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リアクション
第2章 チャンドラマハルの死闘【接触編】(1)
チャンドラマハル……月の宮殿と言う意味である。
その名の通り、宮殿は一点の曇りすら飲み込むほどに白く、ナラカにあってどこか神聖な空気すら感じさせる。
荘厳な空気を纏う大広間の真ん中、救出隊はタクシャカ・ナーガラージャと羅刹・クベーラと対峙することとなった。
「クベラッハクベラッハ! ここまで乗り込んでくるとは見上げた度胸! しかしここから先には通さん!」
自称・羅刹兄弟の将来性のあるほう。
ミミ・マリーの幼い顔が邪悪に歪む。
「ちくしょう! 目を覚ませ、ミミ!」
必死にミミの契約者、瀬島 壮太(せじま・そうた)が声を上げる。しかし声は届かず、広間を跳ね返るばかり。
その時、クベーラは不意に身の危険を感じた。
振り返ると、青島 兎(あおしま・うさぎ)がジリジリとこちらに近付いてくるのが目に入った。
「ねぇ、ここどこぉ〜? 迷子になっちゃったよぉ〜……」
なんと言う説明的な台詞。ことさら迷子でいることをアピールするが、どう見ても怪しい。
そもそも厳重な警備網をくぐり抜けて、敵の本拠地を歩くなんて、どこのチビっ子に出来る芸当だと言う話である。
「ええい! 近寄るんじゃない!」
再び槍を構えるより速く、獣の如き身のこなしで兎は間合いを詰めた。
「な……!?」
我が身に降り掛かった謎のセクハラに硬直するクベーラ。クベーラの……と言うよりミミの身体に、兎の小さな手がねっとりと蠢く。脇、胸、ふともも、そして首筋に。何かいやらしい生き物のように白い肌を指先が旅する。
「大丈夫大丈夫ー、怖くないから〜」
身体は子ども、頭脳は親父。
ふぅーっと耳元に息を吹き替え、耳たぶをはむはむとあまがみ。
「うふふ〜」
「な、何をする……! こんな幼女の攻めで参るなど……、参るなど……!」
大分参っていた。
そして、大好物の美少女にありつけて(建前としてはミミを助けるというものだが)ご満悦の兎であるが、あくまでもミミは男子である、ある種の男の娘である。そんでもって中身はクベーラと言う加齢臭のする親父である。
きっと真実は知らないほうが言いだろう。
その光景に、規格GUYジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)は居ても立ってもいられなくなった。
いや、エロい意味ではなくて、早くミミを助けてあげたいと言う正義感からだと言うことを言っておきたい。
「くそ、一人で奈落人に挑むなんて危険だ。待っていろ、すぐに俺が手を貸してやるから……!」
巨体を揺らして二人の元に駆けつけると、分厚いタイヤを思わせる感触の胸板で二人をハグした。
ハグ……と言うより、さば折りに近い……、そんな悪魔の抱擁だった。
「それそれぃ! どうだ気持ちが悪いだろう! 早くその身体から出ていけぃ!」
「ひいいいいいいいいっ!!」
「な、なんで兎まで〜〜!」
二人は本当に、本当に気持ちが悪そうに顔をしかめている。
その暑苦しさも去ることながら、わしゃわしゃとカナダワシのように群生する胸毛がマジで気持ちが悪い。
しかも、金剛力でガッチリで押さえられているため抜け出せない。
「お……、おえええー! おえー!」
とうとうクベーラは嘔吐した。
たまらないのは一緒にハグられている兎である。胸毛とゲロのダブルパンチである。
「ううー、ちょっとー……、いい加減にしてよぉ〜!」
久々にキレちまった兎。何をするかと思えば、サイコキネシスでジェイコブの目玉をえぐり出そうとし始めた。
突如、目に走る激痛。力任せに眼球を引っ張る謎の力に、ジェイコブはごろんごろんと床の上で悶絶タイム。
