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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 12月某日】 〜ひとひらの花に、『想い』を込めて〜

 子供達が、歓声を上げて走り回っている。
 いかにも子供らしい、見る者を自然と笑顔にする光景である。
 それは、源 鉄心(みなもと・てっしん)も、彼をこの小学校に案内した御上 真之介(みかみ・しんのすけ)も同じだった。
 ちなみに、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)ティー・ティー(てぃー・てぃー)、それに宅美 浩靖(たくみ・ひろやす)の3人は、いつの間にか生徒に混じって遊んでいる。
 この小学校は、御上が総監を務める文化教育省が作ったものである。
 御上は、初等教育を義務化し、四州全域に小学校を作らせる事業を進めている。

「学校は、上手く行っているようですね」

 パラミタを離れ、地球に帰る決心をした鉄心は、御上達に別れを告げるため、四州を訪れた。
 その鉄心が特に希望したのが、小学校の視察だった。
 国が傾き始めた時、真っ先にしわ寄せが来るのが、社会的弱者、特に子供達だと、鉄心は幾多の国の戦乱を通して学んだ。
 であるならば、子供達の笑顔のあふれるこの国は、当座いい方向に進んでいると思って良い。

「そうでも無いよ。国の財政は火の車だし、光一郎君が国債の営業を頑張ってくれてるから、今のところは一息つけてるけど、当分は綱渡り状態が続くんじゃないかな。それに、先生の数が足りないのが、一番の困りものでね」

 金銭問題は、工面さえ出来ればすぐにでも解決するが、人材の育成はそうは行かない。
 今年から育成の始まった教員達が教壇に立てるようになるまでには、あと数年かかる。
 それまでは、代用教員や島外から招聘した教員に頼るしかないが、教育の質を保つという観点からは、やはり不安が残る。
 
「この国に、骨をうずめる覚悟ですか」

 唐突に、鉄心は聞いた。
 鉄心は常に「自分は余所者だ」という意識を心のどこかに持っており、誰に接する時でも、「これ以上踏み込んではならない」という一線を、自分の中に引いて来た。
 そんな鉄心には、御上の、四州の土地と人々に責任を負って情熱を注ぐ姿は、少し眩しく映る。

「どうも僕は、常に人に頼られてないと、心配でしょうがない性質(たち)みたいでね。この島の人達は、僕を必要してくれるから。僕は若い頃、ずっと自分に自信がなかったから。人に頼られる事でしか、自分を認められないのかもしれないね」

 どこか面映そうに、御上は言った。
 御上ほどの美貌に生まれつきながら、「自分に自信が無い」とは、世の男達が聞いたら怒り出しそうなセリフだが、にもかかわらず自信が持てなかったと言う事は、御上が、それだけ深い心の傷を負ったと言う証でもある。
 鉄心は、御上の心中を慮り、それを訊ねる事はしなかった。

「鉄心君は、どうするんだい?」
「自分は、生まれた世界に戻ります。そこに悔いを残してきても居るので」
「う〜ん……。やっぱり、鉄心君は帰るか……。でも悔いがあるって言う事は、どこか、行くあてはあるんだろう?落ち着いたら、連絡してくれよ」
「そうですね。落ち着いたら」
「何より、イコナちゃんがいないと、宅美さんが寂しがるからね」
「……ですね」

 鉄心は、思わず苦笑した。
 実の娘に絶縁状を叩きつけられ、孫娘に会う事も出来ない宅美は、イコナを実の孫のように可愛がっている。
 イコナが鉄心と一緒に地球に行くと知ったら、宅美はさぞ寂しがることだろう。

「……此処は、良い国になるでしょう」

 子供たちを見る鉄心には、不思議な確信がある。
 急激な変化は、それに対応できない人々の怨嗟を招くだろうし、環境破壊や貧富の差といった、様々なひずみを生むだろう。
 しかし為政者が、民衆の苦難に寄り添っている限り、そして民衆が、そんな為政者を信じている限り、そうした苦難は必ず乗り越えられる事を、鉄心は知っている。
 鉄心の目に映る子供達の姿には、幸せな四州の未来がダブって見えているようだった。


 その日の夜。
 御上の屋敷で、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)や、神狩 討魔(かがり・とうま)、それになずな泉 椿(いずみ・つばき)も加わって、鉄心とイコナの送別会が開かれた。
 皆、これまで幾多の苦難を共に乗り越えて来た仲だけあって、昔話は尽きる事は無かったが、イコナや鉄心と別れて一人シャンバラに残る道を選んだティーは、どこか寂しげであり、イコナも明るく振る舞おうと無理をしているのが見え見えで、それが余計に、皆の寂寥感を誘った。
 その夜、寝る間を惜しんで話し合った鉄心達は、そのまま御上の屋敷で一泊し、翌日遅く、四州を立つことになった。

