リアクション
第7章 始まり
大晦日の夜。
ルリマーレン家の別荘では、皆食事を済ませてお風呂にも入り、ゆっくりと時間を過ごしていた。
「ねむい……」
「私、まだ全然へいきー」
「わたしもー」
「眠くなった人は無理しないで眠って下さい。日の出前に起こしますからね」
高務 野々(たかつかさ・のの)が子供達に声をかける。
「ミルミも寝ようかな……」
「ミルミちゃんは昼間ものんびりしてたでしょ。はい、これ持って」
秋月 葵(あきづき・あおい)が麺棒をミルミに渡した。
「ん? これで打つの。えいえいっと!?」
ミルミは棒を竹刀のように振り下ろす。
「違いますよ」
野々が苦笑する。
キッチンに集まった百合園生達は、妖精の子供達を誘って、蕎麦打ちを行なっていた。
蕎麦粉は野々が実家から取り寄せたもので、道具は葵が学院から持って来たものを使っている。
調味料は別荘にあるものを使用予定であり、小松菜や貝割れ大根、二十日大根など、農園で採れた野菜や卵が具として用意されている。
「延しに使うんです。こうして打ち粉を振りかけて……」
野々は打ち粉を少し振りかけて、捏ねて玉状にした蕎麦粉をつぶして、円盤状にしていく。
「打ち粉を振って、その麺棒で巻き取って転がしながら延ばすんですよ」
「粘土遊びみたいね」
ミルミはそんな感想を漏らした。
「一緒にやってみよ、ミルミちゃん」
「うん」
葵と並んで、ミルミは蕎麦打ちを体験してく。
「こねこねこねこねこね〜」
「ごろごろごろごろ」
子供達もやっぱり粘土遊びみたいに、野々の指導の下、蕎麦粉をこねている。
「ふあ〜。結構大変だね」
「日本の大晦日って大忙しだね。大掃除もするんだよね?」
瀬蓮とアイリスも葵に誘われ、蕎麦打ちに参加している。
以前この場所に来た時には散々な思いをした2人だけれど、こうして葵や百合園生達と楽しく過ごすことで、嫌な思い出から解放されつつあった。
「うん、毎年大忙しだよ。その代り、お正月はゆっくりするんだけどね」
「でも何でお蕎麦食べるの?」
ミルミが問うと、葵はちょっと考えて、蕎麦打ちの勉強と一緒に調べてきたことを思い出す。
「んーとね、年越し蕎麦の由来は『細く長く達者に暮らせることを願う』らしいのよ」
本を見てばっちり練習をしてきた葵はミルミよりはずっと手際がいい。年越し蕎麦は勿論、あまり蕎麦を食べたことのないミルミや子供達に、説明をしながら『切り』に入る。
「あと、蕎麦は切れ易いから、旧年の労苦や災厄をきれいさっぱり切り捨てようと「縁切りそば」「年切りそば」と言う説もありますね」
傍で見守りながら、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)がそう付け加える。
「ということは、細く長く、途中で切れないように気をつけて切らなきゃダメなのかな?」
ミルミの問いに、葵はこくりと頷く。
「うん。危ないから、切りはあたしに任せてね。一番上手く捏ねられた人にはご褒美あげちゃうよ〜♪」
そう葵が言うと、子供達が「はーい」と可愛らしい声を上げて、変な形に捏ねていた蕎麦粉を潰して丸く仕上げていく。
「頑張って下さいね」
エレンディラは意気込む子供達と、粉を手と顔にもつけて頑張っている葵に微笑みを向けた後、野々の方に歩み寄り、こっそり持っていた袋を広げて中を見せる。
中には乾麺の蕎麦と乾麺のうどんが入っている。
うどんは蕎麦が苦手な人用に用意したもので、蕎麦は……失敗してしまった人用だ。
エレンディラと野々はくすりと笑い合って、一緒に蕎麦汁を作り始める。
「おせちも順調よ!」
七瀬 瑠菜(ななせ・るな)はおせち料理に精を尽くしていた。
煮物を煮込みながら、栗きんとんを作っている。
