リアクション
〇 〇 〇 普及不眠で計画を作成していたミヒャエルは、作戦の為に分校長達が出発し、生徒会長が農家の家を回っている時間に、生徒会の雑用であるブラヌ・ラスダーを連れて気分転換の散歩を兼ねながら地形を見て回っていた。 田園が続いてはいるが、少し歩いた先には木々が密集している場所もある。 分校の東の方向に道路や広い川原を挟んでサルヴィン川。西にホール。畑、その先に世話になっている農家の家。 北側に雑木林が少々。南側はほぼ荒地だ。 その他ところどころに木は立っているが、敵が潜めるような場所ではない。こちら側が敵を狙撃する際には利用できるかもしれない。 「いいか、派手に喧嘩をする際にはなァ」 凝った作戦を考える必要も考えてもならないこともミヒャエルは理解していた。 寡兵で指揮系統も緩い為、兵力分散については出来るだけ避けるように程度に、強くアドバイスをしていく。 「ふむふむ、で、貨幣で四季毛糸が緩いってなんのことだ?」 「……」 理解をさせるのは難しそうだが、まあなんとかなるだろう。 ただ……。 (農家の援農要員達だけは……分校の名誉のために死守命令を出すしかありませんか) 心の中で大きくため息をついた後、そう指示を出していく。 ブラヌにも、その辺りのことは理解できたようだ。 「なぜ余が」 ぼやきながら、ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)はアマーリエ設計の火の見櫓――見張台の建築を担当していた。 「戦を制するのは城塞よりは結束力よ!」 同じくミヒャエルのパートナーであるイル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)は、意欲を出してパラ実生と共に、木々を組んで建てていく。 「なかなか傑作じゃねぇ、俺らが作ったの」 「サイン入れっか?」 若い分校生達がマジックやらスプレーを取り出す。 「こら。サボるでないぞ」 「でもまあ、サインくらいな許容範囲よね! やる気向上の為に」 「まあ、名前を入れるくらいなら……」 と、目を向けた時には若者達はもう描き始めていた。 「よーし、シンボルマークいれようぜ!」 「カッケー、ドラゴンとか描けるヤツいる?」 若者達はスプレーで文字やら名前を完成間近の火の見櫓に入れていく。 見張台を派手にしてどうするとも思ったが、パラ実らしい建造物の方がやる気も出るだろうと、苦笑しながら、ロドリーゴとイルは少しだけ許可することにした。 「今日は何人くらい来てるかい?」 「30人ってとこかなー。危機感は薄いみたいだな。俺もなんか複雑な気分だな〜」 アマーリエは魅世瑠にミヒャエルが立てた計画と現在の進行状況を分かりやすく説明した後、ブラヌと合流をした。 ブラヌも分校生達も、あまりやる気が出ないらしく、不満げな者も多かった。 現在の状況は、彼らにとって『得るもの』が見えていないのだ。 金でも、欲望でも、お腹でも、満たしてくれるものが手に入るのなら、また違うのだろうけれど。 アマーリエはブラヌと共に、そんな一般の分校生達の間を回って、援農組と戦闘兵力それぞれに任務の重要性を説いて回ることにする。 「粗相のないように。最低でも生徒会長のあなたはきちんと敬語を使うんですよ?」 アルダトが魅世瑠にそう指導していく。 魅世瑠はアルダトと共に、アマーリエから計画の詳細を聞いた後、番長扱いのシアルを連れて、近くの農家を回り始めたのだった。 「お辞儀の角度は45度です。……45度わかります?」 「これくらい?」 頭を下げる魅世瑠、フローレンス、ラズの頭を押してアルダトは更に深く下げさせる。 「これくらいですわ」 「わかった」 魅世瑠は頭を上げると、農作業を行っている人々のもとに歩く。 「分校生徒会長の羽高です。お世話になっています」 まず、軽く1礼する。 「地域の皆さんには申し訳ないのですが、他所からケンカを売られてしまいました。今、分校のスタッフが皆さんの避難計画を練っています。計画が出来たら、数日、ちょいと遠くへ避難してもらうことになりますが、安全のためですので何卒ご協力よろしくお願いいたします」 続いて深く頭を下げて、頭を下げたまま言葉を続ける。 「みなさんの大切な土と作物は、当校生徒を派遣してしっかりお世話させる予定です」 「すまねぇ。こんなことになって、本当にすまねぇ」 フローレンスは地べたに顔をこすり付けるほどの土下座をしてみせる。 「突然そんなこと言われても」 農家の人々は皆とても迷惑そうだった。 近隣住民といっても、近くには殆ど家はない。 回る必要があると感じた家も僅か3件程度だ。 とはいえ、皆大家族だから避難する人々の人数はそこまで少なくはないのだ。 「ごめんなさい。ごめんなさい。おひゃくしょうさんにとって、たべものはいのちだよね。ほんとうにごめんなさい」 ラズは悲しげな顔で、真剣に謝罪をする。 