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バカが並んでやってきた

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第7章


「あの結界さえ破れれば、一気に形勢を逆転できる筈だ……行くぞ、歌菜!!」
 月崎 羽純は遠野 歌菜と共に『聖邪龍ケイオスブレードドラゴン』に乗り、街の中心にそびえ立つ闇の柱を目指した。
「うんっ、魔法少女アイドル、マジカル☆カナにお任せよっ!!」
 アルティメットフォームで魔法少女へと変身した歌菜は、空中から接近する自分達に応戦するために、無数の闇の触手が迫って来ていることに気付いていた。
「来たわよ、羽純くん!!」
「――ああ、分っている」
 手にした槍で闇の触手を薙ぎ払う羽純。数度槍を振るうと、闇の柱とその結界の主――秋将軍を目視することができた。
「将軍は無視だ、このまま一気に接近するぞ!!」
「はいっ!!」
 羽純と歌菜はめいめいに槍を駆使して迫り来る触手を攻撃し、少しでも早く闇の柱に接近しようとする。
 しかし、当然のことながら闇の柱に近づけば近づくほど触手の数と攻撃の激しさは増していく。秋将軍自体は他のコントラクターが交戦中で、こちらに攻撃をしてくる様子はないが、それはこの闇の触手自体に充分な自衛能力があることの裏返しのようにも思えた。

「……負けるもんですかっ……!!」
 多数の触手に包囲されつつも、歌菜は気勢を上げる。
「恋歌ちゃんと約束したんだもの……!!」
 だが、気合とは裏腹に触手の勢いが弱まることはない。槍の攻撃も効果がないわけではないが、何しろ数が多い。

「ちっ……キリがないな……歌菜、分散するよりも一点に集中して……」
 歌菜に指示を出そうと視線を送った羽純の視界に、歌菜の死角、遠くから闇黒魔法で攻撃を仕掛けようとしている触手が映る。

「危ない!!」
 考えるより、身体が先に動いていた。
「え?」
 羽純は素早く歌菜と位置を入れ替え、触手から発射された闇の弾を背中に受けてしまう。
「ぐうっ!!」
「羽純くんっ!!」
 羽純の端整な顔が苦痛に歪んだ。コントラクターとしての能力が低下している今の彼らにとって、敵の攻撃のひとつひとつが致命傷になる可能性を持っている。

「――だ、大丈夫だ……」
「羽純くん……どうして……っ!!」
 羽純の傷の様子を見る歌菜の叫び声が響く。その間にも触手は次々にその口を開き、次弾の準備を始めた。
「どうして……? 俺達は、夫婦だろう……夫が妻を守るのは、当然のこと……」
 歌菜を庇った羽純の傷は深い。その言葉に嘘偽りはないが、現状では強がりに過ぎないことは歌菜にも見て取れた。
「バカっ、そんなこと……」
 何事かを羽純に告げようと歌菜は言葉を発するが、それは周囲の触手から発射された無数の闇弾によってかき消されていく。

「きゃあああぁぁぁっっっ!!!」
「うおおおぉぉぉっっっ!!!」

 二人の叫び声が上がる。その瞬間に行動したのは、やはり羽純だった。

「歌菜は、俺が守る……っ!!」
 力を振り絞り、立ち上がる。
「羽純くんっ! やめてっ!!」
 羽純が手にした槍が大きく振り回され、槍から発せられた衝撃波が闇の弾を次々と相殺した。
 しかし、そのうちの幾つかは衝撃波をすり抜け、立ち上がった羽純の身体にヒットしてしまう。
「ぐっ!!」
「羽純くん……きゃあっ!!」
 そして、二人の隙を周囲の触手は見逃さない。長く伸びた触手の数本が二人を絡め取り、拘束した。

「う……動けない……!!」
「……!!」
 体中に絡みつく触手にもがきながら、歌菜は羽純に視線を移す。闇の弾に受けたダメージのせいか、絡みついた触手に満足な抵抗もできていない。最悪、意識を失っている可能性も考えられる。
「羽純くんっ、しっかりしてっ!!」
「ぐ……!!」
 まだ余力のある歌菜よりも、先に羽純を戦闘不能にしたほうが効率的だと踏んだのだろう、多くの触手が羽純の方に向かおうとしているのが分った。
「あ、こらやめなさいっ!! 私はまだ――」
 もちろん、そんな事を触手が聞くはずもない。羽純への拘束を強め、締め上げる。
「くっ……この……離しなさい!!」
 必死に抵抗する歌菜。しかしあがけばあがくほど闇の触手は絡みつき、自由が奪われていく。
 羽純の至近距離でまた触手の先端が開いた。先ほどの闇弾をまだ浴びせるつもりなのだ。

「や、やめて……羽純くん、目を覚まして……!!」
 二本、三本。次々に触手が羽純の周囲に集まり、次々に口を開けた。

「やめて……やめてぇぇぇっ!!!」

 歌菜の悲痛な叫びが響いたその時。


「たあああぁぁぁっっっ!!!」


 闇の結界の中を、まるで矢のようなスピードで飛来するものがあった。

「……あれは!?」
 それは、永遠に燃え続ける黒き不死鳥『モリガン』に乗った博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)であった。
「――ハッ!!」
 裂帛の気合と共に、手にした守護剣『エイルゲット・ラム』がうなりを上げる。
「――!!」
 モリガンに乗って一直線に飛んできた博季のスピードはかなりのもので、あっという間に羽純と歌菜の間をすり抜けてしまった。
 しかし、その一瞬で博季は二人に絡みつく闇の触手を切り裂いたのである。
「――大丈夫ですかっ!?」
 勢いをつけて突進してきた博季は、そのまま闇の柱へと向かう。もし必要があれば戻って二人を救援しなければならないが――


