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世界を滅ぼす方法(第3回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第3回/全6回)

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第9章 本当の望み

「インカローズ様!? どうしたんです。何者ですか彼等は?」
 上空、つまり樹上から声がした。
 ヴァルキリーの少女が舞い降り、インカローズの前にいる者達を見て表情を険しくした。
「怪しい者じゃないよ。
 この聖地が狙われてるので、護る為に来たんだ」
 時枝 みこと(ときえだ・みこと)が慌てて言うと、少女は不審そうな顔をした後、インカローズを見た。
「……信用していいわ」
 インカローズの言葉があって初めて、表情から警戒心を解く。
 しかし疑心はなくならないようで、イネスです、と名乗ると、インカローズの背後に、隠れるように下がってしまった。
「居たくないなら、戻っていいのよ」
「いえ! インカローズ様を、こんな中でお一人には……!」
 必死な様子が、微笑ましく感じられてしまう。
 彼女はインカローズを心から慕っているのだろう。
 そんな彼女を裏切って、インカローズは、使命を放棄する、と宣言したのだ。

 それは、とても哀しいことだとフレア・ミラア(ふれあ・みらあ)は思った。
 だって一方では、聖地の為に心を砕いて、帰るところを失って、それでも懸命に生きている人達がいるのに、と。
 みこともフレアも、”種”自体には興味はない。
 欲しいとも、あげると言われても受け取るとも言えない。
 けれど、解って欲しいと思った。
 護りたい。守り人を護ることが、聖地を護ることが、シャンバラを護ることが、今は離れた故郷、地球を護ることのように気がしてならなかった。

「キミは、セレスタインって場所を知ってる?」
「ええ」
「ここ以外の聖地が、魔境化されてしまったことは」
「あなた達に聞いたわ」
 インカローズから、動揺が全く感じられないのが、いっそ不思議だった。
「……キミと同じ”守り人”の子が、命を削って、聖地を護ろうとしてる。
 コハクは……突然宿命を突きつけられて、それでも逃げずに、頑張ってる」
「………………」
 インカローズは少し宙を見るようにした後、みこと達を見た。
「開闢から終焉の時まで、一瞬の自由もなく世界を支え続けるアトラスには、知能が存在しないと言われているのを知っている?」
「え?」
「……その重大な使命を帯びる為には、アトラスは、知能を捨てなければならなかったのよ」
 だからアトラスは、疑問も望みもなく、世界を支え続けていられる。
「私達も、そうだったらよかったのにね」
 自嘲に満ちた呟きに、みことは口を閉ざす。
 言いたいことは沢山あるのに、説得したかったのに何も言えなかった。



「”種”を捨てたってあんたは自由にはなれないぜ」
 姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)の言葉に、インカローズは薄く目を伏せた。
「自由になりたいなら、この村から出ていけばよかったじゃないか。
 何故そうしなかったんだ?」
 本心を言えば、星次郎は、”種”はインカローズが持つべきもので、誰かが受け取ったりすべきではないと考えていた。
 どうすれば、彼女を説得することができるだろうか。
「……それは、私が、”守り人”だからよ」
 自由を望む。世界が滅びてもいいと言うくらい。
 けれど”守り人だから”、それを求めなかった。
 どういう意味かしら、と、清次郎のパートナー、シャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)は首を傾げた。
「そう、その”種”は、キミ以外に持てる人なんていない。
 キミは、それを解ってる」
 逃げたって、自由などどこにもありはしないのだ。
「キミの覚悟って、どの程度のものなの?」
 インカローズは、暗い瞳をして、ふっと笑った。
「何それ……。何をしてみせれば、あなたは満足するの?」
 言うなり、ふいっと身を翻して、2人から離れて行く。
「うーん、説得は失敗か……」
 言いたいことの半分も言えなかった気がする。
 一緒に頑張ろう、と言いたかったのだが。



「インカローズ様は、聡明でとてもお優しく、使命を投げ出したりする方ではなかったのに……」
 本当に、インカローズがそれを言ったのかと、イネスは信じられないようだった。
「穏和で、いつも静かに微笑まれているような方で……尊敬していました……」
「それは何だか、我々が見たインカローズさんの姿と違う気がしますね」
 志位 大地(しい・だいち)が首を傾げる。
「だとしたら、多分、自分を偽って見せていたんじゃないのかしらねえ」
 大地のパートナー、シーラ・カンス(しーら・かんす)が呑気に言って、イネスは蒼白とした。
「今迄、我々に対していたインカローズ様が、偽りだったと……!?」
 言葉を飲み、イネスは2人を睨みつけた。
「そんな馬鹿な話があってたまるか!
 インカローズ様が偽って見せているとするなら、それは、お前達相手にしている場合に決まっている!」
 叫ぶように言って、イネスは逃げるように立ち去ってしまった。
「……怒らせてしまいました。まだ殆ど話を聞いていないのに……」
「ひょっとして、私のせいだったりするのかしら〜?」
 ことん、と首を傾げるシーラに、大地は肩を竦めて苦笑した。