「あ、瑠菜、お屠蘇の準備もお願いね?」
着物を手にリチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)がキッチンに顔を出して、瑠菜に言う。
「うん、着物の方は足りてる?」
「全員分は無いけど、希望者の分はあるわ。ちゃんと瑠菜の着物も用意しておくから」
「ありがと」
火を止めながら、瑠菜は振り向いてリチェルに笑みを見せた。
「餅つきもしようね。お雑煮とお汁粉はボクが担当するよ」
フィーニ・レウィシア(ふぃーに・れうぃしあ)は、餅つきの道具の準備を始める。
もち米は既に研いで水につけてある。臼や杵にもそろそろ水を張っておいた方がいいだろう。
「もちつき?」
「そっ。お蕎麦食べて、寝て起きたら、餅つき大会だよ。お外でやろうね」
不思議そうな顔の子供に、そう微笑みかけて、フィーニは友人達に手伝ってもらいながら道具を外へと運んでいく。
蕎麦と蕎麦汁を持って、野々と葵、エレンディラにミルミ、瀬蓮、アイリスは食堂に向かった。
「具はお好みに合わせて入れて下さいね。その他なにか注文があれば私が作りますよ! 基本的なものなら大丈夫ですから!」
野々が蕎麦と具、蕎麦汁を並べながら言う。
具には汁に合うように、さっと味がつけてある。
汁も、温かいもの、冷たいもの、つけ蕎麦、かけ蕎麦用の4種類それぞれ用意してあった。
「ん……お菓子……」
眠そうな目で、子供がそう答える。
「はい、ケーキを焼いておきますね」
優しく野々は子供に答えた。
「おはしってむずかしいね」
「りょうてでいっぽんずつつかんですくえばいいのかな?」
子供達は箸の使い方に戸惑っている。
「こう持つんだよ」
葵が子供の手を握り締めて使い方を教えてあげる。
「あ、とれた!」
子供は一本蕎麦を口に運び入れ、にっこり笑った。
「それじゃ、ミルミもいただきまーす」
ミルミはざる蕎麦を食べてみることにした。
「おお、ながーーーーーーーーーーーーい」
自分で薄くのばした蕎麦だったが、途中で切れてしまう。
蕎麦に問題もあったが、ミルミがちゃんと箸を使えないことも原因だ。
「無理に伸ばしたからね」
葵が笑いながら、ミルミの隣に腰掛ける。
「はい、葵ちゃん」
エレンディラがお椀と箸を葵の前に並べた。
「いいのこれくらいで。ミルミ、ヴァルキリーだから地球人のみんなより長生きだし!」
笑い合い、美味しい手作り蕎麦を食べながら、皆で楽しく年を越すのだった。
○ ○ ○ ○
「寒くないですか、校長。どうぞお使い下さい」
篠北 礼香(しのきた・れいか)が、屋上に上がってきた静香に懐炉を手渡した。
「ありがとう」
静香は懐炉を両手で包み込んで微笑む。
「今のところ特に異常はありません。何事もなく初日の出が拝めそうです。勿論、油断はしませんが」
礼香が警備状況を静香に報告し、後方に控えている
氷翠 狭霧(ひすい・さぎり)に目を向ける。
軽く頷いて、狭霧も報告をする。
「別荘外にも侵入者の形跡はありません。この場所を狙撃できる場所もありません」
「ご安心下さい」
と、礼香が付け加える。
別荘に訪れてから礼香はパートナーと共に、建物の配置、避難経路の確認、狙撃に適している場所の有無、深夜の警備など、白百合団員よりも鋭い視点で警備を行なっていた。
「ところで、封印を解いて回ると離宮が出現するとの話ですが、街への影響についてはどうなさるのですか?」
「その辺りはラズィーヤさんが決めると思う。避難勧告出すかもね」
「ん〜、そろそろ眠くなってきたけど、あと少しだからね」
ジェニス・コンジュマジャ(じぇにす・こんじゅまじゃ)が、体をぐっと伸ばした。
眠い眠いと愚痴りながらも、交替で寝ずの番をしてきたジェニスだが、今日は違った。