食べれないことの辛さは、人一倍知っているから。 自分が原因で起きた事態じゃないけど、神楽崎分校の一員であるという意識もちゃんと持っていた。 「避難先に農園があるの。そこで稼ぐことも出来るみたいだから。畑はちゃんと守らせるから数日だけ旅行気分で行ってきてくれないかな。ごめんね」 すっかり分校生になっているシアルも一緒に謝罪をしていく。 「とはいっても……たびたびこういうことがあると困るねぇ」 農家の人々は皆不満げだった。 だけど、農家から離れた後、シアルが魅世瑠に笑みを見せてこう言うのだった。 「困るのも事実だけど、分校があるお陰で、泥棒も減ったのよこの辺。それも皆分かってるはずだから」 「そっか、うん」 うしっと魅世瑠は気合を入れて、次の家に向うことにする。 それから。 ルリマーレン家別荘からの使者が到着後に、魅世瑠はまた低姿勢で謝りつつ農家の人々をミヒャエルの元に連れて行く。 そして、ミヒャエルとアマーリエは農家の人々を連れて、シアルと共に護衛をしながら、ルリマーレン家の別荘へと向うことにする 道路へ出た直後――アマーリエは落書きがされた火の見櫓に目を向けて、そっと息をつく。 (なんとかなってくれるといいのだけれど……) 〇 〇 〇 分校長達が出かけて、ミヒャエル達が農家の人々を連れて出かけた後。 魅世瑠は悠然と分校である喫茶店の中で待機していた。 でもそれは演技であり、心中は緊張していた。 顔には出さずに、分校生達といつもどおりバカ話をしたりして、時を過ごしていた。 分校生達もいつもと変わらず出たり入ったりしていたが、ただ1人。 準備も手伝わず、意見も出さず、何もすることなく……ただ、分校の前で佇んでいる女性がいた。ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)だ。 ロザリィヌは川の方に目を向けていた。 だけれど、特に川が見たいわけでもなく、彼女の目は自分の心の中だけを見ていた。 分校長の崩城亜璃珠を慕っていたロザリィヌだけれど、今はどうしても彼女の指揮の下、動くことができずにいた。 嫌いになったわけではない。 今でも亜璃珠のことを愛している。 (けれど……) 振り返って、ロザリィヌは喫茶店を見るともなしに見た。 (分校長という肩書きや責任、それに分校の繁栄も、わたくしにとってはとても重要には思えませんの……だから、そんなものより亜璃珠自身を大切にして欲しいですし……) 亜璃珠が分校の為に、百合園や神楽崎優子へ相談もせず、自己判断で行った自己犠牲的な行為に対して、どうしても受け入れられなかったことがある。 それを事前に引き止めることが出来なかった自分自身のことも、ロザリィヌは責め続け、許せずにいた。 「どうしたら……分校……いえ、亜璃珠の事を止められるのかしら……」 ロザリィヌがそう呟いた直後だった。 「こんにちは……っ」 優しい音色の少女の声が響いた。 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と、百合園生達だ。 「あの、これ差し入れです。優子さんにも、機会があったら持っていってあげてと頼まれてて」 アレナは微笑んで、大きな白い箱をロザリィヌに差し出してきた。 「そう、優子様さえ……優子様さえ此処にいらっしゃれば……っ!」 ロザリィヌは手を震わせて箱を突っ返し、アレナにキツイ目を向ける。 「ご自分の分校ですのに……なんで来てくれませんのっ!? どうして……っ!」 言い放った瞬間に、ロザリィヌははっとする。 アレナの顔にもう笑みはない。 「ご、ごめんなさいっ……あなたに言っても……仕方ない事ですわね……」 目から涙を溢れさせて。 「本当に……ごめんなさい……っ」 と、悲痛な声を上げて、その場から走り去っていった。 「言いたいこと、私に言ってくれていいですからっ!」 その背に向って、アレナは大きな声を上げる。 喫茶店の中からその様子を見ていた魅世瑠はすっと立ち上がって、ロザリィヌが向ったホールの方に歩いていった。 彼女は1人、木の側で涙を流していた。 「……あたしから言えることはなさそうだけど、なんかあったら言ってくれ」 ホールに荷物を取りに来た振りをして、魅世瑠はロザリィヌにそう声をかけた。 分校――壊されてしまっても、なくなってもいいと少しでも思っていることは、魅世瑠に言えることではなくて。 ロザリィヌはただ、唇をかみ締めて泣いていた。 アレナが持ってきた箱の中には、手作りの大きなパンプキンパイが入っていた。 「皆さんで召し上がって下さい。また、来ますね。優子さんが戻ってきたら、必ず一緒に……」 僅かに寂しげに微笑んで、窓から分校生達に箱を渡した後、アレナは百合園生と他校の協力者達と共に馬車に戻っていった。 |
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