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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2028年 10月2日】  〜覇道を継ぐ者〜

 四州統一選挙がつつがなく終わり、四州連邦が、変革への新たな段階に入った、その翌日――。
 禍々しい甲冑を身に纏った異様な風体の男が、月明かりの元、太湖(たいこ)湖畔を歩いていた。
 男の名は、三道 六黒(みどう・むくろ)
 六黒は、6年前の約束を果たすため、この四州に舞い戻ってきたのである。

(ん……?)

 六黒の行く手に、小さな小屋が見えた。
 軒先から布看板が下がっている所を見ると、どうやら茶屋のようだが、当然今は閉まっている。
 六黒は、その看板を一瞥すると、そのまま店の前を通り過ぎようとした。
 その時――。

 店の屋根を覆うように張り出した大樹の梢から、何か黒い影のようなモノが飛び出してきて、六黒は咄嗟に身構えた。
 その影は、バサバサと羽ばたきながら、湖の方へと飛んで行く。

(鳥か……)

 通りで、自分が殺気を感じられない訳だ、と納得して歩き出そうとした六黒の足が、ピタリ、と止まった。
 いや、「止まった」というよりは、「動けなかった」と言う方が正しいだろう。
 いつの間にか、六黒の全身はワイヤーで絡め取られ、首筋には鉤爪が押し当てられている。
 何者かが、自分を罠にかけたばかりか、全く気配を感じさせずに背後を取った事に、六黒は驚いていた。
 
「うごくな」

 独特の、抑揚のない喋り方。
 六黒はそれで、刺客が誰なのかを悟った。
 九段 沙酉(くだん・さとり)だ。

「腕を上げたな、沙酉」
「このろくねんかん、この日のためだけに、しゅうれんをつんできた。もう、あしでまといとはいわせない」
「……言いだろう。儂の負けだ。何処へなりとも、付いて来るがいい」

 六黒は、沙酉の思わぬ成長振りに、満足気に頷いた。


「皆、遅くまでご苦労でした。後はもう明日で構いません。今日はもう休みなさい」
「畏まりました、薫流様。それでは失礼致します」
「「「失礼致します」」」

 女中達を下がらせると、薫流は、閑散とした室内を見回して、ホッ……とため息をついた。
 その手の中には、いびつな形を石の玉がある。
 これは、ただの石の塊ではない。繰り抜いた三道六黒の眼球を、石化させたものなのだ。
 兄の水城 隆明(みずしろ・たかあき)が西湘共和国首相に選ばれた事を知った薫流は、西湘城内より退去する事を決めた。
 薫流はこの6年間、『一国の主として国を率いる』という、六黒と交わした誓いを守るためだけに、生きてきた。
 六黒は、『お前が儂の手駒として役に立つかどうかを見ている』とも言っていたが、それが見せかけの言葉である事を、薫流は知っている。
 本当の六黒は、優しい人なのだ。
 ただ、彼の生き方が、それを素直に表現する事を許さないだけなのだと、薫流は思っている。

 薫流は今、六黒を待っていた。
 六黒の訪れを待ちわびながら、自分を殺し、ひたすら国政に打ち込む日々は、薫流にとっては苦痛以外の何者でもなかった。
 薫流は、政治が嫌いな訳ではない。それどこか、自分の施策で国民の生活が向上し、国が、正しい有り様を取り戻すのを見るたびに、誇りと喜びを感じる。
 だがそれは、薫流が真に望んだ事ではない。
 確かにあの時自分は、六黒に「自分が西湘の国主となる」と告げた。
 だがそれは、あくまでただの手段であって、目的ではなかった。
 薫流はただ、あの生ける悪魔のような水城 永隆(みずしろ えいりゅう)の魔の手から、自分と兄を守りたかっただけなのだ。
 そして永隆が死んだ後、それは、愛する男ともう一度会うための手段となった。
 しかし、それももう限界だった。
 元々薫流には、永隆のような支配欲や権力欲も、兄のような政治に対する情熱も無い。
 四州島記を公表して、西湘を長年の藩公家の呪縛から解放し、国民の生活を安定に導いた今、これ以上望まぬ政治の場に身を置き続けるのは、不可能だった。
「自分は、最低限の仕事はした」というが、薫流の正直な気持ちである。
 もし六黒が、ここで引退する自分を怠惰とみなして、自分を殺すというのであれば、それでも構わない。
 ただ――。

