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リアクション
「部屋の中では、なるべく飛ばない。特に食事がテーブルの上に並べられている時は、上を通過したらだめだ。ごみや埃が食べ物の上に落ちたら、嫌だろ?」
薔薇の学舎の早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、食堂の隅で子供達にマナーを教えていた。
「あのね、おせちっていうの食べたの」
「おはしがつかいにくいんだよ」
「スプーンの先が、フォークになってるのが、いちばん使いやすいの」
「うん、でも料理にあわせて使わないとね。子供用のナイフやフォークもここには用意されているみたいだから。確かに、箸は少し難しいかもしれないけれど」
優しく丁寧に、子供達にナイフ、フォークの並べ方や使い方を教えていく。
「椅子にちゃんと腰掛けて。足がつかなくてもぶらぶらしない」
しかし、目を離すとすぐに退屈そうに、子供達は足をバタバタ動かしたり、隣の子と小突き合いを始めてしまう。
まだお持て成しを教えるには少し早いかなと思いながらも、呼雪は食器類の並べ方、お茶の注ぎ方などを根気良く教えていく。
「のんでもいい?」
「おかしも食べたいな……」
「ちゃんと並べられたらいいよ」
子供達にそう答えると、子供達は呼雪が教えたように、食器類を並べていき、零さないように注意しながら、お茶をカップに注いでいく。
「お皿はこっち」
「グラスはこっち」
「お花はまんなか」
「んと、布巾はここ」
子供達は並べ終わると一斉に呼雪の方を見る。
「うん、良く出来ました。それじゃ、休憩にしようか」
微笑みを浮かべて、呼雪がOKを出すと、子供達は嬉しそうにお菓子に手を伸ばして、自分達が並べたお皿の上に集めて、食べ始める。
「皆は、この歌知ってるかい? シャンバラに伝わる冬祭りの歌のようなんだが……」
お菓子を食べる子供達に、街で流れる歌を歌って聞かせた。
聞いたことのない歌だったけれど、何度も繰り返し聞かせているうちに、子供達も一緒に口ずさみはじめる。
「……ほら、キミも」
呼雪は一番端の席に座って、お菓子をちょっぴり齧った後、俯きながらどうしようかと迷っている子供の側に近付いた。
「真っ白な〜空から〜……繰り返してごらん」
「ま……しろ……そら……」
赤くなって俯いている小さな男の子の頭にそっと手を乗せて、呼雪は優しくなでてあげるのだった。
俯いたまま、小さな男の子は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「そろそろ到着する時間だ。手が空いてる子は一緒に玄関に迎えに行こう!」
イルミンスールの高月 芳樹(たかつき・よしき)が声を掛けて回ると、数人の子供達が芳樹についてくる。
「またおじょうさまって人たちなんだよね?」
「でもね、今日くる人はおっきくて、こわい人なんだって」
「ちゃんとあいさつしないと、なぐられるんだってよ」
「おこらせるとお家こわされちゃうかも」
「かいじゅうたちもたくさんつれてくるみたい」
「つかまったら、うられちゃうんだよ!」
「えーっ!」
子供達は子供達らしく噂話を膨らませている。
「売られたりはしないけど、ちゃんと挨拶しような。飛ばないで、ちゃんと並んで。入り口付近は通る人の為に開けておかなきゃダメだぞ」
芳樹は子供達に指示を出して玄関に並ばせる。
別荘に残っていた百合園生達も次々に顔を出す。
……バイクの音が聞こえてくる。
ドアを開いて見れば、夕日が差す中、バイクにのった若者達が次々と現れ、駐輪所とされている場所に止めていく。
先に到着した者は、別荘にそれ以上近付くことなく、その場で馬車の到着を待つ。
続いて、大型の馬車が姿を現し、別荘の前で停車をする。
中から現れたのは、武装した不良っぽい男、それから百合園の生徒と思われる可愛らしい女性――そして、長身で品のある女性、白百合団副団長にして、C級四天王の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)だった。
「こんにちは!」
芳樹が声を上げると、子供達も一斉に「こんにちはー!」と声を上げる。
「こんにちは」
ふっと目を細めて小さな笑みを浮かべながら優子が答えた。
