リアクション
*********************** 最近も、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とその周辺は慌ただしい。 喜ぶべきことはあった。メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)とリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の電撃結婚だ。思わぬ朗報であり、エースたちはこれを温かく迎えた。 一方で、喜びをもって迎えるには複雑な話もある。 エースのなかに『エセルラキア』という前世人格が目覚め、どうしてもうまく統合できないという問題である。 先日、この事情をエースはリリアに打ち明けた。 怒るとか取り乱すとか、そういった反応をエースは覚悟していたのだが、一通り話を聞くとリリアは意外な反応を見せた。 「ふぅん……」 リリアはエース(エセル)と、同席していたメシエの顔をかわるがわる見やって、 「ようするに、貴方たち、小難しく考え過ぎ」 パンパンと手を叩くようにして自身の解釈を示したのである。 「エース……いや、今は『エセル』と呼んだほうがいいのよね? エセル、感情的にうまく折り合いが付かないというのなら、嬉しいとか楽しいとか、大きく感情の動く体験を一杯しなきゃダメじゃない?」 「そういう考え方はしたことがなかったね。たしかにリリアの言うとおり、我々はいくらか考え過ぎなのかもしれない……」 とメシエが視線を流すと、 「だとしたらどうすれば……?」 エセルは困ったような目をした。 「簡単よ。季節は夏、せっかくの好天続きだし、一緒に海へ遊びに行きましょう!」 「いやしかし、どうして海に?」 戸惑い気味のエセルに対し、リリアはごく平然と応じたのである。 「端的に言うと行きたいから。エースとは何度も行ってるけど、あなたとはまだだし? 泳げないってこと、ないでしょ?」 言いながら彼女は、挑発気味に頬を釣り上げる。 「そこまで言われたら……行かないわけには」 がくっとうなだれるようにしてエセルは首肯するほかないのだった。 ――まんまと乗せられているねぇ……。 メシエは内心苦笑するが、妻には弱い彼なのである。黙っておくことにする。 さてこうして一行は海へとやってきた。 「太陽あふれる海と吸血鬼というのは、似合わないことこの上ない組み合わせだと思わないか?」 などとぼやきつつもメシエは、胸高鳴る気分であることは否定できない。 なぜって、それは、 「どうかしら……?」 と照れ気味に、愛妻リリアが赤いビキニの水着姿を披露してくれたからである。布のスペースは少なめ、シャープなカットは、着る者を選ぶデザインである。しかしリリアにはこれを着る資格がある。存分に似合っていることは言うまでもない。 「大胆過ぎではないかね……」 と一応は苦言を呈する格好ながら、メシエは目が笑ってしまうのを隠せなかった。 「でも私思ったのよ! ファイアプロテクトでUV対策できるんじゃないかしら、って。ここは使うべきよね、シミ対策に! 念のために日焼け止めも塗ってるけど。そういうわけでお肌のケアは十分、だから今日は攻めの姿勢! ビキニの水着は今ここで着なきゃいつ着るの!?、って感じよ!」 言いながらだんだん、胸を張るように姿勢が良くなっていくのがリリアらしい。むしろそれを晴れがましく思いつつ、 「そういうことなら好きにしなさい。楽しむのが一番だ。……ここはリリアの美しさを見せびらかすチャンスだと思うことにしよう」 「ありがとう。って、ゴニョゴニョっとなにか言った?」 「い、いや、なんでもない」 オホンと空咳などするメシエなのだった。これでは浮かれている新婚カップル丸出しだな、という気もしたが、それはまぎれもない事実なわけなので、さしものメシエも否定しようがないのが悩ましい。それはそうとして、リリアに変な虫が寄ってこないよう注意もしておきたい。 ビーチパラソルを開いて砂に突き刺し、しましまシートを広げて敷く。ここにクーラーボックスを持ち込んでおけば、立派な即席休憩所のできあがりだ。仕上げに、融合機晶石で冷気をヒンヤリ発生させて快適な空間とする。 「やれやれ、お天気なのはありがたいけれど、これはちょっと好天すぎですねえ」 一通りの作業を終えると、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は額の汗を拭った。 顔を上げると視界に、見覚えのある男女の姿が映った。 「おっと、あれはイルミンスールのアーデルハイトさんとザカコさん……ですか」 仲睦まじげなふたりに、エオリアもつい目を細めてしまう。といっても声をかけるような野暮はしない。うなずいて振り返ると、海に入るエース(エセル)を眺めた。すいすいと泳いでいる。 ――なかなか上手なようですね……エースが泳ぎが苦手だったのに比べると、ずいぶん違っています。 エースがエセルであることについて、エオリアのみは正式な説明を受けていない。けれでエオリアは空気を読むに敏感であり、事情はなんとなく察していた。 「僕にとってはエースはエースなんですけどね」 エオリアの視線の先では、エセルが見事なクロールをリリアとメシエに披露していた。 「なるほど、エースは以前泳ぎが苦手だったのか。それで比べて見たかったのかい?」 エセルは赤い髪をかき上げて、ゴーグルを上げて笑顔を見せた。 「ええ……まあそう。予想より随分泳ぎが得意だったからちょっとビックリしてる。はっきりいってエースは、泳ぎについては大変な状態だったから」 「『潜水して魚と戯れるエース』なんて絵面を見ることになるとはね。夢を見ているようだよ」 リリアもメシエもそろってこんなことを言う。 「どれだけ下手なんだエース」両手を伸ばしてエセルは呟いた。「ああ、直に指導してやりたい」 そうはいかないのがつらいところだ。 「とりあえず、今日の所は良く泳いで、体に泳ぎ方を叩き込んでおこう。それからリリア、今週中にエースをプールでもどこでもいいから泳ぎに連れて行ってやってくれ」 「エースのほうをね? エセルではなく」 「そういうこと。ところでリリア、なぜそんなニヤニヤしているんだい? ……あれ? これももしかしてリリアの策略?」 「さて、どうかしらねぇ」 空とぼけつつもリリアは、なんともワルい笑みを浮かべている。 「エースに言ってあげたいな。『エセルのできることはエースもできていいわよね』って」 「なんだかエースが気の毒だ」 メシエは軽く肩をすくめ、提案したのである。 「それじゃホエールアヴァターラ・クラフトを出すから、もう少し海岸から離れてみようか?」 |
||