リアクション
休息ブース 「はーい、こちら中継ポイントA、模擬店広場です。このへん一帯が休憩ブースとなっていまして、疲れた人々の憩いの場となっています」 マイクを持って、がちんがちんに緊張した日堂真宵が、本部にむかって報告した。 広場には、イベントでよく見られるような人々が集まっていた。真面目にイコンについて知りたいから来ている人もいれば、巨大ロボット展示会ならパイロットの姿でなければ失礼だとばかりに、いろいろなアニメの主人公コスプレをしているコスプレイヤーの姿もたくさん見受けられる。 ひらりと、風に乗って一枚のチラシが飛んできた。 思わずはっしとつかまえてしまった日堂真宵であったが、そのチラシに「カレー」という文字を見つけたとたん、びりびりにチラシを破り捨ててしまった。 「何やら、カレーの臭いもしますが、危険なので別の方向へ行ってみましょう。皆さんも、くれぐれもカレーには近づかないように。約束破ったら酷いからな……。コホン、では、こちらが、今一番繁盛している焼きそば屋台となります」 そう言うと、日堂真宵がカメラをパーンさせた。 「おじさん、おじさん、焼きそば食べていってよ♪」 クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)が、食事処を探していたラルク・クローディスの腕をがっしりとつかんで言った。 「焼きそばかあ、悪くはねえな」 ちょっと強引な客引きに戸惑いながらも、ラルク・クローディスが軽く考えてから言った。 「わーい、一名様御案内〜♪」 ぺったりくっつきながら、クローディア・アッシュワースがラルク・クローディスを天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)の屋台へと引っぱっていった。どうやら、強引なのではなく、人なつこいだけらしい。 「何、あのたっゆんは。悪質な客引きだわ!」 クローディア・アッシュワースのたっゆんを目撃した日堂真宵が、ダッシュで蹴りをかましにいった。 「何をしている」 間一髪、日堂真宵の襟首をがしっとつかんだ者がいた。土方歳三だ。 「邪魔するなー!」 つかみあげられて、日堂真宵がジタバタと暴れる。 「ちょうどいい。甘い物を食べ過ぎて辛い物がほしくなっていたところだ。つきあえ」 「嫌、カレーは嫌ー」 「大丈夫だ、ちゃんと石田散薬は用意してある」 そう答えると、土方歳三は仕事中の日堂真宵を問答無用で引きずっていった。 「へーい、いらっしゃーいなんだもん」 さて、焼きそば屋は結構繁盛しているようだ。屋台の前にならべられた長テーブルと椅子には結構客が座っている。 ジュージューとソースの焦げる香ばしい香りを撒き散らしながら、天王寺沙耶が豪快に焼きそばをかき回していた。さすがは、普段整備科で慣らしているだけあって、腕っ節は結構ある。山盛りの焼きそばにも全然負けてはいなかった。 「いらっしゃいませ。お客様初めてですか?」 水を持ってきたシャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)が、ラルク・クローディスに訊ねた。だが、初めても何も、出店なのだから特別リピーターが存在するというわけでもない。 「もう、イコンはたくさん見られたのですか?」 「いや、まだこれからだ。とりあえず、大盛り焼きそば三つ頼む」 「二つで充分ですよ?」 「三つだ」 ラルク・クローディスにごり押しされて、しかたなくシャーリー・アーミテージが引き下がった。 「沙耶、大盛り三つ入りました」 「了解だよ!」 なんの疑問もいだかず、天王寺沙耶が紙皿に焼きそばをてんこ盛りにする。まさに、富士山なみのてんこ盛りだ。 「アルマさん、クローディアさん、手伝ってください」 さすがに一人では持ちきれず、シャーリー・アーミテージがアルマ・オルソン(あるま・おるそん)とクローディア・アッシュワースを呼んだ。 三人娘が大盛りの焼きそばをかかえてぞろぞろとラルク・クローディスの許へと運んでいく。 ★ ★ ★ 「なんだか、隣の店の方が繁盛してマース。気に入りまセーン」 チラリと天王寺沙耶たちの店の方を横目で見て、アーサー・レイス(あーさー・れいす)がつぶやいた。 