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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第1回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第1回/全3回)

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第4章 早河 綾

 生徒会執行部、通称白百合団に所属する早河 綾(はやかわ・あや)が学校に来なくなり、半月近く経っている。
 友人で白百合団に所属するミズバ・カナスリールを代表に、事件を追う百合園の乙女達が彼女の心身を案じて家へと訪れていた。
 しかし、連日のように訪ねているにも関わらず、まだ一度も面会できていない。気分が優れないという理由で部屋に閉じこもっているとのことだが……。
「今日は淡い色の花を選びました」
 ステラ・宗像(すてら・むなかた)は、優しい色合いの花束を用意した。
「体調不良……のようだが。そろそろ強引に会ってみるべきかもしれないな」
 溜息をつくイルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)の手にも花束がある。今日こそ、花束を直接受け取ってもらいたいものだ。
 綾は召使いを数名雇えるくらいの、裕福な家の一人娘である。
 一行はヴァイシャリーの住宅街に存在する広めの庭を有した家の敷地に入って、庭仕事をしていた男に綾のお見舞いに来たのだと告げた。
 少しして現れたのは、いつもの20代半ばのメイドだった。
「いつもありがとうございます。……お嬢様は今日もご気分が優れず、部屋でお休みになっております。明日には奥様から学校にきちんと連絡をいれるとの、こと、です。回復し次第、お嬢様の方から皆様にご挨拶に伺うことと思われます」
「会えないの? 風邪がうつることを心配してるんなら、あたしは全然大丈夫だよっ! 少しの間だけでも話がしたいの」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が熱心に訴えかける。
 普通の病気や怪我なら、すぐに学校に連絡を入れるだろう。
 連絡せずにもう半月近く経っていることや、メイドのおどおどした様子から単なる病気ではないと皆、十分に察していた。
「どうしても会いたいの。綾ちゃん、あたし達の大切な仲間だから」
「気になることもありますから。お力になれるかもしれませんわ」
 ミルディアのパートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)は、メイドに微笑んでみせた。
「それから、今日は……怪盗舞士の予告の日だから。綾さん、凄く興味があるんじゃないかなあって思って。プレナ達、綾さんを元気づけることできるかもしれません」
 プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は、予告日だからこそ、綾に会っておきたいと思っていた。
 彼女と舞士に何かの繋がりを感じていたから。
「邪魔したり、騒いだりしないからさ。お願いっ」
 その隣で、マグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)が手を合わせる。
「……何か事情があるじゃないですかぁ? トラブルに巻き込まれていたらその手助けになりたいんですぅ。とにかく家の人に会わせてください。お願いしますぅ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、ぺこりと頭を下げる。綾の友人であり何度かこの家に遊びに来たことがあるミズバも。
 集った百合園の生徒達も皆、頭を下げた。
「お、おやめ下さい……。少々、お待ちください……っ」
 メイドは少女達の真剣な様子に、慌てながら屋敷に飛び込んでいった。