「そんなの、絶対にダメだよ!?」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が叫ぶように訴えた。
「だって、どうするの?
 世界が滅びちゃって、何もなくなって、皆いなくなって、
 そんな誰もいない世界に1人で立っても、きっと全然幸せになれない」
 きっと絶対後悔する。
 感極まって、カレンの目に涙が浮かび、それを隠す為にカレンは慌てて俯いた。
 切なく言葉を絞り出すカレンを、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がじっと見つめる。
 自分は、この思いを上手く口で伝えることができないので、その分カレンが伝えてくれたらいいと思った。
「……あなたは、幸せなのね」
 頭の上から静かな声がする。
「……そうだよ。自由だし、この森が大好き。
 ねえ、ボクどうしたらいい? 何ができるの?」
 インカローズにも、この世界で生きることを、楽しんで欲しい。
 ”種”を持ったままでもいいじゃないか、と思う。
 そのまま、世界中のどこへでも、旅立てばいい。
 とりあえずイルミンスール魔法学校に案内する。だから。
 くしゃりと頭を撫でられて、カレンはびっくりして顔を上げた。
「インカローズ?」
「……」
 インカローズは、何も言わずに2人の前を立ち去る。
「”種”、手放さないで! ねえ、護りとおしたら、一緒に何処か行こうよ!」
 素敵ね、と、小さな声が耳に届いた。



「そんなに嫌なら辞めてしまえばいいのに」
 ぽろりと漏れた本音に、インカローズは振り向いた。
 その表情が、とても苦しそうだと思うので。
 インカローズが、”守り人”の責務を放棄したいと思うほどに変えてしまったのは何なのだろう。
 彼女に一体、何があったのか?
「”守り人”にはどうやってなるんだ?
 何か資格とかがあるのか? 志願したのか?」
 ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)の問いに、インカローズは苦笑した。
「自分からなるのではないわ。
 けれど私は自分が”守り人”であることを、誰に言われるでもなく知っていた。
 そうね、資格はあるわ」
「それって何なの?」

「”種”に対して、何の欲望も持たないことよ」

 簡単なようでいて、それはとても難しいことだった。
 自らの自由になる力を前にして、何も望まない、などと。
 善も悪も、欲してはいけない。
”種”を、善にも悪にも、染めてはいけなかった。
「どうして、いいことにも使っちゃだめなの?」
 フェリシア・レイフェリネ(ふぇりしあ・れいふぇりね)が首を傾げる。
 いいことになら、正しいことになら、その力を使っても構わないだろうと思うのに。
「……その善悪の基準は、人間のものでしかないからよ」
 人間にとってよかれと思う力は、他の生物にとって、世界にとっても同様に、よかれと思うものであるのか。
 その判断は何処でするのか。
 誰がその権利を有するのか?



「なあ、頼むよ。一緒に聖地を護ってくれねえか?」
 アズライアやコハクのことは聞いているんだろう、と緋桜 ケイ(ひおう・けい)は訴えた。
 インカローズが使命から逃れたがっていることに関しては、他人があれこれ口出ししたり非難したりすることではないと、ケイは思っている。
 けれど今だけは、協力して欲しかった。
「随分、熱心に勧誘するのね」
「……あんた、見かけから想像するより、ずっと強いんじゃないか?」
 同じ”守り人”であるアズライアは、『ヒ』の仲間を1人倒したと言っていた。
 彼女も、ひょっとして、1人で『ヒ』と渡り合えるくらいの実力を備えているのではとケイは予想していた。
「なあ、取りあえず今の危険を乗り越えてから、そういう重要なことは考えればいいじゃねえか。
 終わってからどこにでも行けばいいし……案内するし……。
 何だったら、決断までの間、俺達が”種”を預かってもいい」
 ぴく、とインカローズの表情が動いた。
「そうね。あなたが、受け入れてくれるというなら」
 インカローズは、これまで仕舞い込んでいた”種”を取り出して、ケイの手に渡そうとした。

「ダメだっ!」
 その手を、掴み上げられる。
 高月 芳樹(たかつき・よしき)だった。
 彼は、インカローズが不用意に”種”を誰かに渡さないよう、ずっと近くで見張っていた。
 欲しくは無い。
 これはインカローズの手の中にあるべきもので、他の誰の手にも渡るべきものではない。
 だからこうして、インカローズが手放そうとした時にだけ、介入したのだ。
「……解ったよ」
 芳樹の主張も解るので、ケイは掴まれた腕を軽く払うと、その手を引っ込める。
「……おぬしは、この世界が憎いのか?」
 出直す、と身を翻したケイの後を追おうとして、パートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がインカローズを見る。
「……だと、したら?」
「わらわはそれなりに好きじゃな。
 だから滅びてしまえとはあまり言って欲しくない。
 おぬしにも事情はあろうが、他人を不快にさせたくはあるまい?」
「……そうね、悪かったわ」
「それと」
 背を向けながら、もう一言。
「そんなに使命が重いのであれば、捨ててしまっても構わぬと、わらわは思うぞ」
 けれど自由を得るということは、同時に責任を負うということだ。
 ゆめゆめ忘れるではない、と言い残して。