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リアクション
第2章 参謀長爆殺?
ラク族領主ヤンナ・キュリスタの城館の一角。そこに教導団第3師団の一部が来ている。参謀長志賀 正行(しが・まさゆき)大佐率いる交渉団である。
「ん〜。これはいいですねえ」
珍しく志賀が感心したような声を上げている。
「モン族の報告ですよね?」
参謀長の志賀の所にはいろいろ情報が回ってくる。それらをまとめていたフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)がそちらを見て言った。モン族と新たに同盟関係に入ったためいろいろ情報が入ってくる。モン族ともどういった形で協力できるかは今後に影響する。
「モン族の産業は牧畜と鉱業と言うことになりますが鉄鉱石のみならず、レアメタルが産出されるようです」
「それは……また」
「タンタル、インジウム、リチウム……。供給してもらえるようになればかなり助かりますね」
「ではそう言った面でも協力関係を強めると?」
「そうですね。モン族側にもできることをしてもらえればお互いの協力関係は深くなります」
「ラク族も協力してくれればいいんだろうが……」
「それにしても、ヤンナという人はかなり現実的な考え方をする様ですね。状況もよくわかっているようだし」
一色 仁(いっしき・じん)はヤンナが思ったより状況を理解している事に驚いている。
「まあ、ゆる族がいる、と言うことはそれなりに地球に行ったりして情報収集をしていると言うことでしょう」
志賀はコーヒーをすすりながら言った。
「これは……我々にとってはある意味幸いでは?」
その一色の言葉に志賀はにんまりと笑った。一色はこの間より、状況予測の高さを示している。
「その通りでしょうね。ワイフェン族はいわゆる原理主義者です。これに対してヤンナ嬢は歩み寄りを模索するつもりはあるようです。現実的、と言うことは交渉は十分可能であることを意味します。もっともかなり手強いでしょうが」
「しかし、事が事だけに難しいですね。この問題は我々だけでは解決しないように思います。ヤンナ殿のいう危険性は現在パラミタ大陸に来ている地球人に共通した問題と思います。本校も含めて各地を説得しなければならないのでは?」
「この問題は幕末の尊王攘夷問題と同類のたぐいの問題でしょう。我々としてはシャンバラ古王国復活のためには地球からの技術導入が必要であることを明確に示して彼らの攘夷論を開国論に転換させねばなりません」
香取 翔子(かとり・しょうこ)は技術を条件に開国を迫ると言う考えである。技術導入による進歩がシャンバラ王国復活に貢献するというのはかなり魅力的に映るのは事実であろう。事実、シャンバラ人だけでは復興に十倍以上の時間がかかる。
「まあ、ラク族側にも開国を考えてくれる者が多ければいいんですが」
「そのやり方には賛成できないな。彼らはその技術導入による変化を恐れている。何でも地球流でやるというのは結局の所、侵略に他ならないのではないか?」
ヴァンジヤードは香取の技術導入のやり方に否定的だ。
「我々がなすべきは現地の人々と手を携える。その基本が大事なのではないか?」
「そんな事では時間がかかりすぎて、王国の復活は望めないわ。ここははっきりした手を打つべきだわ」
「というと?」
「ヤンナ嬢に贈り物をしましょう。機関銃を一挺、進呈するのです。技術格差を示して我々と同盟することが王国復活の最短距離であることを示すのです」
「ば、馬鹿な。それは要するに脅かしていると言うことだろう!」
ヴァンジヤードは激高するが香取は平然としている。
「なるほど……機関銃ですか」
志賀は手を組んでちらりと二人の方を見た。
