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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【魔法世界の城 某所】


鬼道 真姫(きどう・まき)は、地下牢獄を出て詳しい話を聞き、ふう、とひとつ息をついた。
「異世界か……姫星から話は聞いてたが、トンでもない話だね。
 まあ、よく分かったよ。ヴァルデマールの野望はブッ潰すべきだとね!」
 次百 姫星(つぐもも・きらら)は、「巻き込んでごめんなさい」とパートナーに謝る。
 真姫は軽く笑って、ばしんと姫星の背中を叩いた。
「あたしにも協力させてくれよ。姫星、あんたは好きなようにやりな。フォローはしてやるよ」
「ミス次百。守りの憂いは私達が請け負うわ。あなたはミスビョルケンヘイムのことに集中しなさいな」
 呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)の言葉に、姫星は苦笑する。
 マデリエネを助けたい。自分の思いは、既にパートナー達に伝わっている。
「もう可愛い子達の命散らしちゃ駄目ネ……。バシリスが皆を守るネ! だから、マデリエネのことは姫星に任せたネ!」
 バシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)もそう言って、姫星はこくりと頷いた。
「有難う……皆で、頑張りましょう!」

 とんだことに巻き込まれてしまったものだ、と、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は溜息を吐いた。
「いつまでも、こんな所に閉じ込められているわけにもいくまい」
「はい」
 と、彼の妻、フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は頷く。
 高天原 姫子によって脱獄できたことを幸いと、二人は話を聞いて情報を整理した。ふむ、とジェイコブは思案する。
 つまり、この状況を打破する為の鍵を握るのは、ハルカ・エドワーズ(はるか・えどわーず)ということか。
 ならば、と、ジェイコブ達は、ハルカの護衛をしつつ、姫子達の目指す『始祖の水』の場所へと同行することにした。
 じっとハルカを見ているジェイコブに、答えるようにフィリシアが言った。
「そうですね。彼女は方向音痴ということらしいですので、わたくしが常に傍にいるようにしておきますわ」
「……」
 頷くが、話によれば、それでもハルカが遭難する可能性は高いらしい。
 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)からハルカの話を聞いていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、ハルカと手を繋いでいるようだが、いっそ、腰に縄をつけた方がいいだろう、とジェイコブは思った。
 やってやり過ぎるということはない。この世界で迷子になっている余裕など無いのだ。
 ジェイコブの判断に従って、フィリシアは「わかりましたわ」と言うと、ハルカの腰に縄を巻きつけ、その端を自分が持った。
 自身の方向音痴に自覚の無いハルカはきょとんとしたが、特に抵抗もしない。
 ハルカの様を見て、まるで囚人のようだとジェイコブの口元が緩んだが、思うに留めた。

「異世界転移に巻き込まれたことはあったけれど、まさかこんなことになってたなんてね……」
 結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)は、高天原 姫子に詳しい話を聞いて頷いた。
「事情は解ったわ! マデリエネの話した通りなら、姫子の予想通り、ハルカを護ることが一番重要そう。私も手伝うわ」
「うむ。宜しく頼む。このような場所だからな。回復役は多い程有難い」
 戦闘になれば、どうしてもハルカの守護結界から出ることになる。姫子の言葉に、任せて、と結和は請け負う。
「体力の回復もあるし、清浄化の魔法もあるわ。防御だって持ってる。誰も傷つかせない。私は【癒しの和】だもの。
 ヴァルデマール達には、私達を誘拐したことを、後悔させてやるんだから!」

「皆、大丈夫ですか? 捕まってて、疲れませんでしたか?」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)が、皆を気遣って声を掛けた。
「よかったら、これどうぞ。疲れた時は、甘いものです」
 と、傍にいたシェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)に、苺ドロップを渡す。
「ありがとう。 ……綺麗な色ね」
 淡いピンク色の飴を見て、シェリーにふっと微笑みが浮かんだ。
「……ナオ……」
 両側からの、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)の視線に、ナオは慌てて左右二人を交互に見た。
「ち、違います。さすがに今回は、遠足気分じゃないですからね!」
 葦原では、大きなリュックを背負って試練に挑んだナオだが、誘拐されて脱獄して、の今なのだ。浮かれてなどいない。
「ふ。まあ、どんな時も前向きな心構えは良いことだ」
 と、飴を受け取って姫子も笑う。
 かつみはその様子を苦笑して見て、とりあえずは誰も怪我などが無いようでよかった、と思った。
「早く帰ろう。きっと今頃、破名も心配してる」
 ぽん、と励ますように背中を叩かれて、シェリーは頷く。
「道案内、宜しくな」
「ええ、任せて。みんながいるのよ? 私は私のできることをするわ」
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、そんなシェリーを気に掛ける。
 ハルカも勿論だが、シェリーも勿論、護ってあげなくては。
 友人として、彼女を絶対に無事に家に帰そうと心に決めた。



 発見されるのは早かった。
 地下牢獄のあった城の別棟から本棟に繋がる連絡通路で、かつみと姫星の殺気看破は、それぞれ別の方向に反応した。
 かつみは背後。そして姫星は、上。

「やはりマデリエネ様は間違っておられたようだ。こうも易々と、人質の城内の徘徊を許してしまうとは……」
 背後からの声に振り返ると、そこに、闇色の衣を纏った二人の人物が立っていた。
 舞花の背後に下がらせられながら、あ、とシェリーはその雰囲気を見て思う。
 彼等は、自分を此処に連れて来た者に間違いない、と察した。
 素早く反応したジェイコブが、彼等に突っ込む。だが二人は、既に臨戦態勢に入っていた。
 左側の男の頭上に、土か、岩か、巨大な拳の形をしたものが浮いている。
「喰らうがいい、【大地を打つ者】マリウスの一撃」
 ジェイコブの拳とぶつかり合い、マリウスと名乗った魔法使いの一撃は、ジェイコブを城外にまで吹き飛ばす。攻撃が終わると、巨大な拳はぼろりと崩れた。
「あなた!」
 フィリシアが叫ぶ。が、ハルカの傍を離れることはしない。
 代わりに、ノーン・クリスタニアが氷雪比翼で飛行、ジェイコブを追った。

