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冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/全3回)

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第5章 カレーが好きな奴に悪い奴はいない・その1



 ニコニコ労働センター中心部。
 戦いが激しさを増すに連れ、規則正しい警備体制引いていたセンターにも、次第に乱れが生じていった。
 各所で勃発した蒼空学園勢との戦いに向かってしまったため、地下牢付近の警備はおざなりになりつつある。
 そんな中、リリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)はひとり、頬を膨らませてフラフラしている。
「ちょーっと! 針の山は? 火あぶりは? 阿鼻叫喚は!?」
 どうやらちっとも地獄っぽくないナラカの景色に不満爆発のようだ。
 立ち並ぶのは薄汚れた町並みと、古ぼけた工場のような施設、確かにインドにでも行けば見れそうな風景である。
「これじゃ、環菜校長にこき使われてた蒼学と大差ないじゃないっ!」
 そして今度は掲示板に貼り出された仕事情報を見て騒ぎ始めた。
「大体なによ、ニコ働って! なんでこんなところで仕事の斡旋やってるわけ!? ハロワじゃないのよ! ハロワ! しかもなによ、このドイヒーな仕事は! 日給2Gで休み無し? それじゃ、死んじゃうって! え、死んでる?」
 やたら騒いでいた所為だろう、死人戦士がドタバタとやってきた。
「うるさいっ! 現世から来た一味だな! こんなところで何している!」
 しかし、リリィは彼らを気にも留めず、仕事情報の文句を続けた。
「女の子に肉体労働ってありえない! 女子の仕事は新刊漫画のチェックか新作お菓子の試食にすべきだわ!」
「アホか! そんな仕事があってたまるか! すぐに求人埋まるわ!」
「大体なんで女子限定なんだ! 男子だって兵士なんかせずに楽して働きたいわ! ふざけんなっ!」
 なんだかアホな口論に発展しつつある。
 彼女は契約者の黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)を探していたのだが、もはやそれも忘れつつあるようだ。
 しかしながら、それはにゃん丸の意図した通りであった。
「これにて情報攪乱達成。計算通り……、これで地下牢の警備も足止め出来たな」
 穏行の術で暗闇に潜む忍者にゃん丸はポツリと呟く。
 リリィをここに誘導すれば騒ぎを起こすのは自明の理、全ては彼の手の内で起こった出来事である。
 その隙に施設にこっそり侵入し、ガネーシャが捕われていると言う地下牢に単身向かう。


 ◇◇◇


『諜報活動なら俺の専門だ、ガネーシャの幽閉場所は俺が探りを入れる……』
 仲間にそう断って、彼は単身中枢の偵察に来ている。
 ただ、単身先行してガネーシャとの接触を図るのには、もうひとつ、重要な理由があるのだが……。
「ナニヤツだ?」
 真っ暗闇の地下を慎重に進んでいたにゃん丸は、突然の声に身体を硬直させた。
 目の前には行く手を阻む鋼鉄の柵。
 向こう側に紅蓮の輝きを放つ二つの目が見えた。姿形はわからないが、空気を通して強大な威圧感が伝わってくる。
「……あんたがガネーシャか?」
「如何にも。余こそがアブディールの偉大なる支配者、【ガネーシャ・マハラシュトラ】だ」
「実は話があってここまで来た……」
 手短にこれまでのいきさつを話す。
「……話は大体わかった。小娘を助けるためナラカエクスプレスでここまで来た、と。それで余に何の話がある?」
「おそらく全てが終わったあと、あんたは王座に返り咲くことになるだろう。そこで取引がある、環菜校長とその救出に来た仲間たちを見逃して欲しい。俺が……、俺が、校長の代わりにここに残る。だから……、頼む!」
「余に死人の脱走を黙認しろと?」
「冥界の支配者として現世と冥界を行き来されちゃ迷惑なのはわかってる。俺だってそれが正しいとは思ってない」
「ふむ……」
「けど、環菜は俺達の世界にとっては大きな存在なんだ。一度だけ……、黙って見逃して欲しい。校長が去ったあとなら、路線爆破でも何でもする。二度とナラカエクスプレスが使えないよう協力する。頼むよ、冥界の王……」
 それに……と付け加えた。
「労働力としては華奢な環菜より俺の方が上だ。それとも、魂の価値は平等じゃ無いとでも言うのか?」
「うぬぼれるな、小僧。魂は平等ではない、貴様らが生まれながらに平等ではないのと同様にな」
「なに……?」


 ◇◇◇


 長い沈黙が流れる。
 しかしやがてガネーシャは重々しく口を開いた。
「……だが、よかろう」
「本当か?」
「貴様が約束を守るなら認めんでもない。元よりその娘の件は余の感知せぬところで起こったこと、余がわざわざ道理を通すのも腹立たしい。だが話を聞いた限りではその娘の労役は肩代わりするにはちと荷が重いぞ……?」
「覚悟の上だ」
 それからにゃん丸は籠手型HCを使い、記録した警備状況、脱出ルートを地下牢に向かう仲間たちに送信した。
「すまないが俺の権限で牢を開けることは出来ない、だが、あとから来る仲間がきっと解放してくれるハズだ」
「ここの暮らしには飽いたわ。なんでもいいが早くしてくれ」
「ああ……、あ、それと今の話、みんなには秘密にしてくれよ。あいつらに余計な荷物は背負わせたくない……」