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リアクション
【◎6―3・説得行為】
七瀬歩は村上琴理と、昼間のカフェでお茶を楽しんでいたが、歩はなぜかさほど楽しそうでもないようだった。
実は最初に校長室を訪れたときよりすこし前。歩はループに気がついて静香の身を案じ、一度琴理に相談をしてみていたのである。
「……あの、また繰り返してません?」
「ええ。私もなんだか妙な違和感を抱き始めていたんです。それについさっき、とんでもない秘密を知ってしまったような記憶があるような、ないような……」
「? それはよくわからないけど。とにかく、今また静香さんによからぬことが起きているとか?」
「可能性は高いでしょうね。一度、話を聞いておいたほうがいいでしょう」
という掛け合いののち歩は校長室をさっき訪問してきたわけだが。
結果なにか引っかかるようなものを感じ、こうしてまた琴理と相談をしているわけで。
加えて静香から亜美を見つけたら捕まえておくよう御達しまででたことで、表情がすぐれないのだった。
「やっぱり亜美さんがループに関係しているのかな?」
「でしょうね。ここへきて、彼女が無関係というのは考えにくいですし」
「それに静香さんもおかしいですし。一体なにがどうなってるのよ、もう!」
「今は従うふりをしていますけど……いつまでもごまかし続けられるものでもありません。そろそろ行動を起こしましょうか」
ふたりはそう言って会計を済ませ、廊下に出たところで湯島 茜(ゆしま・あかね)が目に入ってきた。
校内には他にも多数生徒がいるのに、なぜ茜が歩の目を引いたのかというと。
彼女が殺気看破を行使しながら、きょろきょろと捜索の目を光らせているからだった。しかも、
「はぁ、ふぅ……どこに行ったのかな、もう!? せっかく、見つけたと思ったのに」
ついさっきまで追跡をしていたらしく、わずかに呼吸が乱しながら呟いている。
まさか既に標的を見つけていたのかと不安になる歩の予想通り、ほんの数分前茜は、
「ほらみんな! 絶対に誰にも気づかれないようにするのだよ! 大きな声など出さないようにな!」
ということをデカイ声で話しながら疾走するセレスティアーナを発見し。
当然その流れで目的の人物を発見することに至ったわけなのである。
「あっ、いた! あたしから逃げようなんて、そうはいかないんだもん!」
とか過去の回想をしている間に、茜はこっそり階段で上階へ移動しようとした静香一行を目ざとく発見する。しかしここで歩と琴理は頷きあうと、背後から突進する勢いで茜を押し倒した。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと。なにするのよ!」
「ごめんなさい! でも、すこし話を聞いて欲しいの!」「そうです、話せばわかります」
「なんの話か知らないけど、急がないと見失っちゃうじゃないっ!」
「だから落ち着いてください! なにかおかしいと思わないのっ!? あの亜美さんに、たくさんの人が協力してるなんて!」
そこでわずかに、じたばたしていた茜の動きが緩和される。
「そもそも今日の学院は、いろいろおかしいんだもん! 一日が繰り返されてるし、静香さんも亜美さんも様子がヘンだし……」
「ついさっき亜美さんの傍にいた人達も、きっとそうした異変に気がついてるんじゃないですか?」
歩と琴理の指摘に、ちょっとだけ考え込む茜。
わかってくれたかなと期待するふたりだが、すると今度は「詳しいことは捕まえてから聞けばいい」というようなことを言い出して結局また暴れる運びとなり。
最終的に、茜を静香から引き離すことだけには成功した。
「……ですからこの実験の結果、二酸化炭素が発生するわけです。ここは特に重要ですよ」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、いつものように授業を受けていた。
祝日に授業なんてヘンだと思われがちだが、生徒達の多くはいろいろ冒険したり習い事があったりバイトしたりでハードスケジュールな人間が多く。こうして補講も頻繁に行なわれているのだ。
授業を聞きながら、ヴァーナーはひとり唸っていた。
「せんせー、また、きのうとおんなじおはなしなんです〜、むむむ〜」
内容がもう何度も耳にした記憶があり、今回もループが起きているとわかり。授業が終わるやいなや校長室へと向かった。
なぜ校長室かというのは、静香なら事情を知っているかもという思いと、前日の体調不良が心配であったからである。
そんなこんなで校長室へ到着後、ヴァーナーは扉を開けると共に校長の椅子に座る彼女へとダイビングした。
「ひゃわっ!?」
当然そこにいたのは静香の身体をした亜美で。いきなり抱きつかれて彼女は面食らってしまった。じつは彼女はこうしたスキンシップに慣れていないのである。
このとき亜美と話をしていたアルメリアも、さすがにたじろいで二歩ほど後退した。
「静香せんせー、だいじょうぶですか? 昨日のおみまいのつづきに来ましたです!」
しかし当然まったく事情を知る由もないヴァーナーは、ぎゅうぅとハグしながら、すりすりとほおずりし、ちゅーのおまけまで一気に繰り出してくるという連続コンボを達成してきていた。
「ちょ、ちょっとやめてよ。人前で恥ずかしいからさ」
亜美は慌てて引き剥がそうとするその力がちょっとだけ強く感じて、しばしきょとんとするヴァーナー。
それでももう一度ちゅーを敢行しようとしたところで、本当に引き剥がされた。
「いい加減にしてってば! もう、おふざけもそのくらいにしないと怒るよ?」
言葉どおりなんだか本当に怒っている顔をしていて、
(ん〜〜〜? なんだかハグしてもちゅーしてもなんだかいつもとちがう気がするです……なんだかあやしいです!)