「うぎゃああああー!!」
解放された兎はジェイコブに無言で蹴りを入れた。
◇◇◇
「なんだか色んな意味でミミが大変なことに……。い、いや、今は目の前のことに集中だ!」
荘太は武者人形を引き連れてクベーラに突撃していった。
栄光の刀で二度三度と斬りつけるが、クベーラは幻槍モノケロスをくるくると回し、斬撃を全て弾き返す。
「クベラッハクベラッハ! どこかで見たと思ったら、貴様この身体の契約者ではないか!」
「わかってんなら、とっととミミから出てけよ! このクソ野郎!」
「出てけと言われて出ていく奴がいるか。それに貴様相手ならこの身体にいたほうが良い。戦いにくかろう」
「だからって……、ここで足踏みしてる場合じゃねぇんだ!」
縦一文字に振り下ろされた一撃が、ガキィンと音を立てて、クベーラを後退させる。
とその瞬間、足元から立ち上ってきた電流がその身体を飲み込んだ。
「ぬおおおおっ!? な、なんだ?」
慌ててその場から飛び退く。
よく周囲を見ると、ナラカの蜘蛛糸が床に張り巡らされているのに気付いた。かろうじて戦闘が行えるほどの空間を中央に残して、その外周部を螺旋を描いた蜘蛛糸が囲んでいる。しかも、この糸には電流が流されているようだ。
「用意は整っております」
狼狽するクベーラを見つめ、椎名 真(しいな・まこと)は言う。
壮太と共にミミを救うため、ハウントブレイカーなる同盟を組んだ真。
その手に纏った蜘蛛糸は床に通じ、糸に触れた獲物に轟雷閃の電撃をほとばしらせる仕組みとなっている。
「こんなところに追い込んだのは褒めてやるが、完璧とは言えんな。ほれこうすれば……」
光る箒に股がり、上空へ逃げようとするクベーラ。
しかしそれは既に予測された行動だった。
「無駄だよ」
真の手が閃くと共に、床を這っていた数本の糸が浮き上がった。
指揮を執るマエストロのように手を振ると、蛇のような動きで糸は箒に絡み付き、バラバラに切り刻んでしまった。
そこにわたわたと配下の死人戦士がやって来た。
「く……、クベーラ様! 今、お助け致しますー!」
蜘蛛糸を取り払おうと手を伸ばすが、その途端ビリッと稲妻が流れ、頭の先からプスプスと煙が上がった。
「糸には触れないほうがいいよ。大怪我したくなかったらね」
「き、貴様……」
「……この戦いを邪魔するなら、まず俺を倒してからにしてもらおうか」
威圧された死人戦士は動けなくなった。
「大分迷いも吹っ切れたみたいだな……」
パートナーの元新撰組十番隊組長原田 左之助(はらだ・さのすけ)がとんと肩を叩く。
「後ろを見ながら前には進めない、か……。もう少し悩みながら進んでみようと思う。振り返った分早歩きでさ……」
「それでいい。荷物も抱え過ぎると前が見えなくなるからな」
「それに今はミミさんを助けるのに意識を集中しないとね。さあ、壮太……、舞台は整った、あとは……」
「あ、ああ……」
荘太は電流の流れる蜘蛛の結界を前に尻込みしてる。
それが原因でパートナーを奪われたとは言え、やはり苦手な『雷』を克服するのは一朝一夕では難しい。
「大丈夫だよ、壮太。その糸のところは対電フィールドが貼ってあるから安全に中に入れるよ」
「わ、わかってるけど……、でもよ……」
「人は誰でも苦手なことはある」
左之助は言った。
「俺も鉄砲向けられると面が引き攣っちまうけどな。でもな、男には一歩踏み出さなきゃならない時があるんだ」
「原田さん……」
「それが今だ、瀬島も真も……。おまえさんの相棒が首を長くして待ってんだ。さあ、気合入れて行くぞ……!」
「……! ああ……!」
◇◇◇
意を決し、中に飛び込む荘太。フォローのため、左之助も共に中へ。