食堂で皆とカウントダウンをした後、一旦警備に出て、それから礼香達と皆が集まる屋上へと上がってきた。
「さて、空が明るくなってきたね」
「それにしても残念です。副団長の優子さんとも一緒に新年を迎えたかったのに……」
ヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)が空を眺めながら呟いた。
神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は課外活動に1日も顔を出さなかった。
「優子さん、分校の件を
亜璃珠さん達に任せていても、離宮探索を控えて準備に凄く忙しいみたいなんだよね。戦闘面では百合園の要だから」
静香が申し訳なさげにそう言った。
「少し、心配です。ご無理されていなければいいのですけれど……」
ヴェロニカは軽く吐息をついた。
正月は少し休みがとれると言っていたのだが、初日の出には間に合わないようだ。
「日が昇る……」
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が小さく声を上げた。
空が少しずつ明るくなっていく。
木々の向こうから、光が広がっていき。
太陽が浮かび上がっていく。
「百合園だけじゃなくて、パラミタに生きる人々皆が仲良く暮らしていけるように頑張ります」
生まれたての光を浴びながら、静香が抱負を口にした。
「あたしの目に映る人々が平和に暮らしていけるよう、守っていきたいものです」
礼香も眩しげに目を細めながら語った。
「あたしが守りたいのは、姉貴くらいのもんだけどなぁ」
ジェニスはちらりと礼香に目を向け、礼香は軽く笑みを浮かべる。
狭霧は周囲への警戒を解かず、神経を研ぎ澄ませながら、後方で初日の出の光を浴びていた。
「今年も白百合団の一員として多くの生徒を守ることを誓います」
ヴェロニカはそう誓う。静香と、静香を護衛する白百合団員。それからこの場に集まった百合園の学友達。
課外活動に参加をしていない百合園生達を思い浮かべ、最後に優子を思い浮かべて強く決意していく。
「あたしの今年の目標は『地球とパラミタ、パラミタのそれぞれの種族の融和を目指すこと」
歩は目標を語った後、口を閉じて昇って行く太陽を静かに見つめる。
自分よりもずっと早く、その目標を口にしていた人がいた。
(あたしは、戦いは嫌い、仲良くしたいって言ってたけど、その中に敵は入ってなかったのかもって思う)
太陽を見つめながら、去年の出来事を思い出していく。
別荘を占拠していたパラ実生からも、大事なことを聞いた。
(パラ実生だって、この世界の住人です。命の重みは変わりませんよね)
もっと、身内だけではなく、知らない人物にも気を配れるようにならなきゃ、仲良くなんてなれはしない。
そう思って、少しずつ勉強しようと、空賊の集まる酒場、不良が集まる喫茶店でバイトをしようともした。
だけれど、その場にいるだけでもダメなのだ。
(酒場のママさんが言ってた……それぞれの人のメリットとかデメリットを調整して、皆が満足できるような結果を作らなきゃいけない。
いつもはきっと生徒会役員の方や亜璃珠さん達がやってくれてたところを自分で考えられるようになることが第一歩)
眩しげに目を細めて、太陽を見ながら、心に強く誓っていく。
(いつかまた、パラ実の女性達の集団に会えたら。今度は胸を張って、皆さんとお友達になりたいって言えるようになりたい。ううん、言うだけじゃなくてきちんと認められるようにならなきゃ)
「いつかは、皆が納得した上で仲良くできる、そんな場所を作りたい」
歩のその言葉に、静香が彼女に目を向ける。
「今年も、よろしく」
似た思いを抱く歩に、静香は嬉しそうに笑みを向けた。