(ただもう一度だけ、六黒さんに会いたい……)

 それだけが、薫流の願いだった。 
 
 
「引退したというのは、本当だったのだな」

 重く響く、低い声。
 一日足りとて思わぬ事の無かった、愛しい男の声。

「六黒さん――!」

 振り向いた薫流の視線の先に、確かに、六黒がいた。
 その少し後ろには、沙酉の姿がある。

「あの時の約束を、果たしに来た」

 六黒は薫流に歩み寄ると、懐から、美しい細工の施されたネックレスを取り出した。
 薫流が攫われた時に落としていった、ネックレスだ。

『もしお主が、見事あの誓いを果たしたならば、お主の首飾りは返してやる。儂の目と、引き換えにな』

 六黒の言葉が薫流の脳裏に蘇る。
 言葉通りであれば、六黒がネックレスを差し出していると言う事は、薫流は、立派に誓いを果たした事になる。

「六黒さん、それでは……。それではわたくしの事を、認めて下さるのですね?」
「お主は、良くやった」

 六黒は、薫流のネックレスを差し出した。
 薫流はそれを受け取ると、震える手で、六黒の『目』を渡す。
 それを受け取った六黒は、何も言わずに、薫流に背を向けた。

「む、六黒さん?どちらへ……?」
「誓いは果たされた。お前は自由だ。そして儂にも、最早この小島に拘る理由はない」
「そんな……!六黒さんは、わたくしを手駒にするのでは無かったのですか?」
「この島に用がない以上、手駒もいらぬ」
「――行かせません」

 魔鎧に包まれた六黒の手を、薫流が掴んだ。

「どうしてもわたくしを置いて行くというのであれば――わたくしを、この場で殺して下さい」
「儂には、お前を殺す理由がない」
「なら――!」

 薫流は、懐から懐剣を取り出すと、自分の白い喉に突き当てた。

「貴方に置いてゆかれるくらいなら、わたくしは、自分で喉を突いて死にます」
「何をバカな――」

 六黒の声が、わずかにうわずる。
 この、六黒の変化を、沙酉は見逃さなかった。

「お主を連れてはいけぬ。足手まといだ」
「なら、六黒さんの足手まといとならぬよう、この場で死にます!」
「お主の言っている事は、筋が通らぬ」

 薫流も、言っている事が無茶苦茶なのは、分かっている。
 だがもう、後には引けない。
 一度堰を切って溢れでてしまった感情の本流を、止める事は不可能だ。

「わたくしはもう、一人でいるのは耐えられないのです!」
「だからといって、何故儂がお主を連れて行かねばならぬ?」
「貴方を――貴方を愛してしまったから」
「……バカな」
「ええ、自分でもそう思います。でも……駄目なのです。一体何度、貴方の事を忘れようとした事か。『他の男の妻となれば、貴方の事を忘れられるかもしれない』そう思い、縁談の話を進めた事も、幾度かありました。でも……駄目だったのです。気がつけば私は、貴方の事ばかり考えていたのです。どうして、貴方みたいな人の事を好きになってしまったのか、自分でも良くわからない。でも、それでも私は――!狂おしいくらい、貴方を愛してしまったのです……」

 薫流の告白を、六黒はただ、黙って聞いていた。
 そして――。

「それほどまでに言うのであれば、仕方あるまい」

 六黒は、刀を抜いた。

「足手まといは、切るより他無し」

 大上段に、刀を構える六黒。
 薫流は、溢れる涙を拭わずに、静かに手を合わすと、静かに目を閉じた。
 刀を握る手に、力を込める六黒。
 その手が、勢い良く振り下ろされ――。

