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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

リアクション

 
 イナテミス各地へは、他の生徒も足を運び、それぞれ自分たちの出来ることを行っていた。
 大地に走る溝が、ともすれば人間と精霊の絆までも引き裂いていこうとするのを、彼らの行動が繋ぎ止めようとしていた。
 
●イナテミスファーム
 
「おお、あんたらか。さっきサラ様と炎の精霊がたくさん来て、炎の壁を作るんだってたけど、おらたちに出来ること何かあっぺな?」
 ニーズヘッグの足止めにと向かう途中でファームに降り立った志位 大地(しい・だいち)を、これまでファームを育ててきたイナテミスの住民たちが出迎える。コルト・ホーレイを始めとして、皆危機の中でも怯えることなく、自分たちに出来ることをする意思に満ちていた。
「いえ、皆さんにはイナテミスの中心部まで避難をお願いします。ファームが残っても人が残らなければ意味がありませんが、人が残ればファームはまた立て直せます」
「何を言ってるだ!
 この畑も、牧草地も、市場も食堂もその他施設も、あんたとおらたちが一生懸命作ってきたもんだ。
 いわばおらたちの子を見捨ててなんて行けねぇ!」

 コルトの熱意の篭った言葉に、そうだそうだ、と他の住民からも声が上がる。彼らの声を耳にして、心の中ではファームに被害がない方がいいと思っている大地には、それ以上何も言うことが出来ずにいた。
 
「……大地も、ファームへの被害はない方がいい。そう思ってる」
「で、ニーズヘッグが進路上に来ないよう、足を止めに行く……こんなとこかな?」
 
 大地の心の声を代弁して、ファーム内に建てられた休憩所『チェラ・プレソン』の看板娘、プラ・ヴォルテールアシェット・クリスタリアが進み出る。
「大地クン、あのでっかい蛇、一人で止められる?」
「え? いや、それは流石に無理――」
「もー、大地クン男だろー? しかもこんな可愛い子二人も連れてんだしさ、「俺に任せておけ」くらい言っちゃいなよー!」
「……プラ、それとこれとは別」
 シーラ・カンス(しーら・かんす)メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)のことを指して、プラが大地の背中をバシバシと叩くのを、アシェットがはぁ、とため息をついて諌める。
「……大地が強いの、分かってる。だから、私たち邪魔にならないように、避難してる」
「うん……あたしだって、このファームが好き。出来ることなら自分たちの手で守りたい。
 だけど、大地クンの足手まといにはなりたくないしね。
 その代わり、絶対帰ってきなさいよね! 街の人いっぱい集めてパーティーやるの、忘れてないんだから!」
 二人が言って、住民たちに避難を促す。経緯を耳にしていたこともあって、さしたる反抗もなく皆、中心部へと避難を始める。
「大地さん、私が殿として、避難民の護衛に当たります」
「あんたらも気をつけてな!」
 シーラをその場に残し、コルト、プラ、アシェットに見送られて、大地と千雨がファームを後にする。
「……大地、随分と精霊の方に慕われてたわね」
「え? いやその、面接の時からの付き合いですし――」
「それにしては、ねぇ。……大地、今は黙っておいてあげるけど、後でハッキリさせてもらうから、覚悟しなさいよね」
「だから、何も無いですってば」
 笑顔が怖いシーラと、冷たい眼差しの千雨に挟まれる格好のまま、大地の乗る飛空艇は防衛線へと向かっていった――。
 
●希少種動物保護区
 
「ディルさん、ニーズヘッグが保護区にまで入ってくるかもしれないの!
 ワタシもみんなも侵入阻止に頑張るけど、万が一の時に備えて、保護区周辺を毒から守るバリケードとか作れないかな!?」
『うーん……保護区も広大になってきているからね。動物に効果のある解毒剤くらいなら用意出来るけど、それ以上は僕の方からは厳しいかな。
 他人頼みで恐縮だけど、森の復興に協力してくれたサラさんを頼ってみる方がいいかもね』
「そっか……分かった、聞いてみるね!」
『すまないね。エルミティをそちらに向かわせるから、彼女をよろしく頼むよ』
 
