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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

「花火始まったら、静かになったねー。こないだの華火とちがって、しっとり眺めるのが似合う感じ?」
 屋上の給水塔の上を陣取り、足をぶらぶらさせながらリン・リーファ(りん・りーふぁ)が隣にいる人物――ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)に問いかけた。
「そーでもないさ。若者が多いし」
 チョコバナナを食べながら答えて、ゼスタは空を見つめる。
 2人の足の上や周りには、確保した数々のお菓子が乗っている。
 そして、ラムネや甘いジュースも、沢山用意してあった。
「それちょっと貰っていい?」
「どうぞー、あたしもそのクッキー欲しいー」
 ゼスタがリンの膝の上から、綿菓子をとり、リンはゼスタの足の側に置いていあったクッキーをとってそれぞれ口に運んだ。
「総長さんあんまり元気なさそうだったけど、ぜすたん励ましに行かなくていいのー?」
 給水塔の上に上がる前に、テントで優子の姿を見かけたのだが、なんだか彼女は話しかけづらいオーラを放ていた。
「一応時々声をかたりしてるんだが、励ましになってるかどうかというと微妙……」
「んー、百合園のボスのひと、早く帰ってくるといいねー」
「まー、いない方がせいせいするんだが、ずっと戻ってこないのは……正直困る」
 来賓の接待をしている静香の姿をちらりと見たあと、ゼスタはチョコボールを自分の口に投げ入れた。

 パーン、パパン、パパパン、パーン

 大きな花火が上がり、人々から感嘆の声があがった。
「ね、地球の日本だと花火が上がったら見てる人は「たまやー」とか「かぎやー」って言うらしいよ。何でだろうね。ゼスタせんせー知ってる?」
 リンが悪戯っぽく問いかける。パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)から聞いた話だが、未憂は詳しくは知らないそうだ。
「それは昔の花火屋の名前だ」
 ゼスタは少し得意げに答えた。
「なんで、花火屋さんの名前呼ぶのー? ねーねー、ぜすたせんせー」
「それは……なんでだろうな。すげぇぜ、花火屋! 花火屋さんサイコー! って意味かもな」
「そうだったのか!」
 そういうことにして。
 2人は笑い合って甘いものを食べたり飲んだりしながら、花火を楽しんでいく。
「そーいえば華火のとき空中散歩って言ってたの。また一緒に空飛んで花火見る?」
「空から観たいのか?」
「見上げる花火も、真横や真上から観る花火も、ぜんぶ同じに見えるのかなあって思って」
「花火の真上から観る行為は、危ねーから教師としては認められないぞ」
「そっか、禁止されてる行為なら誰もやってないことなんだね、フフッ」
 リンの目がきらりと光る。
「それじゃ、闇に紛れて行ってみるか?」
「うん! あ、でも仕掛け花火とかは見上げるの前提で作られてるだろうから、空飛びながら見たら違うものに見えそう」
 光る箒に乗りながら、リンはそう言う。
「後ろに乗ってもいいか?」
「いいよー、じゃ出発っ!」
「まてまて、まだちゃんと乗ってね〜!」
 ゼスタを振り落としそうな勢いで、リンは箒を発進させた。
 笑いながらゼスタが後ろから抱きついてくる。
「あー駄目だ、この箒、飛ぶとき光るじゃん。警備の娘や警察に見つかったら、止められちまうぞ」
「まずは、いろんな角度から見て、上から見るのはぜすたんにお任せ、かな」
「……了解!」
 リンは箒を操って、花火を色々な角度から観ていく。
 光の花はどこから観てもまあるい光の華だった。
「輪ゴム……?」
 赤い輪ゴムのような花火があがり、不思議に思いながら少し高度を下げてみると。
 それは赤いハートの形の花火だった。
「高く真っ直ぐ伸びてる塔は○だったり、△だったり、□だったり……なんだか面白いね」
「そうだな。いつも見ている町だけれど、いつもとは全く違う姿に見える」
 最後に、リンは箒を止めて光を消し。
 ゼスタが彼女を抱えて、翼を広げて、より上空へと飛んだ。
 ひゅーという音と共に、光の弾た近づいてきて。
 あっと思った瞬間に、光が弾けて目の前に大きな花が咲く。
「す………………っごい迫力だね、ぜすたん」
「ああ、ちとスリルもあって楽しいな」
 そうして、打上げ花火の真上からの危険な観賞を、2人でこっそり楽しんだのだった。