 数分後、戻ってきたメイドに案内されて、一行は屋敷のリビングへと通された。
 大きなソファーには、全員ゆったりと腰かけることができた。
 冷たいジュースが出されて、皆が息を付いたその時。
 ドアがゆっくりと開かれ、清楚な服を纏った女性が現れた。
「お久し振りですっ」
 ミズバが頭を下げる。綾の母親だった。
「いつも綾がお世話になっております。……主人は帰っておりませんが、私から少しだけお話しいたします」
 暗い表情で、綾の母親はソファーに歩み寄り皆の前に座る。
「綾さんは何故、登校されないのですか〜? 皆心配してますぅ」
 メイベルは心配気に綾の母親に尋ねる。
「綾は……今、この家にはおりません。怪盗舞士に夢中だったあの子を、半月ほど前に主人が諌めたところ、反発して出て行ってしまったのです。頭が冷えれば戻ってくるだろうと思っていたのですがあの子は戻らず、私への連絡も先日途絶えました」
「どこにいるのか……分からないの?」
「捜索願いは出していなかったのですか?」
 ミルディアと真奈の問いに、母親は首を縦に振った。
「お付き合いしている男性の家にいると……言っていました。でも場所まではわかりません。その人物とも会ったことがありません」
「舞士に夢中だった綾が、男性とお付き合い?」
 ミズバは怪訝そうに首をかしげる。
「学院には明日主人と伺って事情を話すつもりです。自警団に捜索のお願いはしております」
「お母さんは……えっと、怪盗舞士のコト、何か知りませんか? あの……綾さんが舞士に変装されたり、したことを見たことはないですか?」
「ほら、コスプレの時期だし!」
 綾が舞士である可能性を疑っているプレナとマグが、ごまかしながら訊ねる。
 舞士という単語に、綾の母は眉を顰めて手を組んだ。
「そういったことをしたことはありません。……ただ、綾は……舞士さんと付き合うんだと、喜んでおりました。それが主人と揉めた原因です」
 力なく言って、綾の母親はうな垂れた。
「それ以上のことは、何も知りません」
 とても辛そうであり、皆もそれ以上問い詰めることは出来なかった。
「こちら、綾さんのお部屋に飾っておいてください。彼女が戻って来た時に和みになるように」
「これは……この部屋にでも。母君の安らぎになれば」
 ステラとイルマが花束を差し出した。
「これ! 綾ちゃんに食べてもらおうと思って、作ってきたんだけど……戻らなかったら、お母さん達が食べて下さい。綾ちゃんにはまた作りますのでっ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は手作りケーキを入れた箱を、母親に差し出した。
「ありがとうございます。全て綾の目に触れ、口に入ることを祈っています」
 深く頭を下げて、綾の母は、花束とケーキを受け取ったのだった。

「いっそ、監禁されてるとかなら、役に立てたのかもしれないけど」
 外へ出て、セシリアは深く溜息をついた。
 探そうにも手掛かりがなければ、自分達だけでは見つけることは出来ないだろう。
「何か理由があると思ってましたけどぉ、行方不明になってるなんてぇ……」
 メイベルも肩を落として歩く。
「あ、あのっ!」
 門の外を出た百合園の生徒達の元に、辺りを気にしながら、あのメイドが駆け寄ってきた。
「実は私も舞士に興味がありましてっ。お嬢様とよく舞士についてお話をさせていただいていたんです」
 言って、彼女が携帯電話を取り出す。
「失踪されてからも、何度かメールを戴いていました。1度だけ写真が添付されていたことがありまして」
 画面には、綾と……柄の悪い男性達の姿が映っていた。
「この中に舞士様がいるんだと、婚約をしたとお嬢様は言っていました。でも、明らかに騙されていると思うんですっ」
 メイドが涙を浮かべる。
「パラ実、かなぁ……」
 メイベルが言葉を漏らした。
「なら……すぐ、助けに行かなきゃ!」
 ミルディアが皆に顔を向ける。
「えっと、写真もらってもいい?」
 怪しいことがいっぱいで、何をどうしたらいいのかすぐには思いつかないけれど、プレナは携帯電話を取り出して、メイドから写真を送ってもらった。
 他の同行者達も、プレナに続いて携帯電話を取り出して、写真を転送してもらう。
「もし、この中のメンバーやお嬢様を見かけたのなら、連絡を下さい。危険なことなので、手は出さないで下さいね。お嬢様も、お嬢様のお友達にも、もしものことがあったら、私……」
 泣き出したメイドの肩をミルディアがぽんと叩いた。
「大丈夫。全力を尽くして、皆にとって良い結果を導き出すから!」
「お願い、します……」
「お家の方でも何か進展がありましたら、教えて下さい」
 ミズバが頭を下げる。
 彼女より深く頭を下げて見送るメイドと別れて、一行は報告の為に百合園女学院に戻ることにした。
「……ラズィーヤさんの大切なもの、既に奪われているのかもしれませんね」
 ステラの呟きに、パートナーのイルマが目を向ける。
「百合園女学院の大切な生徒の心。怪盗舞士に奪われてしまってます」
「確かに、そうだな……」
 考え込むイルマにステラは微笑みなけながらそっと手を伸ばす。
「大切なものが狙いですか。では、私のところへ来たらイルマを守らないといけませんね」
 そして、ふっと甘い息をイルマの耳にかけた。
 途端、イルマは顔を真っ赤に染めて、ステラを軽く睨む。
 悪戯気に笑う彼女に、何を仕返すことも出来ず、イルマは耳に触れて相棒からの魅惑的な攻撃に備えながら、皆の後に続くのだった。