「そうです」
にっこり笑って言う香取。応ずる志賀もこれまたにっこり笑って言った。
「私がヤンナ嬢なら、にっこり笑ってワイフェン族と同盟しますね」
「ええっ!?」
「ワイフェン族と同盟すれば自動小銃が手に入ります。機関銃なんてそれほど怖くありません」
「しかし、技術の違いは」
「香取士官候補生……。幕末の状況に近いと考える分析はいいところをついていると思います。ただ、脅かすだけでは侵略にしかなりません。すぐに反地球人運動が広がりますよ?技術の違い……と言いますがね。果たしてそうでしょうか?貴女、パラミタの技術レベルが中世に留まっているから遅れていると思っているようですが、それって人種差別ですよ?」
志賀の言葉に香取はのけぞった。
「まあ、貴女だけではありません。今パラミタに来ている人間の多くがシャンバラの技術レベルが中世であることから遅れていると考えているでしょう。『助けてやろう』『援助してやろう』というのは実は上から目線ですよね。多くの者が心の底ではシャンバラの人々を見下しているのも事実でしょう。忘れてはいけません。地球の最新兵器であるジェット戦闘機がドラゴンに阻まれて近づけないんだと言うこと。我々第3師団ですら、ラピト族の人々が協力してくれるから兵力が確保できているということ。パラミタを侮ることはできないのです」
「では、やはりこの問題はパラミタ全土に関わる問題、と言うことですね」
一色は志賀の言葉に意を強くする。
「その通りです、一色候補生。ただ、だからこそ私達はここでがんばっているし、がんばらねばならないのです」
そう言って志賀は向き直った。
「皆知っているとおり、シャンバラにある各学校はシャンバラ王国復活へ向けて協力することを申し合わせています。そして王国復活へ向けて施策が行われています。女王探索もその一つでしょう」
シャンバラ王国復活の必須条件と言われているのが女王の探索である。そもそもパラミタが出現したこと、パラミタの様々な動きが長年眠っていた女王が復活したからだとの推測がなされている。王国の象徴たる女王の復活は王国の要と言える。
「しかし、それだけではありません。王国は女王だけでは成り立ちません。王国が復活するなら、その核となる組織も必要でしょう。また各地でも新しい王国の一部分を担っていくことになります。であるならば、ヴァンジヤード候補生が言ったように地球人とシャンバラ人が手を携えた組織を作っていく必要があります。……で、現在
積極的に現地勢力と協力関係を作りつつある所はどこでしょうか……?」
志賀は周りを見渡し、足下を指さした。
「ここ。我々第3師団は公的な地球人とシャンバラ人が協力した組織を作りつつあります。おそらく、王国の核となるような組織を作りつつあるという点で先頭を走っている中に我々がいるのです。だからこそ、我々がまず、どうすべきかをやって見せることが重要といえます」
志賀の言葉に一色とヴァンジヤードは顔を見合わせた。
「ある意味、地球人のシャンバラ進出で最も恐ろしい事態は、シャンバラを侵略しようと考えている者が侵略することではありません。シャンバラを助けようとした善意が結果的に侵略してしまう事なのです」
「善意による侵略……ですか」
ヴァンジヤードはその言葉の意味をかみしめる。
「それ故、我々がまず、『やってみせる』必要があるでしょう。一色候補生。我々が見本を見せてこそ、周りも見習うというものです。そしてヴァンジヤード候補生」
志賀は振り向いた。
「貴官の考えは基本的に正しいと思います。ただ、香取候補生の言うように時間がないのも事実なのです。その中で我々は最善をつくし、よりよい、と思われる道を選んで行かなければならないでしょう」
今、自分たちはどのような状況にあるのか?