「優子副団長、あけましておめでとうございます♪」
葵も元気良く挨拶をする。
「おめでとー」
「おめでとう、ございます」
「おめで、と……」
葵と手を繋いだり、葵の後から覗き込んでいる妖精達も新年の挨拶を口にする。
「明けましておめでとう」
「子供達と歓迎の用意したので、ささ、中へどうぞ〜」
微笑む優子を葵は部屋の中に招き入れる。
「皆はここで待っていろ」
優子がそう分校所属希望者に命じる。
「いえ、皆さんの歓迎の食事も用意してあるので、食堂にどうぞ」
葵がそう声をかけると、優子は「すまないな。ありがとう、秋月葵」と言い、分校所属者達に頷いてみせる。
「ヒャッハー」
「飯だタダ飯!」
「おう、可愛いガキがいっぱいいるぜ〜っ」
武器を持ったパラ実生達も別荘の中に入ってくる。
皆陽気で楽しそうであったため、子供達の殆どが面白い人達と認識したらしく、怖がる子は殆どいなかった。
「優子さん、あけましておめでとうございます」
子供達の間から、イルミンスールの譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が顔を出す。
「お、大和か。明けましておめでとう」
「少し、お痩せになったのではないですか?」
大和がドアを開けて、優子を導きながら声をかける。
「そうか? 体調崩してしばらく寝込んでたからな。多少筋肉が落ちたかもしれない」
笑みを浮かべながらも、心配気な目を大和は優子に向ける。
「お立場上、お忙しい事この上ないとは思いますが、ご自愛くださいね?」
「ん。ありがとう。心にとどめておくよ」
「おつかれさまでした! ゆっくりしてくださいです!」
百合園のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、キマクから指導に訪れている農家の主人と、畑を耕していた不良っぽい少年達に、おしぼりを配っていく。
「今、お茶いれます」
ヴァーナーは簡易テーブルの上においてある、ポットの中の紅茶を紙コップの中に入れて、主人と少年達に配る。
「ケーキ焼いてきました。約束の」
百合園の高務 野々(たかつかさ・のの)が、出来立てのパウンドケーキを持って現れる。
「甘いのは、とても苦手なんですけれど……頑張って作りました」
「おいしそうです」
野々が焼いたケーキを見て、ヴァーナーが両手を合わせて微笑んだ。
「では、我等も休憩にしよう」
子供達と一緒に、畑に肥料をまいていた藍澤 黎(あいざわ・れい)が手を休める。
「きゅうけい、やったあ」
「おやつー」
「おやつおやつ」
子供達が飛び立って、テーブルの方へ飛んでくる。
「みんな、おやつあるよー!」
女の子が大きく手を振って、声をかけると、周辺でお手伝いをしていた子、遊んでいた子も次々に飛んだり、走ったり近付いてくる。
農家の人と元不良達は、テーブルの周りを子供達の為にあけてあげる。
「おしぼりで手をふいてくださいです」
ヴァーナーが子供達におしぼりを渡しすと、ごしごしと子供達は急いで汚れた手を拭くも、目は既にお菓子の方を見ている。
「お茶よりジュースがいいな。はたけでくだものとれるようになったら、しぼってジュースにするの」
「わたしはそのまま食べたい」
「今は果物より、あったかいものがいいなあ〜」
「やさいあんまり好きじゃないんだけど、おじさんが作ったスープだいすきだよ」
「うん、おいしいよねっ」
農家の主人が子供達の言葉に「ありがとう」と笑みを浮かべて答える。
黎は、微笑ましげ眺め、頷きながらおしぼりで手を拭いた後、用意してあったヴァイオリンを手にとった。
子供達がとても楽しそうなので、楽しい曲を――。
「ふゆの曲です。いっしょにひきます!」
ヴァーナーは竪琴を取り出して、黎にあわせて弾き始める。
「音楽をきいて元気になるのは人もおやさいさんもいっしょなんです♪」
ヴァーナーがそう言うと、子供がぴょんと飛びあがった。
「うんっ。ヴァーナーおねぇちゃん、いつも歌ってくれるもんね。おやさいすくすく育つかなっ。あたし、この曲もうおぼえたよー」
「あたしも〜」
二つの弦楽器から、明るい曲が紡ぎ出され、お菓子を食べながら踊り始める子供達もいた。
1曲弾き終わると、農家の主人と子供達が大きく拍手をする。
黎は紳士的に、ヴァーナーはスカートの裾を持って、軽く頭を下げて拍手に応える。