自分に向かってくる二人に気付くと、クベーラはモノケロスを突きつけ闘志を放つ。
「クベラッハァー! こんなとこに閉じ込めたぐらいで調子に乗るなよ、小僧っ子ども!」
「まさかこの歳で小僧呼ばわりされるなんてな……、世界ってぇのは本当に広いぜ……!」
左之助も忘却の槍を構え、先陣を切る。
互いに槍を使う二人だが、その力量は見事なほど拮抗していた。
忘却の槍の突きの連続でクベーラの意識を消し飛ばそうと迫る左之助。
それに相対し、垂直に構えたモノケロスでその切っ先をわずかにズラしてミミは攻撃を捌く。
「ちっ……、やっこさん、結構適当に憑依先を選んでたが、実は人を見る目があるようだな」
幼さの残る外見かもしれないが、小さな身体に秘めた力は並の戦士では太刀打ち出来ないほどだ。
「かくなる上は……、むぅ!」
意識を針のように研ぎすませ、その身を蝕む妄執を送り込む。
しかし、クベーラは鼻で笑うと、カッと目を見開いた。
「喝っ!!」
気迫で妄執を消し飛ばす。
戦闘種族奈落人にはやはり精神を翻弄するタイプの攻撃は効きづらいようだ。
彼らは強烈な自我の塊のようなものなのだ。
「どうしたぁ! それで万策尽きたか、こわっぱが!」
「まだだ! オレのことを忘れてんじゃねぇ!」
荘太が武者人形をけしかける。
「ふん!」
長槍による横一文字はまるで津波の如し、一振りで武者たちを粉々に打ち砕く。
しかし武者はただの囮、荘太は疾風のようにクベーラの背後に回り、羽交い締めの体勢に持ち込む。
「は、放せ!」
もがくクベーラ、だが、決して荘太は放さない。
「悪かったな、ミミ……。おまえが乗っ取られたのは全部オレが悪い。あの時、雷なんかにビビってなけりゃ……」
ギリギリと奥歯を噛み締める。
「クベーラ、一つ教えてやる。オレは確かに雷が死ぬほどおっかねえ。けど、オレにだって扱える雷はあるんだぜ!」
そう言って、自分もろともクベーラに雷術を使う。
「ぐわああああ!!!」
青光して全身を走る電流が二人を焼く。
「や、やめろ。正気か、貴様!?」
「ああ、バッチリな。オレとてめえどっちが先にくたばるか勝負と行こうぜ」
そう言って、ここにはない相棒に語りかけるように呟く。
「……悪いなミミ、オレは馬鹿だからよ。荒っぽい方法になっちまうが、無事に帰れたら好きなもん奢ってやるぜ」
そして、また稲妻が走る。
何度その身を焼き、苦痛に苛まれても、それでも雷術を使い続ける。
何度めかに雷鳴が轟いた時、にゅるんと鰻が滑るように、ヒゲ面のおっさんがミミから出てきた。
このアラフォー男子こそクベーラ。見た目は強面で大柄で恐ろしい。
けれども今は電撃にやられてヒーヒー言っている。
「ぎ、ぎざまぁ………」
痺れが回ってるらしくロレツが回ってない。
なんとか立ち上がろうとするが力尽き、クベーラはその場に倒れた。
「ミミ! ミミ! しっかりしろ!」
「そ、壮太……」
「ミミ!」
重い瞼を上げたミミに、荘太は強張った顔をほころばせる。
「ぼ、僕は一体……? どうしたの壮太、ボロボロだよ……?」
「うるせぇ、なんでもねぇよ。ちょっとトラウマに挑んでただけだ」
どうやらミミは乗っ取られていたことを覚えてないらしい。気絶したまま身体を奪われたのだから無理もない。
でもそれならそれでいい。
「……なぁ、なんか食いたいもんないか。なんでも奢ってやるぜ」
「どうしたの、急に?」
「なんだよ、オレだってたまには気前のいいとこ見せるっつーの」
「ふぅん。じゃあ空京の新作ハンバーガーが食べたい。お腹いっぱい食べたい」
「ああ……、好きなだけ食えよ」
荘太は目からこぼれる水を誰にも知られないようにそっと拭った。
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