「肝心なのはラク族達の侵略されるという考えを払拭することこそ大事でしょう」
そう言って話に割り込んできたのはクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)である。
「何か策があるのか?」
胡散臭そうに見るヴァンジヤード。
「ラク族に対し、我々、並びにワイフェン族を交えてお茶会を行ってはいかがかと?」
自信満々に言うジーベックにヴァンジヤードはため息をついた。
「ワイフェン族が同意するとは思えないし、ラク族も現状では多分、乗らないぞ。第一、現状では意味がない」
一色もそう言った。その時である。
衝撃が来た。
最初に起き上がったのは一色である。起き上がると部屋が半壊していた。脇から体を起こすのはヴァンジヤードであるが、顔をしかめている。どうやら腕が挟まれて怪我をしたらしい。志賀も体を起こした。脇にいたモニカ・ロシェ主計大尉をかばっていたようだ。額から血を流している。慌てて香取が駈け寄った。
「あああ〜参謀長の頭脳に何かあったら大変です!」
「はっはっは。元々ネジ外れているから大丈夫……それより、全員無事ですか?点呼!」
「1」
「2」
中略
「6」
「一人足りないな?」
「ひいいいいいっ!」
クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)が窓の外を見て悲鳴を上げた。一色が駈け寄って下をのぞき込むと、窓際にいたせいで爆風で吹き飛ばされたのであろう、ジーベックが地べたに叩きつけられている。皆は四階にいる。すぐに一色達無事な者は階下に走った。
城館にて爆破事件。言うまでもなく大騒ぎになった。ヴァンジヤードは骨にひびが入った感じである。志賀も頭に負傷しているが重傷には至らなかった。一同は別の部屋に移され、手当を受けた。ジーベックは重傷で、応急処置の後すぐに本校へ運ばれていった。
「狙いは参謀長ですかね?」
一色は険しい目で言った。ここで志賀を暗殺すれば交渉における打撃は大きい。そこにミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)が戻ってきた。
「どうだ?」
「それが、別の意味で大変なことになっています」
一色の言葉にアシュフォーヂは青ざめた顔で調べた現状を説明した。爆破自体はかなり広範囲に及んでおり、志賀達のみならず、ラク族、そしてワイフェン族にも大きな被害を出している。
「ワイフェン族にも被害が出ているぅ?」
「はい、実はワイフェン族の族長が交渉に来ていたようですが、怪我をしたそうです。向こうは重傷者多数です」
全体としては死者こそ出なかったらしいが多数の負傷者を出している。驚いたことに一番被害が少なかったのは教導団である。
「どういう事だ?」
現状で教導団相手に爆破を仕掛けるとすればワイフェン族の可能性が高い。しかしワイフェン族自体に被害が及んでいる。
「爆弾は威力の制御が難しい。都合良く怪我をさせるのは難しい」
「では誰が?何のために?」
一色とヴァンジヤードは不審げに顔を見合わせた。
「いずれにせよ、ワイフェン族にも被害が出たとなればややこしいことになりますね」
志賀は目を細めた。外から見れば爆弾を仕掛けたのは教導団とも受け取られるからだ。
志賀は今回、ロシェとヴァンジヤードを連れて交渉に挑んだ。志賀は頭に包帯を巻いており、ヴァンジヤードは腕を吊っている。再び、ヤンナ・キュリスタが現れた。
「この度の事は遺憾の限りです」
「ラク族の皆さんは大丈夫でしたか?」
「幸い死者は出ませんでした」
爆弾は教導団とワイフェン族のそれぞれの部屋のほぼ中間で爆発したらしい。一番被害を出したのは両者がもめ事を起こさないよう警戒していたラク族の警備兵である。
「それにしても、何者がこのような事を起こしたのか?それについては?」
「現状で捜査中ですが詳細は今の所不明です」
ヤンナはそう答えた。ヤンナ達ラク族の立場からは教導団、ワイフェン族、どちらも犯人の可能性がある。
「解りました。この問題は当面、お任せします」
「そう言っていただければ安心です。皆さんの警備は強化することをお約束します」
(逆に言えば……監視が強化されると言うことだな)
ヴァンジヤードは内心呟いた。
「では本題ですがラク族の皆さんの立場としては、協力する意志はある。しかし、文化、技術の流入を含めた侵略は望むところではない。と言うことですね?」
「はい。すでに出会っている以上お互いの存在をなかったことにはできないと考えます。であるならば平和的な協力関係を望む次第です。私たちは逆に皆さんにお聞きしますが、現状での地球の方々の急速な進出はシャンバラの我々の伝統や文化を脅かしかねないものです。それについて私達の危惧は本当に地球の方々がシャンバラの文化・伝統を尊重するかどうか?その真偽と言えます」
