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あの日あの時、あの場面で

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あの日あの時、あの場面で
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【受け継がれる過去】



 某日、日差しも柔らかく、草原に花の美しく花開く頃の、シャンバラの空の下。

 円形に作られ、屋根が重なるように連なった、独特の景観を持つ小さな街、トゥーゲドア。
 一万年前という遥か昔、不幸な事件によって滅んだ、ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)達の故郷の上に建てられたその街を、更に遠巻きに囲ように存在する八つの祠のうちの一つに、「七本の稲穂の祠」と通称される祠がある。
 ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)がいたのは、そんな地図にも載らないような、辺鄙な場所だ。
 ユリによって「ポニさん」と名付けられたフライングポニーが、柔らかな草を食んでいる傍らで、ユリは小さな塚へと花を添えていた。一万年前、彼らの中の最上位の巫女アニューリス・ルレンシアの配下として祠に仕え、殺された神官を悼んでの事だ。柔らかな風にその花びらがそよぐ中に、そっと祈りを捧げていると、ふとその足元に影が落ちた。箒に乗って飛んで来た、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。「アニューリスにここだと聞いたのでな」と、自らの傍に着地したリリに、ユリは微笑む。
「今日は一日祠で作業なのです。巫女修業はお休みなのですよ」
 幾らか前の話しになるが、ユリは『超獣の巫女』であるアニューリスに弟子入りし、巫女修行を始めたのだ。稲穂の祠を再建して、その神官になるため――そう言ったユリに、最初はアニューリスやディミトリアスは反対していたが、ユリの決意が固いこと、そして何千年か後、再び超獣が現れた時の為に、知識や技術を伝承するため、と言われると断りきれなかったようだ。
 超獣――と呼ばれる、意思と呼ぶには微弱なものながら、ひとつの思念の元に纏まる、巨大なエネルギー体。一万年も前の存在であるディミトリアスたちの生まれる更に古えに、大陸に巡るべきエネルギーが正しく流れず滞留し続け、凝り固まった結果生まれた生命体――後に、闇龍と呼ばれるものを作る原理の元となったそれは、偶然生まれたものであるため、また生まれてこないとも限らないのは事実だ。
 それに備えるためには、伝承の担い手が必要だ、と。ユリが名乗りを上げて暫く経つ。しっかりその修行を続けているらしいユリの様子に、リリは眩しげに目を細めた。
「そうか、気持ちは揺らがないのだな……」
 頷いたユリに視線を逸らすと、リリは塚に添えられた花の横に光るものを見つけた。しゃがみこんで眺めてみると、それは何枚かのコインのようだ。
「それは?」
 首を傾げるリリに「お布施……でしょうか」とこちらも軽く首を捻った。
「ララが井戸を掘ってくれたのですよ。そうしたら、旅人が立ち寄るようになって……」
 そして立ち寄ったついでに、供えて行くようになったらしい。なるほど、と頷いてリリはコインを太陽に翳した。きらきらと眩しく光るそれに、思わず目を細める。
 旅人が立ち寄るようになり、それが太い流れになれば、その旅人相手に商売をする者も現れるだろう。そうやって行きかう人が多くなればこの地に根を生やす者も出るだろう。
「いつか……小さな集落が出来るかもなのだよ」
「はい」
 それはどの位途方もない時間の先かは判らないが、あるいはディミトリアスたちの故郷のような街も出来るのかもしれない。ユリが微笑んで、嬉しそうに頷くのに、満足げに頷いて「で」とリリは視線をめぐらせた。
「そのララは?」
 その言葉に、ユリも釣られて視線をめぐらせ「そろそろ戻る頃……」と呟いたその時だった。チカッと輝いた物を見つけて、ユリは目元をほころばせて、空に向かって指を刺した。
「ああ、あれなのです」 
 その指の先には、ラルクデラローズが小さく見える。やがて誰の目にも明らかな距離まで近づいたその機体は、大量のレンガを載せたパレットを抱えていた。
「やあ、リリ。君も来ていたんだな」
 着地したラルクデラローズから颯爽と降りてきたララ・サーズデイ(らら・さーずでい)がリリに気付いて声をかけると「うむ」とリリも頷きながら首を傾げた。
「あのレンガは?」
「塔を建てるんだ。小さなものだけどね」
 予想外の回答に、リリは目を瞬かせると「塔?」と更に首を傾げた。
「何故またそんなものを」
「この祠は街路から外れている。塔は良い目印になるだろう」
 ララの言葉になるほど、とリリは納得の声を漏らした。井戸が出来、人が通るようになっても、この場所はかなり辺鄙な場所であるし、道らしい道があるわけでもない。遠くからでも、足を向けようと思うためにはその位置から見える目印が必要だ。
 いつか――まだ、遠い先のいつかの日に、神官を継いだユリにも、引き継ぐべき弟子を持つ日が来る。そんな時に、祠が隠れているようでは、訪れるものも訪れないのだ。地面に降ろしたレンガを軽く叩きながら、ララは目を細めた。
「次の冒険に出るまでに出来るだけのことをしてやりたいんだ……」
「…………」
 リリも複雑な顔で、そんなララの独り言のような言葉を噛み締める。
 そうしていると、祠の方から名前を呼ばれ、二人が振り返ると、ユリの微笑が二人に向かって手招きしているところだった。
「お茶を淹れたのです。一休みするのですよ」
 その声に、二人は一瞬顔を見合わせると頷きあい、相伴に預かる事にしたのだった。



