のリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)とともに、 ボートに乗り、ゆったりと街の風景を眺めていた。 普段は、街中から、水路を眺めているが、 今日は、逆に、水路から街を眺めている。 「全然違う雰囲気に見えて素敵でしょう?」 笑みを浮かべる博季に、リンネが太陽のように笑みを返す。 「うん! すっごく綺麗だね! それに、博季くんと一緒だから、とっても楽しいよ」 子どものように身を乗り出すリンネに、危ないですよ、と告げて、 それでも、博季は、幸せな穏やかな笑みを浮かべる。 やがて、ボートの上で、博季は包みを取り出す。 中から出てきたのは、チョコレートだった。 「これ、なんだと思います?」 「えっと……バレンタインチョコ、だよね?」 首をかしげるリンネに、博季は、 チョコレートを二つに分ける。 「何が入っていると思う? ……ふふ、リンネさんはわかるかな?」 リンネは、チョコレートを食べて、やがて、目を丸くする。 そして、やがて、表情は喜びに満ちたものへと変わる。 「これって、去年、ニルヴァーナで……!」 「ええ、そうです」 昨年の初夏、アーリー・サマー・ニルヴァーナで、 二人がニルヴァーナを訪れた時。 リンネが博季へと誕生日プレゼントに贈ったハーブであった。 「ありがとう、博季くん。 とってもうれしいサプライズだよ!」 「いえいえ。あの時、僕はとってもうれしかったので。 ほんのお返しです」 「あ、あのね、博季くん」 「ん、どうしたんですか?」 「ううん、なんでもないよ!」 口ごもった後、 リンネが、チョコをくわえて、そのまま口づけする。 チョコを受け取り、博季はリンネを抱きしめた。 ■ さらに、街中が見渡せる、見晴らしのよい場所。 そこまでボートを漕いで。 博季は、真っ赤な薔薇の花束と一緒に、 ラッピングしたチョコレートを取り出した。 「さっきのチョコとは配分が少し違うから、楽しみにしててね。 いつも有難う、リンネさん。愛してます」 「ど、どうしよう、博季くん、すごい。 魔法使いみたいだよ!?」 「ふふ、僕たち、二人とも、魔法使いじゃないですか」 「そ、そうだけど、でも、あんまり素敵すぎて……!」 リンネが、サプライズに顔を紅潮させる。 「ありがとう。 二つももらえるなんて。 でも、私は……」 リンネが言いだしづらそうなのを見て。 「どうしたんですか、リンネさん?」 博季に穏やかに優しく促され、 リンネは観念したように、用意したチョコレートの包みを渡す。 「これ、すごく不格好だけど……一生懸命作ったんだ」 「リンネさん、もしかして……」 博季は、リンネの手袋を外して、傷だらけの手を見て絶句する。 2月のヴァイシャリー、防寒のためにつけていたのだとばかり……。 「えへへ。博季くんにバレたら心配するかもって思って。 湯煎でチョコとかしたりするのって、けっこう難しいよね? 博季くんはすごく綺麗に作れてすごいな。 だから、さっきも恥ずかしくて、渡すのどうしようか迷ったんだけど……。 私の想いをいっぱい込めたのには変わりないから、 博季くんなら、きっと受け取ってくれると思って」 「もちろん、うれしいに決まってるじゃないですか、リンネさん……!」 博季はリンネをぎゅっと抱きしめる。 「リンネさんのかわいい手がこんなに……すぐに手当てしますから」 「大丈夫だよ。ちょっと火傷したり切ったりしたくらいだし」 「いえ、とんでもないです! リンネさんの身体に、傷でも残ったら……! それに、リンネさんの手に、もう一度、指輪をって、思ってたんです」 「え、どういうこと?」 思わぬ言葉に、リンネの目がまた、丸くなる。 「今、ちょうど、結婚式の準備や、ドレスの試着会やってるじゃないですか。 僕らの結婚式は結構どたばたにしちゃったから…。 友達や、お義父様やお義母様、僕の義父さんも呼んで、 盛大に結婚式挙げるのもいいかもって思ってたんです。 今度は日本式でもいいかもしれませんね」 「え、それって……本当に、いいの!?」 「ええ。リンネさんの笑顔が、僕の幸せ。 この幸せを、もっとたくさんのひとにわけてあげたいじゃないですか」 「うん、とってもうれしいよ! ありがとう! ふふ、博季くんのかっこいい花婿姿、もう一度見られたらうれしいな。 紋付き袴もきっと似合うよね?」 「リンネさんこそ、かわいい花嫁衣装が見られたら夢みたいです」 「私……博季くんが旦那様になってくれて……本当にうれしいよ。 私のこと、いつだって考えてくれて……。 喜ぶことをいつだってしてくれて……いつもありがとう」 「リンネさんこそ、僕の幸せはいつもリンネさんのおかげですよ」 「ほんとにありがとう、博季くん!」 「わっ……!」 抱きついたリンネを抱える博季は、 ボートの上なのでバランスを崩しかけたが、しっかりと支えた。 二人は、顔を見合わせ、笑い合った。 そして、やがて、そっと静かに、口づけを交わすのだった。