「それは、証明するのには時間がかかるといえるものです」
ヴァンジヤードがそう言ったのは意外にもヤンナが結論を急いでいるようにも思えた。
「それは理解します。ただ、はっきりするまでの間にも地球側の進出は続くでしょう。それは危惧すべき問題の中に入ります」
要するに現状を見守るという『ぶらかし』では結局意味がないと言うことだ。地球側が話し合いと称して解決を先送りする間に既成事実を作るようなやり方は同意しないという意味である。安易な引き延ばしは敵対的意志表示となる。
「双方、全体の問題をここですべて話し合うにはお互いの立場が問題ではないでしょうか?私たち教導団、というか第3師団は復活した王国が地球が中心では意味がないと考えます。確かに私達はそう考えていますが地球人全体では確かに侵略的な考えを持つ者がいることを否定できません。しかし、それはシャンバラも同じではないでしょうか?ヤンナ殿は地球人と協力する意志があるとおっしゃられていますが、ワイフェン族は同意しないでしょう。そう言う意味では第3師団とラク族の全体の中の立場は同じではないでしょうか?」
ヴァンジヤードとしてはラク族の主権を脅かすつもりはない。それを少なくとも自分たちはそうなのだと言うことだけでも示さねばならないと考えた。
「理解します。確かにラク族もシャンバラ全体の一部分でしかありません。あなた方がシャンバラ人が地球人と協力すると言う言葉を疑うこともまた鏡に映したように同じでしょう」
互いが全体の中の一部分でしかない。しかし全体の問題を考えてそれでも立場を表明せねばならない。
やや沈黙があった。そこで志賀が片眉を上げて言った。
「どうでしょう。とりあえず、何らかの実績をやってみる、と言うことでは?それでまず様子を見ること。お互いが歩み寄る。その距離を測ることが必要だと考えますが」
「それは可能と思います。しかし、何か案がありますか?私達にはそれほど出せるものはありません。それ故危惧しているのです」
「とりあえず、案を出してみましょう。それについてはラク族もご考慮頂きたく思います」
「よろしいでしょう」
具体的な方策を何かやってみる、と言うことで暫定的な合意を見た。と言うところであろう。部屋に戻ってきたところで、サーデヴァル・ジレスン(さーでばる・じれすん)が近づいてきた。念のため、交代で部屋の警備に当たっている。
「先ほど、ラク族の衛兵が話しているのを聞いたのですが、どうやらワイフェン族はヤンナ殿とワイフェン族族長との婚姻を持ち出してきた様です」
「政略結婚と言う訳か……」
ヴァンジヤードは首を振った。
「思い切った手を打ってきましたね……。要するに『地球人を追い出す尊王攘夷』を確実に旗印にするのであればワイフェン族がラク族に従っても良い、と言うことです。それを確実に約束するよという意味でしょう」
「それは……本気なのでしょうか」
志賀の言葉に香取も心配そうだ。
「本気……でしょう。ラク族……ヤンナ嬢の政治的影響力とワイフェン族の軍事力が結びつけば、これは大きい。この周辺に反地球人の一大勢力ができあがります」
「早急な対抗手段を講じないと」
やや志賀は考えて言った。
「ヴァンジヤード候補生、香取候補生、特命です。直ちに具体的な経済支援策の策定に入ってください」
「具体的、と言いますと?」
「そうですね。この際、モン族にも協力してもらうとして、ラク族に産業支援を行います。ラク族は船を作ったり、ある程度組織的な手工業を行っています。これは『軽工業の素地がある』と言うことです。そしてモン族は鉱業と牧畜を中心としています。ならばこれらに教導団が協力することでラク族に産業を興すことが可能でしょう」
志賀には何らかの案があるようだ。だが、それをあえてヴァンジヤードらに作成させるつもりのようだ。
「しかし、産業を育成する、と言うことはラク族を文化的に脅かすことになるのではないでしょうか?」
今まで心配してきた事そのものである。ヴァンジヤードは不安そうだ。
「それはもちろんです。だからこそ、よく考えて策定してください。但し、上手くやれば、ヤンナ嬢は同意するでしょう。なぜ、同意するのか?それが解れば外交というものが解るようになります。それと一色候補生。貴方は爆破事件の情報を集めてください。ワイフェン族を探ることは不可能ですし、やめた方がいいでしょうがラク族には話を聞くことくらいはできるでしょう」
「爆破事件の犯人は誰か、と言うことですか?」
「まあ、そう言うことです。それと、ここだけではなく第3師団に敵対する勢力の情報を集めて整理することです。第3師団周りの一連の敵対勢力、その裏側が見えてくるでしょう。あるいは、今回の爆弾事件はその犯人にとって致命的な失敗になるかもしれません」