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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第3章 選択

 葛葉に、依頼者への義理など欠片もない。だが――
(……保名様を救う為、白を切ってでもチャンスを待たなければ……)
 拘束されて以来、彼はそう思っていた。殺意を内に秘めて状況を見極めようとしていたが、清明の説得をあれこれと聞いていると揺らぐものが何もないかといえば嘘になる。自分達が手を引けば、清明は好きな研究が出来るのだ。
 しかし、それでは最愛の妻は救えないままだ。『ブリッジ』からの報酬は葛葉にとって必要不可欠なものであり、これを超える優先事項は存在しない。
「管理動物数体の死亡、管理人の重症に、変形機晶ドッグ大破……他、広範囲に渡る毒散布……細かい負傷等もありますが、主な被害は以上……ということですか」
 そう考える彼の前で、リュー・リュウ・ラウンを訪れたソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)は、襲撃に因って出た被害を確認していた。数時間前まで悪人商会の人の流れを調べていた彼女は、ルークから話を聞いてツァンダに移動してきていた。一通り手帳にメモをして周囲を見回し、主な状況説明をしたフィアレフトに言う。
「ご自分の被害を忘れているようですが」
「えっ、わ、私……ですか?」
 言われて、フィアレフトは改めて自身の状態を見直した。衣服もそうだが、腕や脚の皮膚部分が焼けて金属質の内部が露出している。顔の皮膚の一部もめくれ、傍から見ればちょっとしたホラーだろう。体内も何箇所か修理が必要なのだが、機能停止する程のものではないので放置していた。
「や、やっぱり見苦しいですかね……。ここには人工皮膚の予備とかが無いので直しようがなくて……痛みとかは感じないですし、あまり問題はないんですけど」
「……上からコートを着て隠すとかしたらどうでしょうか。顔や脚には、包帯か湿布を使うという方法があります」
「そうですね……本当は修理もしたいんですけど……」
 それを聞いたファーシーが「修理?」と反応した。笑顔になった彼女は、「それなら、道具持ってるから直せるわよ」とフィアレフトに言う。
「えっ、えっ!?」
「大丈夫でありますよ! 最近、ファーシー様はすごく上達しているであります、スカサハもアクア様もついてますから!」
 少女の動揺の理由を察してスカサハが言うと、「そ、そうですか?」とフィアレフトは彼女達の方へ行って近くに座る。その様子を見ていたソフィアは、手帳に書かれた内容に再び目を落とす。フィアレフトにラスとその家族達の居場所を訊ねると、階段を上がっていった。

              ⇔

「とりあえず、ここと隣の部屋を借りられたから。2人はここで大人……しくしていてください。帰る気は……無いんですよね?」
 ピノの部屋の向かいとその隣は元々受験者達が使っていたが、彼等は襲撃の際に避難してそのまま帰っていった。空室に両親を案内したラスは、リンを前にしていることもありぎこちない丁寧語で2人に言う。智恵の実を使ったのだから確実に記憶は戻っているのだろうが、まだ、どうにも実感が沸かずにどこか半信半疑になってしまう。
「もう、そんな言葉遣いしなくてもいいのよ。親子なんだから」
「いや、んなこと言われても……」
 母親らしく微笑まれてたじろぎ、「じゃ、じゃあ」と、護衛としてついてきていた望とザミエルを連れて退室しようと廊下に出る。
 だが、その数秒後――向かいから歩いてきた女性に名を確認され、結局彼はまた両親の居る部屋に戻ることとなった。

「それで、拘束した2人の他に首謀者である未来人と、リンさんに似た女性がまだ捕まっていないと……ラスさん」
「……何だ?」
 ルークのパートナーだというその女性は、会うのは初めてですね、と自己紹介をしてから手帳にメモした内容を1つずつ確認してきた。ああ、あの時に警察や救急車を呼んでシャッターを開けた女か、と思いながら話に相槌を打っていると、ソフィアはここからが本題だという雰囲気でラスに言った。
「あなたまで殺害対象に入っていたのは、このもう1人の女性が関係しているのではないかと思います。未来の出来事とどう関係しているかは不明ですが、状況を考えると、あなたとピノさんだけではなくご両親も危ないかもしれません」
「…………」
 椅子に座ったラスは、まさかとは言わずに黙り込んだ。その可能性を考えなかったわけではない。上空に現れたリンからは、何か、嫌な予感がした。
「あなた方を教導団で庇護する事も可能です。どうしますか? ラスさんが望むのなら私が上に掛け合います」
「……教導団で?」
「本来ならば、このような確認などせずに重要参考人として身柄を押さえて事情聴取及び身の安全を図るべきなんですが……今回は事情が事情です。その判断は当事者であるあなたに委ねたいと思います」
 全く想定していなかった提案に眉根を寄せる彼に、ソフィアは事務的とも言える口調で説明した。その彼女に、覚が問い掛ける。
「どういうことかな、俺とリンも危ないというのは……」
「その女性が上空に現れた時、悔しそうな顔をしたんですよね。まず、喜んではいなかった……現状、警戒しないよりは、しておいた方が良いのではないかと」
「そ、そうか……つまり、根拠は無いんだな、良かった……」
 覚は安心した顔になって、隣のリンに笑いかけた。狙われないに越したことはない。表情を曇らせて何か考えているらしいリンを安心させる為にも、彼は笑った。そして、怒られた。
「馬鹿っ! 良くないわ! 子供達に何かあったらどうするのよ! せっかく……」
 そこで、リンは俯いた。涙を浮かべかける彼女に、目を丸くしていた覚は宥めるように声を掛ける。
「大丈夫さ。あの女性が仮に君と関係していたとしても……君が家族を、ラスやピノちゃんを殺そうとする筈が無いだろう? その、フィーちゃんの幼馴染みだという男の子を何とかすれば……」
「……いいえ、私ならやるかもしれないわ! 理由さえあれば……」
 だが、リンは夫の言葉を強く否定した。自分で言うなよ、という空気が束の間漂う中、ソフィアがラスに答えを迫る。
「それで、どうしますか? ラスさん。軍や警察に事件を解決してもらうか、自分達家族で解決を目指すのか。選ぶのは、あなたです」
「俺が……?」

 両親のやりとりを――主に恐ろしい発言をしたリンを見ていたラスは、若干の驚きと共に迷いを見せた。正直な気持ち、ソフィアは『未来の危機』などという不確かな情報で軍を動かすわけにはいかないと思っている。ただ、不可能ではない事を選択肢の1つとして提示しただけだ。
(出来るなら、自分達で解決する気概を見せて欲しいですが……)
 そう思いつつ返事を待っていたが、ラスは答えを保留にした。何を考えたのかは不明だが、まだ迷いが消えないようだ。
「もうちょっと待ってくれないか? 今の段階じゃ、どうにも……」
 階下から、ガラスの砕ける派手な音と、騒然とした空気が流れてきたのはその時だった。
「う、うわっ……!?」
 何かの条件反射なのか、覚が必要以上にびくっとする。
「何だ、第2弾か……?」
 ラスとソフィアは、顔を見合わせてからノート達と一緒に1階へ戻った。覚とリンも、その後に続く。不安もあるのだろう、「そこで待っていてください」と言っても、非契約者の2人に待つ気は毛頭無いようだった。