 地球行きの新幹線に乗るために、空京へと向かう鉄心とイコナを、全員が見送りに出る。
 
「お世話になりました、御上さん――お元気で」
「君もね、鉄心君。あまり、危ないトコロには行かないように」
「ハイ」

 苦笑して、御上と固い握手を交わす鉄心。

「くれぐれも、イコナちゃんをよろしく頼むぞ。ワシにとっては、もう一人の孫みたいなもんじゃからな」
「はい」
「……元気でな」

 鉄心と、固く抱き合う宅美。
 その目に、涙が光る。

「なずなさん、あの……」
「なあに、イコナちゃん?」
「あの、初めてミヤマヒメユキソウを取りに行った時――。あの時、鉄心にお花を渡す勇気の無かったわたくしに、もしなずなさんが声を掛けてくれなかったら、きっとわたくしが、鉄心と一緒に地球に行く事は、なかったと思います。本当に、有難うございます」
「そう……。良かったわね、イコナちゃん♪ホラ、泣かないで」
「ハイ……」

 そういうなずなも、すっかり涙ぐんでいる。

「元気でな、イコナちゃん……。誰か、好きな男が出来たら、必ずワシのトコロに連れてくるんじゃぞ」
「ハイ、おじさま……」
「宅美さん、お父さんじゃないんだから」

 そんな御上のツッコミも、イコナを抱き合締めて号泣している宅美には、まるで届いていない。

 とうとう最後に、ティーが別れを言う番になった。

「鉄心……。イコナちゃん……。地球に行っても、元気でね……」
「ウン……」

 ティーとイコナはさっきから泣きっぱなしで、すっかり目が赤くなっていた。

「あの、あのねティー……。これ、受け取って欲しいの……」
「イコナちゃん、それ――!」

 イコナの、両の手のひらに乗せられたモノを見て、ティーが驚きの声を上げる。
 それは、まるで上質の砂糖菓子のように、光を反射してキラキラと輝く、白く小さい花だった。

「ティーに伝えたいこと、いっぱいあるんだけど……。上手く、言えそうに無いから……。円華さんにお願いして、ミヤマヒメユキソウを取りに行ったの」
「……ありがとうね、イコナちゃん。……食べても、いい」
「……ウン、食べて」

 ミヤマヒメユキソウの花弁をそっと手折り、口にふくむティー。
 その途端、イコナの『想い』が直に伝わってくる。

 ずっと、ずっとずっと元気で、幸せでいて欲しい事。
 本当はずっと一緒に居たい事。
 あまり素直になれなかったけど、いつも、笑って甘えさせてくれて嬉しかった事。
 そしてたくさんの、それこそ数え切れない位たくさんの、ありがとうの気持ち――。

 ティーの両目から、涙がボロボロと溢れる。

「ど、どうしたのティー!?」
「ウウン。何でもないの……。ただ、嬉しくて……」

 すっかり感極まってしまったティーは、それだけ言うのがやっとだった。

「あー……。あのな、ティー」
「どうしたの、鉄心?」
「実は俺からもあるんだが――受け取って貰えるか?」

 鉄心が、ややぶっきらぼうな口調で、ミヤマヒメユキソウを差し出す。

「食べるのは、後でいいからな。――今泣かれても、困る」
「う、ウン……。ゴメンね、最後まで泣き虫で」
「そんな事、気にするな――それじゃ、元気でな」
 
 こうして、鉄心とイコナは、地球へと旅立った。
 ティーは、二人を乗せた飛空艇が、豆粒よりも小さくなって、それこそ見えなくなっても、いつまでも空を見上げている。

「ティーさん。鉄心さんのミヤマヒメユキソウ、食べて見てはいかがですか?」

 円華に言われて、今始めてその存在に気付いたかのように、ティーは自分の手の中の小さな花を見た。
 ティーはそっと、そのミヤマヒメユキソウを口にする。
 それには、鉄心のメッセージが込められていた。

 例え遠くに居ても、何かあればいつでも駆けつけてくれる。
 例え傍に居なくても、いつも、自分を見守ってくれている。
 そんな安心を、キミが与えてくれたから、自分は、自分の道を歩んでいける。
 例え離れ離れになったとしても。
 ――ありがとう、ティー。

「て、鉄心――……!」

 ティーは、円華の胸に顔をうずめて、思い切り泣いた。