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リアクション
Scene.13 本当の価値
ハルカ達は大丈夫だろう、と、樹月 刀真(きづき・とうま)は判断した。
それよりも、ゴーレムだ。
間に合うかどうかは解らないが、御神楽環菜が「何とかしろ」と言った。
ならば何とかしなくてはならない。
自分は環菜のヴァンガードなのだ。
向かわなくてはならないが、先に、ここにいるからこそできることをしなくてはならない。
即ち、オリヴィエ博士からの情報収集だ。
「ハルカ、またね」
パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ハルカに抱き付いて、別れを惜しんでいる。
刀真は博士に話しかけた。
「地球では、ゴーレムの身体に刻まれた『EMETH』の文字の頭文字、Eを消して壊す、という逸話がありますが、博士のゴーレムにはそういうのは無いのですか?」
へえ、と博士は興味深げな顔をした。
「面白いことをするね。
でも、完全なるものは存在しないと思うけど、敢えてそんな解り易い弱点を作ったりはしないよ」
「では、命令変更や、リセットする方法は?」
「……あるけど、それは企業秘密。
それを明かしたら、私はゴーレム技師廃業だよ」
他に全く方法がない状況なら、それも仕方ないが、と答える。
「ならばこれは後回しにします。
必要になったら、博士本人を担ぎ出させてもらいますので」
「お手柔らかに……」
博士は肩を竦めるが、拒否はしない。
「ちなみに、暴走した時の為の強制的に機能を停止させる方法は作っていないのですか」
「そんなゴーレム無いと思うよ。
暴走してないのにそれで機能を停止させられてしまったら、番人の役に立たないでしょ」
それこそ、身体に『EMETH』の文字を刻むに等しい。
でも今度作ってみよう、と、1人頷く博士に、刀真は眉間を寄せる。
「暴走前提で考えないでください」
「矛盾だね」
くすくすと博士は笑った。
「それと、足はどの程度までの破損まで、自重を支えられますか?」
「長時間でなければ、折れるまで」
「最後に、熱膨張による破損は可能ですか?」
「それは試したことがないな。
余程の状態でなければ、武器でにしろ魔法でにしろ、叩き壊す方が早いと思うよ」
壊れるまで燃やしたことがない、と言う博士に、そうですか、と、刀真は頷く。
そして、先にゴーレム破壊の為に対処に向かっている者達にこの情報を伝える為に、携帯電話を取り出し、その前に、と、思い直して、ハルカに向かった。
「ハルカ、俺はツァンダに向かいます。ここでお別れです」
ハルカは、刀真を見上げて一瞬寂しそうにした後、こくりと頷いた。
「気をつけてなのです」
それは君ですよ、と笑いかける。
「もう大丈夫だとは思いますが、変な人に釣られないように気をつけるんですよ? 解りましたね」
それはどうやって気をつければいいんだろう、と、釣られている瞬間を見ていた月夜は思ったが、口には出さずに、
「ばいばい」
と、ハルカから離れた。
暫くして振り返ると、離れて行く自分達を見送るハルカが、しょぼんとして、博士にぽんと頭に手を乗せられているのが小さく見える。
ソアや野々達が周りを囲んで元気付け、顔を上げているのを最後に、彼等の姿は見えなくなった。
「……何だか、大変なことになってるのかな?」
ここまで事態が大きくなるとは思っていなかったオリヴィエ博士が、困ったように呟いた。
「……犠牲はどれだけ出てるんだろう」
それは本当に小さな呟きだったが、彼の、今迄の口調には無かった真剣さで、その言葉を耳に捕らえたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、はっと顔を上げた。
罪は、ゴーレムを作った博士にではなく、それを奪って操ったグロスにある。
けれど、それでも彼の胸は痛むのだろう。当然だ。
「ヨシュアさんも心配なのです」
ハルカも心配そうに言葉を継ぐ。
「あの、皆で、一度空京に戻りませんか?
あそこなら、色々状況が掴めると思いますし……」
ソアの提案に、
「賛成!」
とレベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)が手を上げる。
「心配ナラ帰ればオッケー、連絡すればオッケー、応援してあげればオッケーだヨ!
さあハルカも、一緒に!」
と言ったレベッカは既に、チアリーダーの衣装にチェンジ済だ。
勿論パートナーのアリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)も着替え済で、その超ミニスカなチアリーダー衣装に、アリシアは恥ずかしそうにしている。
「こんなところでチアリーダーやってどうすんだ」
相手に届かねえだろ、と言う雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に、
「携帯があるヨ! 声を届けて、写メを届ける!