「ララのおかげで、随分過ごし易くなったのですよ」
「うむ、見違えるようなのだ」
 ユリの声に呼ばれて入った祠の中。
 当初は辛うじて外観を残すのみだったその祠も殆どが修復され、稲穂の女神が刻まれた廟を前に、祭壇や細々としたものも全て張り替えられていて、恐らく当事もそうだったのだろう、静かで美しい佇まいを取り戻していた。
 そんな中に、簡単なテーブルを置いて椅子を並べ、腰掛ける三人を、ユリの入れたお茶の豊かな香りが包み込む。薄暗かった室内も明かりが入り、こうしていると、祠の中と言うより小さめの教会のようにも見える。これがあの崩れかけていた祠かと思うと、感慨も深いもので、三人が何となく、その時のことに思いを馳せながらゆっくりとお茶を味わって、暫く。
「ところで……」
 そう、口を開いたのはララだ。 
「アニューリスの執筆作業は順調かい?」
「どうだろうな? ともかく、何もかもを吐き出すように書き続けているのだよ」
 リリがその様子を思い出しながら口にする。
 二人が言っているのは、アニューリスの記している記録の事だ。
 彼女の生まれた土地のこと、超獣の事。その生まれた訳や、巫女、神官、戦士達のその役目。そして、邪教と呼ばれて滅ぼされた時の、生々しいまでの記憶の全て。一万年という遥かな年月の間で、完全に失われてしまったそれらのことを、ひとつひとつ記録しているらしい。それは、後の世に伝えるためのものであり、恐らくは自分の生きた証を、少しでも残そうとする意思なのかもしれない。
 恐らく、全てを書き終えるには途方も無い時間が必要となるのだろうし、思い出したくも無い苦い記憶も多くあるだろう。今は隣にいる彼の恋人ではあるが、一度は目の前で失ったのだ。その悲しみを、忘れられる筈は無いだろうし、思い出すだに苦しいだろうが、それでもアニューリスは筆を止めはしないだろう。
 その光景を思い出しながら、リリはユリの掌の上にそっと手を重ねた。
「あれは次の世の聖典となるべきものなのだ。そしてユリ、君がその知識と技術を受け継ぐ最初の一人になるのだよ」
「はい」
 静かに言い聞かせるような声に、ユリは頷くと、決意の篭った目でリリとララを見つめて微笑んだ。
「いつかまた超獣を鎮める力が必要となる時が来るかもしれないのです。その時までアニューリスの知恵を受け継ぐのですよ。何千年でも……」
 柔らかな声音ながら、その中にしっかりと芯を持つ揺らがないその声に、リリとララは手を伸ばすと、その頭を両方からそっと撫でた。



 いつかの時の、いつかの隙間。
 彼女の決意が実を結ぶのは、まだまだずっと、先のことだ。
 そして――……

「…………ふふ」
 小さく溢された笑みに、アルケリウスが「どうした?」と首を傾げると、アニューリスは小さく首を振って、今まさに書き終えたページをはらりと捲り、ペンへとインクを付け足しながら「嬉しいことを思い出したのですよ」と目を細めた。
 一人の少女の訪れ。そして彼女が示してくれた決意。受け継がれていくその記憶と意思が、きっとこの先へ自分達のことを伝えていくのだろう、と言う期待と希望が、そのペン先を滑らかに走らせる。 

「丁度、記しはじめたところだったから。私の――小さな妹巫女のことについて」



 FIN

担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

今回は普段と趣向を変え、過去を振り返ってみよう、というシナリオでしたが、いかがでしたでしょうか
キャラクターさまの過去や、思いといったものに、じっくりにスポットを当てて書く機会が無かったので
そういったものを預けていただけて、大変光栄でございます

このシナリオが最後のお付き合いとなる方も、まだもう少しお付き合いくださる方もいらっしゃると思いますが
蒼空のフロンティアの記憶の一片として残っていただけましたら、それに勝ることはございません
ご参加いただきまして、ありがとうございました
またどこかで、いつかの機会に、お会いできましたら幸いでございます