「楽しい曲をありがとうございます」
紙コップに注いだお茶を、野々が黎とヴァーナーに渡した。
それから、ふと別荘の方に目を向ける。
先ほど訪れた神楽崎優子と関係者の姿はもうない。全員別荘の中に入ったらしい。
「神楽崎優子さんを交えて、子供達の里親についての相談がされるそうですね」
野々や黎、ヴァーナーもマリザ、マリルから話を聞いている。
「なんだかたいへんなんですね。みんなはだれといっしょにいたいですか?」
近くにいる子供達に、ヴァーナーが問いかけると、子供達は顔をあわせて首を傾げる。
「みんないっしょがいいな」
「はなればなれやだし……」
「でも、とおくにもいきたいな」
「あのね、いろんなひとに、いろんなばしょのおはなしきいたの! あたしもいきたいな……」
「でも、こわい」
「……そうですね。いろんな人がいろんなコトをいうとおもうけど、ムリについていかなくてもいいと思うです」
身を屈めて、ヴァーナーは子供達と目線を合わせる。
「いっしょにいたいって人をきめれなかったら決まるまでボクのとこにいてもいいですよ? ボクのとこちっちゃい子もいるですし、決まるまでボクといっしょに初等部いってみます?」
微笑んでそう言うと、女の子が1人、ヴァーナーの服の裾を掴んでにっこり笑った。
「あたらしいおともだちできる?」
「できますよ」
ヴァーナーがそう答えると嬉しそうにその子は羽を羽ばたかせるのだった。
「これからもまたえんそうとかお歌とかでいっしょに楽しいことしたいです」
「うんっ!」
女の子が大きな声でヴァーナーに返事をする。
くいくいっと、黎の服を引っ張る子供もいた。
黎が屈むとその耳に近付いて「楽しかったね」と、その男の子はこっそり言う。
先ほど野菜の収穫をしながら、こっそり2人で野菜を齧ってみたのだ。採れたてが一番美味しいっていうから、とった瞬間は凄く美味しいはずだという子供の主張に付き合って。
新鮮な野菜は、何もつけずともとても美味しかった。
首を縦に振って、黎は子供の頭に手をぽんと置いた。
庭仕事には慣れている黎だったが、ここでの作業は農家の人だけではなく、子供達からも教えられることが沢山あった。
「ケーキ、ありがと。ののおねぇちゃんっ。あたしはだれかといっしょにいくなら、ののおねぇちゃんがいいなー」
パウンドケーキを1つとって、小さな女の子が少し恥ずかしげな笑顔を浮かべながら、野々にそう言った。
野々は戸惑いを覚える。
(子供を預かる……? 私、も? どう、しましょう?)
子供達の笑顔はとても可愛らしく、何もかもがものめずらしいらしく、一生懸命に取り組む子が多い。
目の前のケーキを嬉しそうに食べている子も。よく、野々と一緒に仕事をして回っている。
(一緒に過ごすのも悪くはないと思います。ですけれど……)
野々は、異性よりも同性好きだ。それを野々自身、異常だと思っている。
だから、女の子からこう純粋に言われてしまうと、余計に戸惑いを覚える。
仲良くなりたいとは思うのだけれど、近付きすぎて、いつか関係を壊してしまうのではないか、と。
「くらくなってきましたです。そろそろおかたづけして、おうちにもどりましょう」
ヴァーナーはそう言って、空いた紙コップをごみ袋の中にいれ、テーブルの上を片付けていく。
「道具、片付けるぜ」
「やさいはこっち」
「たねはここ」
元不良達は、道具の片付けを始め、妖精達も採れた野菜を並べたり、ヴァーナーや野々を手伝って、テーブルを片付けていく。
黎も肥料の片付けを終えて、自分についてきている妖精に笑顔を見せた後、またヴァイオリンを取り出して、音を奏でる――。
木々の向こうに消えゆく、オレンジ色の光を放つ、太陽を表す音。
少し寂しげな夕焼けの曲を、周囲と共に歩く子供の心に響かせていく。
「慣れた土地を離れるのは心細いだろうが、ウチは気の良いシェフが2人もいるし、絶対貴殿を守る。もしよければ、私の家族になってくれないか」
黎がそう問いかけると、子供はとても嬉しそうに笑みを浮かべて、黎にひっついてきた。
「えへへっ」
ゴミ袋を持ち上げた野々の服をちょこんと妖精の少女が掴んでくる。
野々は戸惑いを覚えつつも、微笑みかけて、一緒に歩き出すのだった。
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