ヨシュアも元気いっぱいネ!」
イエイ、とレベッカは片手片足を上げてポーズを決める。
「……ヨシュア君は、携帯を持ってないと思うよ」
博士の言葉に、ぴしり、とレベッカがポーズを決めたまま固まった。
「ちなみにはかせも持ってないのです」
博士が迷子になった時、ハルカ電話できなくて困ったのです、と、ハルカがヒラニプラでのことを持ち出す。
ちなみに勿論、迷子になっていたのはハルカの方だ。
「あの、レベッカ様……」
それなら、ヨシュアと一緒にいると思われる誰かにメールを送って、ヨシュアに見せてあげてもらえばいいんじゃないでしょうか……、と、アリシアが言う前に。
「デモ!」
と、レベッカは無理矢理復活して叫んだ。
「思いは時空を超えるネ! 応援はきっと届くヨ!」
どんな理屈だ、とベアは思ったが、ハルカのチアリーダールックについて異存は無いので黙っていた。
「ご主人……」
「着替えませんよ」
ダメ元で、ソアにも声を掛けようとしてみたが、用件を話す前に断られてしまったベアだった。
ちなみに、レベッカとハルカの強い希望により(ベアが強い希望をするまでもなかった)、写真は撮った。
チアリーダー姿の3人を中心として、同行者全員を画面に詰めしこんだ全体写真と、それ以外にも大量に。
ハルカが嬉しそうなので、アリシアは、恥ずかしい思いをしてこの服を着て良かった……! と、報われたように思った。
「よっしゃあ、それじゃあ、帰る為の金を稼がにゃあいけんのう」
光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が、気を取り直すように言った。
「博士とハルカさんの旅費くらいでしたら、私達がお貸ししてもいいですけど」
ソアが言ったが、
「駄目じゃあ!」
と、翔一朗は力いっぱい反対した。
「甘やかしてたら、このアホ、何度でも繰り返すに決まっとるけえ!」
いや、甘やかさなくても繰り返すだろう、とベアは思ったが、確かに甘やかすこと自体はどうかと思うので、むずむずと口が開きかけたものの、ここは突っ込まない。
「そういえば、それで気になっていたのですけど」
と、高務 野々(たかつかさ・のの)が言った。
「ハルカさんが釣られた時のことなんですけど」
「あ、それは私も気になっていました」
ソアも頷く。
「『値打ち物を釣るつり竿』って、何だか不思議ですよね。
あの時、『今日は変なものばかり釣れる』って言っていたそうですけど、実は正常に機能していた、ということは有り得ないでしょうか?」
例えばハルカが値打ちのある物を身に着けていた、とか、博士の財布自体が高級品だった、という可能性だ。
「ハルカ何も持ってないですよ?」
ハルカの持ち物は、野々から貰ったぬいぐるみと翔一朗から貰ったお守り、リュックに入った携帯電話と小型結界装置ぐらいだ。
「あ、ハルカさんは皆に愛されていますし、ハルカさん自身に価値があるということかもしれませんけどねっ」
言って、ソアはちょっと恥ずかしくなり、
「な、なんちゃって……えへへ」
と照れ笑いをする。
「あ、なるほど!
私の作ったぬいぐるみがそこまで価値があるものだった、というわけですね!
いやー、作った甲斐があったというものです!
あ、あはははは……」
殆ど同時に言った野々も、最後まで言い終わる前に、照れが入ってしまう。
ソアと野々は、乾いた空気の中で顔を見合わせ、えへへ……と照れ笑いを交わした。
「……ご主人」
ぽむ、とその肩をベアが叩く。
「俺様はかつてご主人に、突っ込みの星を目指せと言ったはずだが、いや、例えなれなくてもだな」
はあ、と深い溜め息を吐いた。
「ボケは照れが入っちゃいけねえ」
「ボケたつもりじゃないですよう〜」
ソアは真っ赤になってじたばたと暴れた。
「……まあ、冷静に言って、つり竿が正常だったなら、ハルカ君の魂とかが反応したのかもしれないね。
今は全く普通の人間なわけだけど、死んで生き返った珍しい経験をしてるわけだし」
博士の言葉に、野々は頷いた。
「……そうですよね」
そう、ハルカさんはアナテースさんに貰った命を、何よりも大切にしているはず。
その絆こそが、ハルカさんにとって、何よりも価値があるものなのですね、と。
「で、博士?」
有耶無耶になってしまいそうだったが、残るは博士の財布である。
翔一朗にジト目で睨まれて、博士は札入れを取り出した。
「実はこれも師匠の形見なんだけど」
確かに珍しいものだけど、そうか価値があるものだったのか、と呟きながら。
「これ、とっても頑丈なんだよ」
「……?
象が踏んでも壊れない、てやつか?」
ベアが首を傾げる。
「光条兵器で斬っても斬れないよ」
「え!?」
驚いた翔一朗とベアが、槍で突いたり鉄下駄で踏んだり、バットで叩いたり観世音菩薩像で殴ったりしてみたが、確かに、札入れは傷ひとつつかなかった。
「何じゃこりゃあ。
一体何でできとるんじゃ」
翔一朗は、ぜいぜいと息を切らす。
「ミスリルって言ってね」
あっさりと伝説の鉱石の名前が出て、ソア達は驚いて目を見開いた。
「細く加工したミスリル糸を織って作ったものだとか」
「聞いたことあります……。
すごく貴重な、魔法の鉱石です……」
呆然と言ったソアに、ふつふつと翔一朗の怒りがこみ上げた。
「この財布を売る!!」
「わあ、待って待って、形見だから」
札入れを奪い取って行きかねない翔一朗を止めた博士だったが、そのまま翔一朗に引きずられて行く。
「だったらしっかり稼がんかい! キリキリ動けやコラ!」
そして、やおらぽいっと博士を放って、ハルカのところへ戻ってきた。
「稼ぐまで、ハルカはこいつらと待っとけ」
「お任せください。私がしっかりお世話しますよ」
野々が請け負う。
至れり尽くせりの、腕の見せ所だ。
その前に、と、ハルカのお守りに、翔一朗は、恒例の『禁猟区』を施す。
「またストリップする気ネ?」
言ったレベッカに、翔一朗はふふんと笑った。
「同じことを2度繰り返す俺じゃねえ!
今回の俺の下着は、越中褌じゃ! ちなみに色は黒!」
どうでもいい情報を付け加えつつ、これなら万一禁猟区が褌に反応しても、パンツよりも早く対応ができるはず! とふんぞり返る。
「えっちゅーふんどし?」
首を傾げるハルカに、
「あー……簡単に説明するとだな」
と、ベアが言った。
「見せパンてやつかな」
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