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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション

 
 カヤノがメイルーンへの道を開き、訪れた鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)エウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)を中へ招き入れる。上から下から突き出す氷柱が並ぶ奥、ひときわ太く伸びる氷柱が吹笛の姿を認めてキン、と光を放った。
「回復に時間かかってるみたい。ま、今みたいなことは出来るし、回復自体は順調みたいだから、待ってあげて」
 現段階では人の姿を取ることが出来ない『メイルーン』――吹笛がその名前のままであることを望んだ――に代わって、カヤノが仲介を務める。
「お二人は、都市建設についてどう思われているのですかな?」
 吹笛が、ここに来るまでに見てきたもの、外からの客人を出迎える、にしては堅牢過ぎる作りに変えられた入り口や各エリアを繋ぐ道などを踏まえて、カヤノとメイルーンに問いかける。
「まあ、こことウィール遺跡には、メイルーンとヴァズデルがいるし。こいつらを利用されたりしたら、イナテミスとかイルミンスールとか危なくなるし。その点、あたいらとかセリシアの属性の精霊とかだったら、一緒に住めちゃうわけだし。……そんな感じで、人間が作ってる都市ってもんを、あたいたちも作ってみようってことになったの。考えてみたらあたいたち、都市って作るの初めてだったから、色々あったけどね。クリスタリアは都市じゃないし」
 そこまで聞いたところで、吹笛が首をかしげつつ更なる質問を投げかける。
「何故、クリスタリアを都市にしなかったのですかな? メイルーンを守るという目的があったとしても、クリスタリアを都市にしない理由にはならない。クリスタリアについて詳しく知らないとはいえ、疑問が残りますな」
「クリスタリア、まあ、他のとこもそうなんだけど、説明するのややこしいから一言で済ますと、『精霊以外は立ち入れない場所』なのよ。特に敵がいなきゃ、都市なんてご立派なもの作らないでしょ? ……でも、作らなくちゃいけなくなった。エリュシオンの精霊のおかげでね」
 精霊はパラミタ全土に分布していて、シャンバラとエリュシオンとでは用いている技術も共有している知識も異なる。そして、もしエリュシオンの精霊と争うことになった場合、シャンバラの精霊だけでは自らの生活を守れないと判断した彼らが目をつけたのが、イナテミスとその背後にあるイルミンスールだった。
「……あっちがこっちを利用してるなんて言われてるみたいだけど、こっちもあっちを利用してることになるのよね。あたいよく分かってないけど、ホンネとタテマエってやつ?」
 そこまでカヤノが話をしたところで、今度はエウリーズが口を開く。
「でさ、メイルーンはどう思ってるわけ? 精霊の判断に納得してるの?」
「メイルーンは、『自分の運命を変えてくれた、自分を救ってくれた人間を守る』とだけ言ってた。あたいもそれでいいんじゃないかって思うのよ。色々考えるのが大切なのは分かるけどさ、どうせやんなきゃいけないし。やんないでいるくらいだったらやるわよ、あたいは。それに……せっかくあんたらと一緒になったんだし、ちょっと何かあったからってモメて別れちゃうの、おかしい気がするのよね。だったら最初から一緒にならないわよ」
 話がズレたわね、と気を取り直して、カヤノが続ける。
「ま、あんたらのおかげでメイルーンが今のようになって、メイルーンは人間を守るつもりで、あたいもそうするつもり。何か難しいことは他の精霊に聞いて。セイランとかならもっと詳しく説明してくれそうだから」
「うーん、私も世界がどうなるかって話には興味なかったからねー。でも、こういう結果になったわけだし、メイルーンに不幸な思いはさせないし、メイルーンと共生する精霊にも不幸な思いはさせないわよ」
 エウリーズの言葉に、吹笛も頷く。
「ありがと。ま、特に何もないけどゆっくりしてって。メイルーンもあんたらと話したいみたいだし」
 カヤノがそう言うと、メイルーンが肯定の意思を示すように強く光を放つ。その申し出を受ける形で、二人はメイルーンとの一時を過ごしたのであった。