じーっ、と細目で見つめてみるヴァーナー。
「な、なに? 用がないなら、あなたも西川亜美を捕まえに行って! ほらほら!」
対する亜美はそう言いながらぐいぐいと部屋の外へと押しやってしまうのだった。
当然追い出されたヴァーナーはぷぅと頬をふくらませ、
(亜美おねえちゃんをつかまえろ! とかうまくいえないけど、言うとおりにしてたらあぶないコトになる気がぷんぷんするですよ!)
と、反抗の決意を固めたものの。
ほかの百合園生の多くは、言われるままに亜美を捕まえるべく校舎内を散策しているようだった。かなり異変に気がついている生徒も出始めているとはいえ、それでも過半数はまだループすら知らず捜索を続けている。
自分はどうしようかなと考えるヴァーナー。
そんな彼女の目に見知った女の子たちが入ってきた。
それは桜谷鈴子(さくらたに・すずこ)と、彼女のパートナーであるライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)とミルミ・ルリマーレンの三人。なにやら相談中らしく額を寄せ合っている。
「それじゃあふたりとも。私はこちらを探しますから、十分に気をつけて」
「うん…………わかったよ。そこそこがんばる」
「ミルミも、鈴子ちゃんのやくにたてるようがんばるよ」
どうやら二手にわかれるつもりらしく、鈴子だけが別方向へと走り去っていった。
ミルミとライナも急ぎ出そうとしていたので、その前に制止をかける。
「まってください、ふたりとも!」
「「え? ヴァーナーちゃん?」」
右足を一歩踏み出そうという姿勢で立ち止まったふたり。
その様子が、なんだかおかしくて吹き出しそうになったヴァーナーだが。それはまた今度の機会にして、深刻そうな顔を作りながら問いかける。
「ライナちゃん、ミルミおねえちゃん。いまからなにするつもりなんですか?」
「それはきまってるよ。西川亜美ちゃんをさがさないと」
「校長先生からそうしろって言われてるし、鈴子ちゃんともがんばるって約束したから」
「ダメですっ! そんなことしちゃ!」
いきなり叫ばれたので、ライナもミルミもわけがわからないといった顔で困惑状態になった。
ヴァーナーは変に反論などをされないうちに、ふたりに想いのたけを吐露していく。
「きょうの静香せんせーは、おかしかったです!」
「お菓子買った?」
「ちっがいます! なんだかあやしいってことですよ! 怒りっぽいし、なんだか隠してるみたいでしたし……そんなひとの言う事をきいちゃダメです!」
真剣に訴えながら、ちゃんときいてくれるかどうかヴァーナーには不安があった。
馬鹿にされたり、怒られたりしないだろうかという心配がずっと心で膨れていたのだが。
それは半分外れ、半分的中することとなった。
「じつは私も、なんだかおかしいなって思ってはいたんだよね」
「そんなのミルミはしんじないよ! 校長先生の悪口いうなんて、いけないんだよ!」
ライナとミルミは同時に言って、同時に顔を見合わせた。
「えっと。私は、なんだか怖いかんじがしたんだけど……」
「ライナちゃんってば、なに言ってるの? べつにそんなことないよ」
真っ向から意見が対立してしまったふたり。
そのまま互いに言い合うこととなっていき、ヴァーナーはすかさずライナに加勢してどうにかミルミもこのまま説得して、事件に巻き込ませまいとしていったものの。
意外と頑固なところがあるミルミは結局「もういい!」と、ぷんぷん怒りながら走っていってしまった。それには頭の片隅に、第4ループで亜美を逃してしまった失態の記憶がかすかに残っていることが影響しているのかもしれなかった。