 数時間後、『希少種動物保護区』に到着したエルミティ・ラートスンを、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)から命を受けたデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)が出迎える。
「エルミティ殿、遠路はるばる済まない。代わりと言っては何だが、ここでは我が護衛をしよう。もうじきサラ殿も到着する手筈になっている」
 あの後ミレイユがサラに連絡を取ると、ちょうどイナテミスファームに毒対策のための炎の壁を張った直後だった。場所が近いことから話は順調に進み、保護区の周りにも同様の炎の壁を張ってもらえることになったのである。
「済まない、待たせてしまったようだな。……ふむ、ファームよりも広いか。さらに動物を脅かさぬようにとなれば……
 しばらくの後に到着したサラが、現場の状況を見て回った上で思案を巡らせ、付いて来た炎の精霊たちに指示を送っていく。配置が済んだことを確認したサラの周囲に炎が集まり、それは両手から伸びる炎となって、配置された精霊から精霊へと伝わっていく。
「凄い……これだけの広さを囲む炎を、たった一人で……」
 完成して間もないとはいえ、保護区の広さは1haはある。それを囲むとなれば例え一本の縄であったとしても、かなりの労力を要する。ましてや炎の壁となれば、その負担は計り知れない。
 実際、炎を張り終えたサラの身体から炎が消えると、糸の切れた操り人形のようにサラの身体が地面に崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……流石に、無理をしてしまったようだな……だが、この森は私の恩人が住む場所……彼らに、せめてもの恩返しを……」
「サラ殿、今は休まれよ。エルミティ殿、この先に管理棟がある。そこでサラ殿を寝かせる支度をしてはくれないか」
「わ、分かりました!」
 サラを抱えるデューイに頷いて、エルミティが管理棟へと駆けていく。
 
●光輝の精霊が住む都市
 
「ちくしょう! あんなのに勝てるわけねぇじゃねぇか! もう俺たちオシマイなんだよ!」
「お、落ち着いて下さい、落ち着いて……ぎゃあ!」
 
 街の一角で、割れた酒瓶を振り回す住民と、それを宥めようとして吹き飛ばされる住民の姿があった。
 その様子を離れた所で見守る住民の間にも、徐々に不安の影が色濃くなっていく。
 
「うろたえるな、イナテミスに住む者達よ! 
 汝の隣人を信じよ! そして、俺を信じろ! 
 皆が団結し立ち向えば、ニーズヘッグなど単なるでかい蛇に過ぎんわ!」

 
 幌馬車の上から、ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)が声を大にして宣言する。
 その言葉に、暴れていた住民が矛先をジークフリートへ向けるように声を荒げる。
「あぁ!? 分かったような口聞いてんじゃねーよ!
 そんだけ自信たっぷりに言うんだったら、てめぇがどうにかしろってんだ!」

 言い終えると同時、光輝の精霊と思しき男が持っていた酒瓶をジークフリートへ投げつける。
 しかしそれは、彼が撃ち落とす前に横から飛んできた光の矢に弾かれて地面に転がった。
「ちょっと! この人の気持ち、分からないわけじゃないんでしょ!? だったら何でこんなことするの!?」
 姿を見せた、やはり光輝の精霊と思しき少女が声を発する。
 すると、酔いも冷めてきたこともあってか、男の表情に申し訳なさそうにする感情が浮かんでくる。
 そして、その場に居るのが耐えられなくなったのか、すまない、と一言だけ言い残すと、男はその場を駆け去っていった。
「あっ、こら、待ちなさいよ!」
「待て、彼のことはひとまず良いだろう。まずは怪我人の収容からだ」
 ジークフリートの言葉に少女が我に返ると、先程の騒動で怪我をした人間の男が周りの住民に抱えられるようにしてこちらに近付いてくるのが見えた。
「あっ、あの、ごめんなさいっ!」
「謝る必要はない、……すまない、名前を聞いていなかったな」
「あ、えっと、私、『サイフィードの光輝の精霊』イシア。あなたは?」
「俺はジークフリート・ベルンハルト。イシア、あの者への対応の件、感謝する」
「そんな、お礼を言われるようなことはしてないわ。
 あなたが思っていること、彼だって分かってるはずなのに、失礼な振る舞いをするんだもの。黙っていられなかっただけ」
 応急処置を受けた男が幌馬車に収容され、ジークフリートが座席に飛び乗る。
「ねえ、私も付いてっていい? 怪我人のことも気になるし、私、あなたの仕事を手伝いたいの」
「よかろう、俺についてくるがいい!」
 ジークフリートの隣にイシアも飛び乗り、幌馬車は病院へ向けて走り出していく――。