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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●雅羅とバーベキュー

 渓流がさらさらと流れる。
 谷間を吹いてくる風は涼しい。
 背にはなだらかな山が連なり、空は晴れ、心和む光景である。
 といっても、白波 理沙(しらなみ・りさ)たちは、そう和んでもいられないのだ。
「んーと、そこの肉はもういいわね。あ、そろそろそっちの野菜も取らないと焦げるわよ。ほら、早く早くっ!」
 なぜなら理沙たちは雅羅・サンダース三世を迎えて女子五人、夏のバーベキュー大会を行っているのだから。
 理沙は鍋奉行ならぬバーベキュー奉行として、炭火焼きコンロを取り仕切っていた。
「はい雅羅、それ取ってね」
「え、えーっと、これ?」
 雅羅は少々、いや、かなり戸惑いつつも、理沙のてきぱきとした指示に従っていた。
 なるほど理沙の指示通り肉を選べば、最良の状態を味わうことができる。奉行の目はまるで鷹の目だ。
 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)も奉行補佐(?)としてなかなかの腕前、
「あ、華恋さん。そこのお野菜を取ってくださいませ」
 と、理沙の指示の合間に、的確なサポートを行っている。理沙とチェルシーは阿吽の呼吸、サッカーでいう2トップのような絶妙のコンビネーションを発揮していた。
 ところがいまいちこの波に乗れていないのが愛海 華恋(あいかい・かれん)だ。
「うぅ……理沙もチェルシーも焼き肉奉行だからなぁ……」
 華恋の箸はうろうろ、コンロの上をさまよう。
「『そこ』ってどれ? これ? あれ? えーと……」
「ほらこれですわよ。焦げてしまいますわ」
 こんな感じでチェルシーの指示が飛ばなければ、炎の上で遭難してしまいそうだった。
 そんな中、マイペースを貫くのがレミリア・シンクレア(れみりあ・しんくれあ)である。
「皆、食べないのか? 美味しいぞ?」
 などと言って、肉が生でも平気で食べてしまう。ドラゴニュートゆえなんてことはないのだろうが、待ちきれなくなればまだ焼けていない肉どころかパックから直接肉を取りムシャムシャ食べるという始末だ。
 これを見て理沙は苦笑いした。
「レミィは……まぁいいか……」
 レミリアの強肩、いや、強胃袋には敬意を表したい。色々と。
「そういえば、雅羅とバーベキューするのって久しぶりよね」
 忙しく食べ、かつ焼きながら、理沙は懐かしげに目を細めた。
「そういえば……いつ以来かな?」
 タレに肉をひたしつつ、雅羅は小首をかしげた。
「ずっと前の七夕ですわ。『ダディクール』、覚えてます?」
「ああ、思い出した思い出した! 懐かしい!」
「ふふっ、本当に懐かしいですわね♪ あの時とはメンバーは違いますけど今回も楽しいですわ」
 チェルシーは笑みつつ、急に、
「はい華恋さん、そちらのトウモロコシが焦げる前にどうぞ」
 と、奉行サポートに戻ったりする。
「どれ? これ?」
 しかし華恋が迷っているうちに、
「これか?」
 レミリアがターゲットをさらってしまった。なおレミリアは同時にガサッと、コンロの上の肉をあらかたさらってしまうという大胆不敵ぶりだった。
「レミィさんのペースが速いからどんどん焼かないと追いつきませんわ」
「ま、皆の分まで食ったりしないから安心しろよ」
 はっはっは、とハンサムに笑うガール、それがレミリアなのである。
 なお今日の食材は、すべて華恋が用意したものだ。一般的な尺度からすれば「えっ! そんなに!」というほどの量だったが、正直、これでちょうどいいくらいになりそうだ。
 ――予想通りですわ……材料を多めに用意しておいて正解でしたわね。
 内心華恋は胸をなで下ろしている。
 かくて続いた楽しい炎と肉の祭典は、レミリアのこの一言で終了とあいなった。
「いやあ、満腹満腹。それにしても皆、小食なんだなぁ……」
「いや、レミィが大食なだけだと思うんだよ、ボクは」
 とはいうものの華恋も充分に胃を満たし、川原の岩に腰掛けて涼を取っている。
「さて、ではわたくしは片付けをしませんと」
 食べ終えたばかりだというのにもう、チェルシーは作業に入っている。
「手伝うわ」
「私も」
 理沙と雅羅が申し出るも、
「一人で充分ですから」
 チェルシーは首を振った。
「お二人は散歩でもしてきてくださいな」
「いいの?」
「はい。レミィさんが食べ尽くして下さったので残飯もありませんし……」
 理沙が「華恋とレミィはどうする?」と訊く前に、
「あたしは食休みだよ」
 レミリアはどてっと座って手を振った。
「ボクも体が重いや……」
 華恋もまるで、打ち合わせていたかのように言う。
「うん。じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな」
 理沙は雅羅と並んで、川原道を歩き出したのである。
 三人は気を遣ってくれたんだ――そのことに、感謝する。

 水の流れる音を楽しみながら、しゃくしゃくと、川原の石を踏んでゆく。
 理沙と雅羅の会話はいつしか、思い出話になっていた。
「それにしても雅羅と初めて会ってから随分経つわね。あの時は新入生に挨拶しとこうって思って声をかけただけだったんだけど……」
「そうね。もう四年を超えるのかな」
「いつの間にか一緒に沢山遊びに行くようになったわね」
「いつも楽しかった。理沙といるのは」
「私も」
「……」
「……」
 ふと会話が途切れる。 
 理沙の靴先が、丸い石に当たった。
 石は滑るように飛んで、ぽちゃんと水に入った。
 理沙は小さく息を吸った。
「そして今では私の一番大切な人。雅羅、アナタに出会えて良かったわ。私はこれからの未来も雅羅の隣を一緒に歩んでいきたいな……」
 自分の想いはもう伝えている。雅羅とはすでに親友、でも、それ以上の存在になりたいと。
 意を決して理沙は問うた。勇気が、必要だった。
「まだ、アナタの隣を歩む人は誰か、答は出ないのかしら……?」
「出てる」
 雅羅は、左手で理沙の右手を握った。
「理沙……こんな私で良かったら……その……ええと……『恋人』って呼ばせて」
 雅羅だって緊張しているのだろう。指先から、鼓動が伝わってくる。
 耳が熱くなった。耳だけじゃない、顔もだ。
「そ、それ……本当!?」
 理沙は雅羅の顔を見た。
 雅羅は、黙ってうなずいた。
 戻ろう、皆のところに。そして紹介しあおう。
 理沙の恋人は雅羅だと。
 雅羅の恋人は理沙だと。