「おーい、カレーは、まだなのか」 「まあまあ、あわてないあわてない」 若い男のコンビが、アーサー・レイスを急かした。 片方の男はアイパッチをした頬に傷のある男で、黒いマントを着て肩に色鮮やかな鳥を乗せている。もう一人は、赤い軍服に、顔半分を被うゴーグルに似た仮面を被って角のついたヘルメットを被っていた。 端から見れば充分に怪しいが、今日のこの会場では別段変だという雰囲気はない。ごく普通のコスプレイヤーだ。 「お待たせしましたー。特性イコンカレーデース」 アーサー・レイスが、ちょっとどす黒いカレーを一つ持ってきた。 「お前の分はどうしたんだ?」 カレーが一つしか来ないのを見て、オプシディアンが、不思議そうにジェイドに訊ねた。 「私の分は、ああ、来ました来ました。おーい、こっちでーす!」 ジェイドが手を振ると、焼きそばを持ったアルマ・オルソンが、パタパタとはばたきながら飛んできた。 「出前お待ちどおさまでーす」 「シーット! 他の店から出前を取るなんて、反則デース」 アーサー・レイスが叫んだが、ジェイドは涼しい顔だった。 「まったく、相変わらずフリーダムな奴だ」 「自由の旗の下に生きていますので」 文句を言いつつ、オプシディアンがカレーを一口食べてうっと言う顔になった。 「特製カレーのお味はいかがデース? 隠し味として、さっきもらってきたチョコイコンの装甲が入っていマース」 「じゃりじゃりするぞ!」 オプシディアンが、自慢げなアーサー・レイスを睨みつけた。 「決めた。チョコイコンだけは俺はいらないぞ」 「御自由に」 小声でささやくオプシディアンに、ジェイドはそう答えた。 「だいたい、個人所有のイコンは警備が厳重のようでしたから」 「それ以前に、もはやイコンと呼びたくない物も多かったからな」 さすがに、色物はほしくないと言いつつ、オプシディアンがカレーを横に追いやるとともに、小さな小箱をテーブルの上におく。 「おや、ここにも設置ですか?」 必要ないのではないかと、ジェイドが言った。 「もう、各校のそばにはおき終えたからな。ここはついでだ」 オプシディアンが適当に答えた。 「店主、なんですこのカレーは。甘い、甘すぎる味です!」 「オー。いちゃもんは受けつけまセーン」 まだジェイドに文句を言おうとしたアーサー・レイスであったが、ふいに他の席で大声があがったので、あわててそっちの席へすっ飛んでいった。 「そのカレーは、注文通りの極辛カレーデース」 「こくがない」 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)がきっぱりと言い放った。 「ねえ、もうやめましょう。こんなカレーなんてどうでもいいではありませんか」 「どうでもよくはありません!」 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の言葉に、プラチナム・アイゼンシルトとアーサー・レイスが声を揃えて答えた。 「はっ、申し訳ありません、私としたことが、睡蓮様になんという口を……。ですが、このカレーは許せません。カレーとは名ばかりの色水です」 「その言葉許せまセーン!」 「まずい物はまずいのですよ!」 プラチナム・アイゼンシルトとアーサー・レイスが角突き合って怒鳴り合った。 せっかくイコン見学に来たのに、紫月睡蓮はおろおろとするばかりである。 「むう、ここに地祇の出汁さえあれば問題ないのデースが……。ざんすかはどこデース」 アーサー・レイスはザンスカールの森の精 ざんすか(ざんすかーるのもりのせい・ざんすか)の姿を探したが、そうそう都合よくざんすかが風呂に入っているはずもない。 「こうなったら、近間のお稲荷さんの出汁でもいいデース!」 そう叫ぶと、アーサー・レイスは出汁の取れそうな地祇を求めて走り去っていった。 「カレーは嫌ー!」 入れ替わるようにしてずるずると土方歳三に引きずられてきた日堂真宵であったが、出店が空っぽなのを見て、ほっと胸をなで下ろした。 |
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