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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●思い出の……サマー

 じーわじーわと蝉が鳴く、どこで鳴いているのだろう。
 ここは大都会空京のど真ん中だというのに。それだけ蝉もたくましいということだ。
 そしてこのじーわじーわ暑い中、空京某テレビ局の玄関口にて、卜部 泪(うらべ・るい)に土下座せんばかりの勢いで迫る少女の姿があった。
「最初に懺悔します。卜部泪お姉様のことをこれまで『とべ るい』だと思ってました。二年間もです。ごめんなさい」
 初対面第一声がこれ。
 なんというご挨拶よ、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)
 相手が泪でなければ、「ホワーッ!」と頭突きの一撃でも喰らいそうな衝撃のカミングアウトではないか。
 けれど泪、そこは穏やかに、
「いいんですよ。気にしないで、『とべ』だったら跳躍力があるみたいで素敵です」
 と許した。
「それで、なにかご用ですか?」
 泪は仕事を終えこれからオフなので、余裕をもってレオーナに応じた。
「あたし、不審者じゃありません。ト部お姉様には初絡みというか、初対面なんで舞い上がってしまっているだけなんです。絡み……うふふふ……」
「レオーナ様! レオーナ様! 白昼堂々妄想は不審者すぎます!」
 さすが付き合いが長いだけあって、レオーナのパートナークレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)は即座に彼女にツッコんでいた。
「おっといけない! 絡みという言葉の響きに、淫美な妄想に飲み込まれるところでした」
 しゃきっとレオーナは現実世界に帰ってくる。
「実は今回、とっくに三十路前後だというのに、もう何年も第一線で活躍し続ける卜部泪お姉様に、弟子入りというか見習いとしてこき使っていただくことを直訴しにきたのです! おっと、『三十路前後』というのは、あくまであたし調べの勝手なデータですが!」
「ああ、そう……」
 年齢の話はNGなのか、泪はあまり面白くなさそうな顔をした。
「推定三十路前後のお姉様の近くで、日々の過ごし方を見習うことで、推定三十路前後という曲がり角でも愛される驚異のキャラ付けを勉強したいんです!」
「こ、この短い時間で四回も……『三十路前後』て四回も……!」
 本当に年齢の話はNGっぽい。泪はもう、はっきりと不快な顔をしていた。
「ちょっと……レオーナ様!」
 クレアは辛抱できなくなって声を上げた。
「推定三十路前後のかたに、年齢を言うのは失礼ですよ!」
「いやしかし『三十路前後』は大切な大切なキーワードっ!」
 レオーナはクレアの制止を振り切って続けた。
「あたしはパラミタに来て二年、『百合ゴボウアッー!』なキャラで渡り歩いてきました。しかしこのままでは進歩がない、これから先、この程度のキャラ付けではとても生き残れそうもありません! そこで、推定三十路前後という厳しい環境下で生き残るト部お姉様の元で研鑽を積みたいと思ったのです!」
 クレアはレオーナに飛びかかって羽交い締めをかけた。
「だから三十路前後を強調して言うのは失礼でしょうっ! 本当のことでも、言って良いことと悪いことがありますっ! そもそも、今は推定三十路前後のアイドルもいるんですから!」
「えー? しかし三十路前後という逆境を抱えていることががこの場合大切なんて……! ト部お姉様なら、これはもう、どこに出しても恥ずかしくない、天下御免の推定三十路前後だから……」
 ついに、怒り、爆発ッ!
「ホワーッ!」
 卜部泪のダイビング頭突きがレオーナの額に飛んだ!
「アッー!」
 一撃でレオーナは昏倒し、真夏の灼熱のコンクリートに倒れ込んだ。
「そんなに学びたいなら教えてあげる……」
 ふふっ、と黒い笑みを浮かべて泪は、気絶したレオーナを担いでいずこかへ立ち去ったのである。
 そんな泪を見送って、
「これ……誘拐? それとも弟子入りの第一歩……? どっちにしろ……」
 クレアはぽつりと言った。
「自業自得、ですわね」
 自分も結構言っていた、という事実は、とりあえず棚上げしておく。

「うう……」
 目を覚ましたレオーナは、自分がどこか知らない一室の、ベッドの上に寝かされていることに気がついた。
「ここは……? あっ、お姉様!」
 自分は縛られている。手首を布のようなものでしっかり拘束されて、その端をベッドに結わえられている。
 その状態で、泪に見おろされている。
「ここ? 私の自宅です」
 泪はふふっと微笑んだ。
「いけない子……私に弟子入りして、何を学ぶつもりだったのかしら?」
「お……お姉様の柔肌に触れたいという意味ではなく汗をお拭きしたり……とか!」
「そう」
 泪は目を細めた。
「汗の拭きかた……ではそこから、教えてあげませんとね……三十路前後の女のテクニック、ようくその身で学習することね」
「お、お姉様……何を! あ、あ……そんなこと……だめっ……アッー!
「変な声出さないで下さい。汗を拭いているだけじゃないですか!」
「いえ、でも……」
 なぜかレオーナは、涙目になって訴える。
「どうしてもそういう展開を、求められているような気がするのです……百合百合な……それこそ、『思い出のお姉サマー』って!」
 ギャフン。

 お後がよろしいようで。