「結局この物体は、メイルーン自身が自らを封じさせるために置いたのだと思うのだよ。だから、これをメイルーンに戻してやれば力の回復が早まるはずなのだよ」
 メイルーンの下を訪れたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、メイルーン暴走の際に手に入れた【四角い水色の直方体】を掲げてみせる。事件解決後、リリは独自にこの物体の分析を行っていたが、魔力の反応はありつつも動作しないことが判明したため、精霊祭のこの機会に戻すことにしたのであった。
「そうね、その物体のことはメイルーンが話したがらないからあたいには何とも言えないけど、返してくれることには感謝してると言ってるわ。それあたいにちょうだい、代わりに返してあげる」
 カヤノの言葉に従ってリリが直方体をカヤノに渡すと、カヤノが直方体を氷塊で包みこみ、ぼんやりと光を放つ氷柱に投げつける。氷塊は氷柱にぶつかるのではなく、まるで水面に石を投げ込んだかのように波紋を残して消え、そして放つ光が若干強くなったように見えた。
「今度会う時には、人の姿を取って言葉を交わし、触れ合えたらいい、って言ってるわ。あたいからも、メイルーンの力になってくれたことにお礼を言わせて。ありがとね」
 カヤノの見送りを背に受けて、リリが入り口で待っていたユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)に近付いていくと、ユリは何やら携帯を操作していた。
「どうしたのだ?」
「ヴィオラさんとネラさんに……心配なのですよ」
 そうか、と頷くリリが、ユリを背に置いて歩き出す。操作を終えた携帯を仕舞い、その背中を見つめて、ユリが心配の言葉を心に浮かべる。
(ワタシは、お祭りなのに賑わいを避けるように行動するリリ、あなたが心配なのですよ……)

「よーっす、ビート板。こんなトコいたのかよ」
「ウィル、あんたねぇ……今度は砂どころか氷に埋めてあげてもいいのよ? なんならここで勝負する!?」
「動いたら暑くなんだろ。俺は涼みに来ただけだぜ、暑いの弱いからさ」
 たまたま開いていたのをいいことに、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が最深部に入り込み、氷柱の上にいたカヤノの足元に腰を下ろす。
「涼みに来たって、ここまで来たら流石に寒いでしょ。まだこの辺は人間が住めるようにできてないんだから」
「英国籍を甘く見んなよ? 猛暑で倒れるくらいなら、俺は凍えるのを選ぶぜ」
「はぁ……ま、あたいがいれば調節もできるけどね」
 ウィルネストの傍に降りてきたカヤノが、手を軽く上に掲げる。すると、強めのクーラーをかけたくらいの温度に周囲が変化する。
「おー、いい感じいい感じ。んじゃ俺は一杯やるとするか。カヤノもいるか?」
「あんたがそう言うなら、もらっておくわ」
「かー、相変わらず素直じゃねぇの」
 互いに軽口を叩き合いながら、ウィルネストとカヤノが容器に注がれたアイスティーを口にする。
「最近どうよ」
「何がよ。見ての通り大変よ、こっちは。ま、あんたのとこも大変なんだろうし、お互いさま。あんたもここでサボってないで、イルミンスールを手伝ったら?」
 既に、何人かの生徒は今後を見越して色々な行動に出ている。ウィルネストも、イルミンスールが今回のことに関わっていることを考慮して制服姿ではあるが、その辺りにはさほど興味がないように伸びをして、口を開く。
「リンネとはうまくやってんのか? 今もいねぇみてぇだし、最近離れて行動すること多くなってんじゃねぇの?」
「……言われてみればそうね。でも、リンネも忙しいみたい。「ロイヤルガードが〜」とか言ってたし。クマもいるし心配はしてないけどね」
 クマ、とはもちろんリンネのパートナー、モップス・ベアー(もっぷす・べあー)のことである。
「ヒヒヒ、本当はどうなのやら。……ま、もしリンネに逃げられでもしたら、俺様が引き取ってやっからさ。ウチにゃビート板たくさん居るからな、一人くらい増え――げふっ」
 カヤノが、手に生み出した氷柱でウィルネストを引っ叩く。
「バカなこと言ってんじゃないわよ。あんたに身請けされるようになったらおしまいよ。もしそうなったらあたいはあんたを何て呼べばいいのよ。間違ってもウィルさん、なんて呼ぶ気にならないわ。今の友達関係で十分よ」
 カヤノの言葉に、ウィルネストの言葉が止まる。
「……何よ、あたいと友達が不満だっていうの?」
「そんなん言ってねーだろ。……ケンカ友達、って言わないんだなー、って思ってさ」
「じゃあ今もケンカしなくちゃいけないじゃない。
 ……あたいはあんたのこと、友達だと思ってるわよ」
 そして二人の間を流れる沈黙、しかしそれは、決して重苦しい雰囲気ではなかった。