「やっぱり花火は良いですわ、よね。鈴子さん?」
 給水塔の近くにいた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、リンとゼスタが飛んで行く姿を、羨ましげに見ていた。
 百合園で白百合団に所属していたリナリエッタは、卒業後エリュシオンに渡っていた。
 エリュシオンで部屋を借りて、拠点を移したばかりの彼女にも百合園から招待状が届いた。
「そうですね。とても綺麗ですわ」
 鈴子は今日、薄紫色の浴衣姿だった。
 リナリエッタも鈴子に合せて、黒地に紫色の花柄の、シックな浴衣を纏ている。

 パン、パパン

 次の花火があがった途端。
「鈴子さーん」
「……リナさん?」
 突然、リナリエッタが鈴子にむぎゅーっと抱き着いた。
「ねえねえ鈴子さん覚えてる? 4年前だと思うんだけど、鈴子さんと飛空艇に乗って花火を観たいと言ったら、仕事中だって断られたこと!」
「ええっと……覚えてはいないのですが、仕事中ならどなたからのお誘いでもそうお断りすると思いますわ」
「今でも? お仕事のこと忘れて、今度こそ二人で空中で、花火見ましょうよ!」
「そうですね……」
 鈴子は少し悩んでいるようだった。
 今は仕事中というわけではない、けれど……。
「はしたないと思います……」
「大丈夫、浴衣がめくれても下に服着てるし」
 言って、リナリエッタは浴衣の裾をめくってみせた。
「それで少し、ふっくらしていたのですね」
 くすりと鈴子は笑った。
「鈴子さん用にも持ってきてるから」
 リナリエッタは、腕にさげていたかごバッグをパンパンと叩いた。
「ねえねえ、お願い!」
「……そうですね……」
 鈴子も空から観る花火とヴァイシャリーに興味がないわけではない。
「それじゃ、少しだけなら」
 少しの恥ずかしさと、期待感を抱きながら控え目に頷いた。

 2人は百合園の駐車場にとめてあった、リナリエッタの小型飛空艇オイレに乗り込んだ。
 オイレは夜間の飛行、索敵に優れた機種だ。
「リナさん……あの、気を付けてくださいね」
 鈴子がリナリエッタの背に抱き着きながら言った。
「鈴子さん、もしかして怖いですか?」
「いえ、なんだかリナさん、運転が荒そうなイメージですから」
「鈴子さんを乗せてる時に、飛ばしたりしませんよー」
 リナリエッタはオイレを発進させて、空へと――百合園の屋上より高く飛ぶ。
「花火が視界に入りきりませんわ……とても壮大で、美しいです」
 感嘆の息を漏らしながら、鈴子がリナリエッタの後ろで言った。
「ホント、素晴らしく綺麗……」
 しばらくリナリエッタはオイレを運転しながら、鈴子と空から花火を観賞していた。

 パン、パン、パン……

 空に浮かんだ花が、闇に溶けるように消えていく。

 パン、パパン、パン

 そしてまた、新たな花が視界ひっぱいに広がる……。
「あのね鈴子さん。こういう場所でいうのもなんだけど」
 花火を観ながら、リナリエッタが口を開いた。
「はい」
 顔を見る事は出来ないけれど、背には鈴子の柔らかな感触があって、耳には綺麗な声が届いていた。
「私はやっぱ物騒な世界で綱渡りして生きていくのが性に合ってるみたい」
「……飛ばさないっていいましたよね」
「うん、ここ(鈴子さんの側)では、ね。こうしてる今も、この学校で鈴子さんみたいな人と一緒に過ごした私も私なんだ」
 花火を観ながら、リナリエッタは続けていく。
「私は鈴子さんのこと忘れない」

 パン、パン、パンパン、パーン

「だから……イケメン好きの変な女がいた、程度でいいから私の事、思い出してくださいね。時々」
 別段大きな声は出さず、花火の轟音に隠れるかのように、リナリエッタは鈴子に話した。
「いつも気にしてますわよ……リナさんは私の大切な、友人ですから」
 リナリエッタを掴む鈴子の腕の力が少し、強まった。
「一緒に居られるときくらい、こうして捕まえておきませんとね」
 柔らかなそんな声がリナリエッタの耳に響き、リナリエッタの顔に笑みが生まれる。

 パン、パン、パパパパーン

 美しい夜の華に、2人は目を奪われた。
 別の道を歩いていても、今日の景色を、互いと過ごした時間を、ふとした拍子に思い出すのだろう。