 地に打ち付けられたジェイコブはすぐに立ち上がる。
 その場には、また別の魔法使いが立っていた。
「ヴァルデマール様に楯突く異世界人め、思い知れ。【土波】アルフスの力を!」
 ぼこぼこと地面が盛り上がり、地面が波となって、ジェイコブに襲い掛かる。
「大変っ、援護するよ!」
 応戦するジェイコブの上空で、ノーンが旋回する。
 二つ名【青の降雹】の能力で、一帯に敵対対象への攻撃力を有する青い雹を降らせた。
「おのれッ……その能力は……!」
 アルフスは、忌々しくノーンを見上げる。

 魔法使い達は、当然だが、距離を置いた場所からの遠隔攻撃を主としていた。
「……つまり、接近戦に弱いということだろう」
 呟くと、ジェイコブは、降り注ぐ青い雹の攻撃に弛みつつ、それでも波打ち巻き込んで、地中に引きずり込もうとする大地の波に、足元を崩されまろびながらも、アルフスの懐に飛び込む。
 距離を詰めてしまえばこちらのもの。アルフスは、渾身の一撃に殴り飛ばされた。
 ノーンの青い雹の攻撃に打たれ、勢いを殺がれ弱まりつつも尚、地面は盛り上がってジェイコブを飲み込もうとしたが、この動きならば十分に躱せる。
 ジェイコブは、地面に波を起こしていることでまだ意識があると判断したアルフスに向かって走り、とどめの一撃を食らわした。

 げほ、と咳き込んで膝を付いたジェイコブを見て、慌ててノーンが着地した。
「大丈夫っ!?」
 気力で持たせていたが、息苦しく、頭が重い。瘴気の影響を受けているのだ。
 とりあえずは、幸せの歌の能力を持つノーンがいることで、これ以上の影響を受けることはない。ノーンは城壁を見上げた。
「早く治さなきゃ! おねーちゃんたちのところに戻ろう!」


 姫星が反応した殺気は、マリウスの作り出した拳ではなかった。もっと上だ。
 近くの見張り塔の上に、人影がある。弓を構えていた。矢は見えない。しかし人影は、そのまま弦を弾く。
「上よ! 気をつけて!」
 墓守姫が叫んだ。反応し、飛び退いた彼等の足元に何かが撃ち込まれ、ゴウッと風の刃が周囲に広がる。
 同時に、マリウスの隣にいたもう一人の男が、両手を胸の前に上げた。
「暴れろ。【騒雷】ラウムの獰猛なる雷精達よ」
 ラウムの手の上に浮かんだ無数の雷球が、姫子達に向けて放たれる。
 仲間達がそれに応戦する大外から、真姫が軽身功を使って壁面を疾り、二人の背後を取った。
「あたしのボクシング、受けてみな!」
 真姫の、鬼神力を込めた、即天去私の一撃が炸裂する。

 真姫のアッパーカットで沈むラウムを眼下に、バシリスは見張り塔上の魔法使いを目指していた。
 黒衣を捲って後ろになびかせ、風の矢の射手は、狙いをバシリスに定めた。
 衝撃の広がる風の矢を喰らってよろけつつも、バシリスは、滅びの角笛を吹き鳴らす。
 それは下の敵にも効果があったが、今のバシリスにはどうでもいい。
 怯んだ風の矢の射手が体勢を立て直す前に、バシリスは見張り塔に飛びついた。
「バシリスは激おこネ……この膝蹴りを喰らって寝てるネ!」
「! くっ……!」
 ラインバレストの一撃で、風矢の射手は塔から落下する。
 無事に着地したところで、下には契約者達が待ち構えていた。


「ハルカ、シェリー、大丈夫?」
 魔法使い達が倒れ、防御を張っていた結和達が、シェリー達の無事を確認した。
 平気、とシェリーが答えるのに安心して、結和は姫子達の所に走り、負傷者達を治療する。

「まあこの集団では当然かとも思うが、あっさり発見されたな」
 姫子の言葉に、シェリーが言った。
「今の……、私を牢獄へ閉じ込めた人がいたわ」
「……ふむ。つまり最初から脱獄を警戒されていたのだな」
 始祖の水を目指すと思われたなら、警備する場所も特定できた、そういうことだろう。

「でも、もしそうなら、マデリエネさんが危ないです!」
 姫星が、ぐっと拳を握り締める。
 まだその意図は読めないが、マデリエネのしていることは、ヴァルデマールにとっては裏切り行為に等しい。
 それを解って泳がしているとなれば、マデリエネもインニェイエルド同様に、粛清されるかもしれない。
「マデリエネさんは敵じゃない……。
 二人ともきっといい人で、でも信じた人の為に、ただ一生懸命なだけだったんだと思います。
 それを、あの仕打ちはあんまりです。粛清エンドなんて、そんな結末は嫌です!」
「そうだな……。急ごう」
 姫星の思いを受けて、姫子も頷く。
 ――そう、昔の姫子を思い出すのだ。姫星は、姫子に続いて歩き出しながら、そう思う。
 だからこそ、マデリエネのシェリーへの言葉は罠ではないと、そう信じている。