「羽純くん!!」
 ドラゴンの背中で羽純を抱き締める歌菜。
「……う……歌菜……無事だったか……良かった……」
 意識を取り戻した羽純に、しかし歌菜は泣き顔を見せることになる。
「なんで、なんであんな無茶……!」
 その涙をそっと拭って、羽純は辛うじて笑顔を見せた。
「バカだな……言ったろ……妻を守るのは夫の役目だ……歌菜を守れたなら……俺は満足……」


「――ばかっ!!!」


 羽純の右頬がぱちんと鳴った。
「――歌菜……?」
 歌菜が左手で羽純の頬を叩いたのだ。ぼろぼろと、瞳から大粒の涙がこぼれる。
「羽純くんのばかっ! そんな風に守られても嬉しくない――私、ちっとも嬉しくないよっ!!」
「……歌菜……」
 歌菜の瞳を見つめる羽純の頬に、そっと左手を添える歌菜。その薬指には、薔薇のモチーフが掘り込まれた結婚指輪がある。
「思い出して……私達は夫婦よ。
 妻を守るのが夫の役目だって言うなら、夫を守るのも妻の役目……それが夫婦でしょ。
 片方が一方的に守られるような、そんな関係じゃない。
 お互いがお互いを守って、助けあって……私達は、そんな風にして……ここで……このパラミタで、生きてきたんじゃないの……!!」
 歌菜の左手の指輪――その中心にあるピンクダイヤが歌菜の涙を反射するように、きらりと光った。
 やがてその左手は、羽純の右手に包まれていく。
「歌菜……すまなかった……俺は……」
 その右手に強く、そして優しい力が込められていることを感じた歌菜は、大きく頷いた。
「うん……よかった……」
「……どうやら、この結界は肉体的な制限だけでなく、精神的にも悪影響があるようだ。
 コントラクターの能力をより制限するということは、パラミタの生物は強く影響を受けやすいのかも知れないな」
 歌菜の左手に、改めて羽純の左手が繋がった。羽純の結婚指輪のブルーダイヤが二人の絆の強さを確認するように、美しく輝いた。

「――ハッ!!!」

 羽純の気合と共に、両手の槍が素早く振るわれ、周囲の触手が一瞬で掃われた。
「歌菜、この触手には物理攻撃だけでは効果が薄い――狙いを集中して、一点突破だ!!」
「――うん、分った!! こんな小細工をしないと戦えないような卑怯者に、負けてたまるもんですか……!!」
 新しく迫り来る触手を次々に薙ぎ払う羽純、その合間を縫って、歌菜は高らかに歌声を上げた。

 いち早く闇の柱の根元に到着した博季は、その様子を満足気に眺めていた。
「……無用な心配だったようですね……モリガン!!」
 博季の頭上で護衛に徹していた聖獣に呼びかけると、モリガンは羽純と歌菜の近くまで飛び上がり、その炎で次々と触手を焼き払う。

「行くぞ歌菜、全力だ――!!!」
「はい、羽純くん――!!!」

 モリガンの誘導に従って、歌菜の歌声がボルテージを増していく。力強く、そして勢いを増して、朗々と。
 エクスプレス・ザ・ワールド――歌菜の周囲に歌声を具現化した魔法の槍が無数に出現した。
 その魔法の槍に先んじて、羽純の槍がうなりを上げた。

「でやあああぁぁぁぁっ!!!」

 モリガンの先導にケイオスブレードドラゴンが続き、その背に乗った羽純の『剣の舞』が炸裂する。
 美しい軌跡を描いた二本の槍が、幾多もの触手を払いのけ、闇の柱の根元への道を開けた。そこに。

「いけえええぇぇぇっ!!!」

 歌菜の魔法の槍が降り注いだ。羽純が切り開いた道を真っ直ぐに通って、無数の槍が雨のように闇の柱の根元へと攻撃を加える。

「――よし……これなら……ウィンターさん!!」
 歌菜の攻撃は闇の柱に一定の効果があったようで、触手が取り払われるとともに、柱の一部に大きな穴――ほころびを作った。
 博季の呼びかけに応じて、ウィンターの分身が博季の横に並んだ。
「どうするでスノー!?」
「この穴を固定し、広げます。結界の中心であるこの柱を外から破壊するのは困難でしょう……でも、内部から押し広げることができれば、中のカメリアさんへの呼びかけが通じやすくなるかも知れません」
「――分ったでスノー!!」
 ウィンターの分身が博季の背後からひとつの魔法陣となり、博季のサポートにあたる。背後にまるで太陽のような暖かさを感じながら、博季は呟いた。

「命育む、陽光のブースト――」
 そっと、柱の根元に両手を添える。


「我、育むは――根源たる命ッ!!!」


 気合と共に博季の『エバーグリーン』が発動する。
 ウィンターのブーストで強化された魔法は急速な勢いで闇の柱の内部で植物を成長させ、あっという間に一本の巨木を作り上げた。

「……これは……」
 一度上空に旋回した羽純は、闇の柱の頂上付近までその樹が伸びているのを見た。
「すごい……でも、これなら確かにカメリアちゃんと相性がいいかも……」
 しかし歌菜は、まだその樹がまだ変化し続けていることに気付いた。
「そんな……まだ成長するのっ!?」

 闇の柱の根元で、魔法陣を展開する博季は、祈るような気持ちで魔法をさらに強化する。


「……カメリアさん……待っていてくださいね……お兄さんですからね、僕。僕たちみんなで、助けますから……!!」