 ハラリ。

 薫流のうなじ目掛けて振り下ろされた刀は、薫流の髪を三本切った所で止まった。
 薫流が、ゆっくりと目を開ける。
 
「だめだ、むくろ――。きっては、いけない」

 六黒は、沙酉のワイヤーに、全身をがんじがらめにされていた。

「離せ、沙酉」
「はなさない。はなしたら――もし、かおるをころしたら、むくろは、いっしょうこうかいする」
「後悔などせぬ」
「むくろは、どうしてうそをつく――?あのときも……。さとりをおいていった、あのときも、そうだった」
「嘘など、吐いてはおらぬ!」
「そこまでいいはるのなら、しかたない……。狂骨――!」

 沙酉は、これまで誰も聞いた事の無い流暢な口調で、六黒の身体を覆う魔鎧葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)の名を呼んだ。

「聞こえているな、狂骨!お前の主、三道六黒は老いた。こうして、私に絡め取られていても、振りほどく事すら出来ぬ。最早六黒は、お前の主に相応しい男ではない!六黒を捨てよ、狂骨。そして、私と組め!」

 カタカタカタ……。
 六黒の鎧が、微かな音を立てている。

「な、ナニ……!」

 あからさまに、狼狽する六黒。
 それがきっかけとなったのか、鎧の震動は、ますます激しく、強くなっていく。
 もはや、鎧が独りでに震えているのは、誰の目にも明らかだった。
 そして――。

 バキッ。バキバキッ。
 魔鎧が骨を砕くような音を立てて、六黒の身体から離れていく。

「が……ガアアアアッ!」

 六黒の絶叫が木霊する中、魔鎧は次々と六黒の身体から離れていく。
 そして、六黒の身体を離れた魔鎧は、宙を飛び、沙酉の身体を覆っていく。

「ぐっ……!」

 狂骨が身体に食い込んでいく痛みに、歯を食いしばって耐える沙酉。
 薫流はその様子を、ただただ呆然と見送っている。
 やがて、室内がしん、と静まり返った。

 ドサッ。

「六黒さん!?」

 突然、その場に倒れこんだ六黒に、駆け寄る薫流。

「六黒さん、どうしたのですか――こ、これは!?」

 薫流は、自分の目を疑った。
 六黒は、全身の至る所から、血を流していた。
 身体中が傷に覆われていると言って良い六黒だが、その傷が幾つも裂け、そこから、ダラダラと血が流れているのだ。

「むくろは、もうげんかいでした」

 背後からの声に、振り返る薫流。
 そこには、黒光りする魔鎧に全身を覆われた、沙酉が立っていた。
 六黒が身に付けていた魔鎧とは、別物にしか思えないほどに、その姿は変わっていた。

「むくろはもう、きょうこつなしには、たっていることもできないのです」

 沙酉は、激しい痛みに耐えかね、うめき声を上げる事しか出来ない六黒に歩み寄ると、その目に指を突き立てた。

「な、何を!?」
「これを――ぬきとりました」

 沙酉は、手の中のモノを薫流に見せた。
 それは、六黒がくり抜いた自分の目の代わりに、眼窩にはめ込んだ、【大帝の目】だった。 

「これでもう、むくろはどこにもいけない……。だいじょうぶ。むくろが、かおるさんとそいとげることをけっしんしたら、かえします」

 沙酉の、六黒を見る目には、限りない慈愛の色があった。

(このまま戦い続けていたら、いずれ六黒さんは死んでしまう。この人は六黒さんに、死んで欲しくなくて……。それで、こんなコトを……)

「かおるさん、はやく、むくろのてあてを。このままでは、しんでしまう」
「は、ハイ!」

 慌てて自分の着物を引きちぎり、六黒の傷に巻く薫流。
 騒ぎを聞きつけたのか、向こうの方から、人の声や、駆けてくる足音が聞こえてくる。  

「わたしは、いく。かおるさん、むくろを、たのみます――行こう、狂骨」

 六黒に背を向け、歩き出す沙酉。 
 狂骨は、沙酉に喜びを示すように、カタカタと鳴った。