(……ここは、故郷とは違う。けれども、冷たさの中に温かさを感じるのは、ここも同じ……)
 最深部を訪れた清泉 北都(いずみ・ほくと)が、メイルーンの宿る氷柱に手を合わせて祈りを捧げる。普通の人間ならば寒くて震えてしまう所を、北都は気にすることなく祈りを続ける。
(あの時僕が何かの役に立てたのか、自信が持てない。この場所が無事だった、だから自分の行動に間違いはなかったと思いたいけれど……)
 直後、氷柱がキン、と強い光を放つ。
「触れてみなさいよ。びっくりするわよ」
 背後から響くカヤノの声に押されるようにして、北都が氷柱に手を触れる。氷柱は見かけに反しほんのりと温かく、そのことに北都は驚いた表情を浮かべ、やがて少しずつ笑顔を取り戻していく。
 それはきっと、手から伝わる温もりが、メイルーンの『ありがとう』という言葉を代弁しているように思われたから。
 
「……お、北都の落ち込みが戻った。何かいいこと言われたのか?」
「ま、実際いい働きしてたじゃない。メイルーンはまだ何かを話せるわけじゃないけど、感謝してる。それをあたいが通訳するより、こっちの方が伝わるって思ったの」
「ふーん。今までカヤノイコール幼女のイメージしかなかったけど、案外考えてんだな」
「当たり前よ! どう、見直した!?」
 北都とメイルーンの背後から様子を見ていたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の言葉に、カヤノがつるぺたの胸を張って答える。
「それでも幼児体型に変わりないけどな。ま、『貧乳はステータス』って奴もいるみたいだし、需要に合わせてがんばれ」
「何を頑張るのよ!? あたいが本気出したら凄いんだからね!」
 憤慨するカヤノを適当にあしらって、ソーマが口を開く。
「早く育ちたかったら恋人を作るといいぜ」
「コイビト……コイビト、ねぇ……」
 ボソリ、とカヤノが呟いたところで、戻って来た北都がそれを聞き留めて言葉を返す。
「まさか、リンネさんが恋人とか言わないよね?」
「い、言わないわよ。……でもね、リンネにもしコイビトってのが出来たら、今よりもっとあたいと一緒に居なくなるのかなーって思って、さ。最近リンネ、新しく入ってきた生徒のこと、随分気にかけてるみたいだし」
 今もおそらく、リンネとフィリップは一緒に街を巡っていることだろう。今はその気はないようだが、これからどうなるかまでは精霊長のカヤノですら分からない。
「さあ、僕にも何とも言えないね。だけど、一つだけ言えることがある」
「……何?」
 振り向いたカヤノに、穏やかな表情に戻った北都が告げる。
「女の子は笑った方が可愛いよ。カヤノさんに落ち込んでる表情は似合わないよ」
 言葉を受けたカヤノが、ふん、と一つ息をついて、そしてこちらも表情を戻して言葉を発する。
「ま、それもそうね。あんたいいこと言うじゃない――」
「後、ツンツンばかりしてないで、デレる時はデレないと。折角皆に愛されてるんだから」
「――その後は余計よ! いいの、これがあたいなんだから!! ほらほら、さっさと行きなさい! あたいも他のとこに用あるんだから」
 グイグイ、と背中を押してくるカヤノに急かされながら、北都の表情は笑っていた。